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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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39話 墓に鞭打つ1

 穏やかなトルカーナの朝。

 ゼノフォードはロレンツォと連れ立って、商店街を歩いていた。

 貧民街ということもあり、商店街の規模はさほど大きくはないが、必要な物はだいたいそこで揃うのだ。


「おいおいゼノよォ」


 ロレンツォが声に非難めいた色を含ませて、ゼノフォードに声をかけた。


「オメェ、一応荷物持ちってことで来たんだろうが。なのに持ち物が卵一パックだけって、どういう了見だよォ!」


 ロレンツォの腕には、野菜やらブリオッシュやら調味料やら、多量の食料品が抱え込まれていた。

 かたやゼノフォードは、ただ卵を持っているだけなのだ。


「昔々、とある魔法使いが、三姉妹を攫って自分の家に連れてきたんだ」


 突然昔話をし始めたゼノフォードに、ロレンツォは目を半目にした。


「……いきなり何の話だよ」


「魔法使いは彼女たちに卵を渡して、こう言った。『どの部屋に入ってもいいが、ある小部屋だけは入るな』ってね。

 その禁じられた部屋っていうのは、死体が散乱する悍ましい部屋だったんだよ。


 好奇心から部屋に入った長女と次女は、驚いて卵を落としてしまったんだ。卵には、約束を破った証拠になる血がついてしまった。


 だけど三女は違った。ちゃんと卵をしまってから、その部屋に入ったんだ。だから、卵を汚さずに済んだのさ。

 教訓、『卵は丁重に扱うべし』ってところだね」


「ぜってェ違ぇだろ! 長ったらしい言い訳はいいからよォ、他のモンも持て」


 荷物を押し付けてこようとしたロレンツォに、ゼノフォードは咄嗟に身を引いた。


「少し待ってくれ。新聞を買って目を通したいんだ、その後にしてくれるかい」


「おいおいおい……」


 ロレンツォの苦言も聞かず、ゼノフォードは足早に街角で新聞を売っている少年に近付いた。


「やあ、新聞少年君。新聞を一部もらえるかい」


 ゼノフォードは代金を渡し、少年から新聞を受け取った。


 早速それをぱらり、と開けば、『マリウス第一皇子』と『暗殺未遂事件』の文字が視界に入り、顔を顰める。


「また暗殺事件関係か。僕は死んだことになっているのに、世間は放っておいてくれないな。人気者は辛いね」


 だがよく読んでみると、今までの暗殺未遂事件を報じる内容とは少々毛色が違っていた。


《第一皇子暗殺未遂 命を救った「恩人」皇室が捜索へ》


 先日、帝国城の午餐会で発生したマリウス第一皇子暗殺未遂事件において、皇子の命を救った英雄が存在することは、以前も報じた通りである。


 皇室はこの恩人に褒美を贈るべく、新たにマリウス皇子の目撃証言を公開した。

 証言によれば、恩人は小柄で色白、声の印象から少年とみられ、踵の高いヒールを履いており、蹴り技が得意だとみられる。


 皇室は現在、この恩人を捜索中であり、一般市民にも目撃情報の提供を呼びかけている――。


「……あったな、そんなこと」


 あの事件の直後、初めてトルカーナに訪れたとき、住民が『何者かが第一皇子を救ったらしい』という噂話をしていた。あのときが情報の初出だったのだろう。

 あれからしばらく経ったが、進展がないために追加で新規の情報を出した――というところか。


(もし、その『恩人』が僕だと知れたら、どうなるだろう)


 元々は『自作自演で英雄になろうと画策し、暗殺計画を企てたのでは』と疑わかねないために、『第一皇子を救ったのは自分だ』という事実を隠した経緯がある。

 そして消し飛ばされた過去において、やはりその懸念が現実となり、暗殺の首謀者だという疑いを深める結果となった。


(――結局、『やっぱりゼノフォードが暗殺計画の主犯だったんだ』って裏付けにされるだけだろう。

 だったら、やっぱり隠し続けたほうがいい)


 ゼノフォードはさらに新聞を捲る。そこに『ゼノフォード』の文字があり、軽く目を見張った。


《ゼノフォード第二皇子の葬儀終わる》


  先日亡くなったゼノフォード第二皇子の葬儀が帝国城で行われた。

  墓は城内の一般立入区画に設けられ、市民も参拝できる――。


「……」


 ゼノフォードは新聞を閉じた。


「よし、読み終えたな」


 ロレンツォがすかさず、多量のブリオッシュが入ったバスケットと、野菜の入った手提げ袋を押し付けてきた。

 渋々それを受け取ったゼノフォードは、抱えた荷物の奥で口を開く。


「このあと、少し出てくるよ」


 ロレンツォは頷いた。


「おう。あんま遅くなんなよ。何処に行くつもりだ?」


 ゼノフォードは長い睫毛に縁取られた紫の目を、ふっと細めた。


「帝都リテンハイムさ」


□□□

 森の中。

 ゼノフォードは、ぱからぱからと馬に揺られながら進んでいた。

 前方から、ダンテの声が響く。


「おいおい、ゼノちゃんよォー。あんまり遅ェと、置いてくぜェ?」


「――ほら、ダンテ君に置いて行かれてしまうよ。もっと速く進めないのかい、ルチ」


 ゼノフォードは自身が乗っている若い芦毛の馬に問い掛ける。だが馬はうんともすんとも言わない。


「――これが最高速度だってさ」


「んなアホな! オメェさんの乗馬が下手クソなだけだろォー」


 明らかに距離が開いていくゼノフォードに向かって、ダンテはさらに大きな声を張り上げた。


「乗馬はいつから始めたんだァ?」


「数日前かな」


「……」


「……悲しいなぁ、絶句しないでくれたまえよ。この馬を引き継いだのがほんの数日前だったんだ。それまでは機会がなかったんだよ」


 ダンテはハァ、とわざとらしく溜息を吐いてみせた。


「ったくよォー。ロレンツォの叔父貴がよォ、『ゼノが馬に乗ってリテンハイムに行くって言うから見てやってくれー』って、子守りを押し付けてきた理由がわかったぜェ。

 こりゃア、野放しにしてたら着くのに一年かかっちまう」


 どうしようもない、といった様子で頭を抱えたダンテは、自分の馬を止める。

 程なくして、ゼノフォードが追いついた。


「どうしたんだい」


 その問いかけに返事をせず、ダンテはゼノフォードの馬の手綱を引いて自分の馬に括り付けた。と、ひょいとゼノフォードを抱え上げて、自分の馬に乗せる。


「?」


 ゼノフォードは振り返って、背後のダンテを見上げた。

 ダンテはそのまま、ゼノフォードを抱きかかえるような体勢で手綱を取った。


「うわっ」


 急に走り出した馬に、ゼノフォードは驚愕の声を上げて馬にしがみついた。

 背後からダンテが支えているので、別に危険はない。ただ、こんなふうに馬で駆けたことがなかったのだ。


「――」


 視界を滑るように流れていく木々。

 顔に受ける風。

 自転車に乗っているときの感覚に少し似ている。

 だが、全身に伝わる馬の躍動と、地を蹴る力強いリズムは、まったく別物だった。

 これは、馬に乗った者にしかわからない感覚だろう。


「――速い」


 前世も含め、今までの人生で、こんな体験をしたことはなかった。


「――世の中には、こんなに楽しいことがあるんだね」


「なんでェ!」


 ダンテがハッ、と笑った。


「急に子供っぽくなるじゃあーねェかァ」


「……なってないよ」


「いんや、なってる」


 ダンテの方を振り返りながら、なんとも言えない押し問答をしたゼノフォードは、やがてふいと正面を向いて黙り込んだ。


 少しずつ、木がまばらになっていく。

 そして遠くの方に、建物が立ち並ぶのが見えた。

 その奥には、堂々たる城の姿。

 ――帝都、リテンハイムだ。


□□□

 帝都に入るなりゼノフォードは馬を降りて、鞍袋から帽子を取り出し、深く被った。

 それから手綱を引き、目的地へと歩を進める。

 

 帝国城の敷地内、一般人も立ち入れる区画に設けられた墓地。そこが、目的地だ。


 ゼノフォードは周囲をきょろきょろと見回す。

 お目当ての墓は、ぽつりと角の方にあった。

 参拝客の姿はまばらで、特にその辺りは人気ひとけがない。


『第二皇子ゼノフォード・フォン・ライオライト ここに眠る』


 皇族とは思えぬほど質素な石板。文字も、異様なほど素っ気ない。

 そして特筆すべきは、泥でも投げつけられたのか、酷く汚れた表面である。きっと、ゼノフォードに良くない感情を抱く誰かの仕業だろう。


「墓に泥を投げつけるなんて、随分と熱心な活動家だね。平和賞でも贈ってやりたいくらいだよ。

 ――掃除道具でも、持ってくればよかったな」


 自分に悪意の矛先が向く分には構わないが、ここに眠っているのは生憎自分ではないのだ。

 あとで何か掃除用具を買って、持ってこよう。


 ゼノフォードはしゃがみ込んだ。

 その背後で、ダンテがざらりと向日葵色の無精髭を撫でつけていた。


「『ゼノフォード』っていやァ、確か……。

 第一皇子を暗殺しようとしたとかで、罪に問われて、逃げて、死んだっていう? そんなこと、新聞で見たぜェ」


「ダンテ君、聞いてないのかい?」


「何をだァ?」


「……いや、聞いてないなら別にいいよ」


 ゼノフォードはふと逡巡した。


(前に、ピエトラの構成員タツィオが僕の正体を把握していたから、ダンテも当然知っているものと思ったけど――違うんだな)


 まあ、ゼノフォードが流れ着いたときにあの場におらず、かつロレンツォからも聞かされていないのだとしたら、知る機会がなかったとしても別段不自然ではないか。


(まあ、言わなくてもいいだろう)


 ロレンツォが話していないのなら、わざわざ言う必要もない。

 むしろ、知る者は少ない方がいい。


 それに。


(――僕が、兄の殺害を企てるような卑劣な人間だとは思われたくない)


 トルカーナに流れ着いたとき、住民の誰かが言っていた。


『オメェは暗殺なんてするような奴じゃないって、俺らはみんなわかってるぞ』


 これは、トルカーナで起きた汚職警察の事件を知っていて、『ゼノフォード第二皇子は噂ほど悪い奴じゃない』と理解していた者たちだからこその認識なのだろう。

 だが、ダンテは違う。


(ダンテは――『第二皇子ゼノフォードは、とんでもない悪者だ』って思ってるだろう。

 その前提に囚われている人間の考えは、簡単には変えられない)


 尋問のときに聞いた言葉が、脳裏をよぎる。


『ゼノフォード殿下が暗殺の主犯であれば、すべて説明がつきますもの』


『火のないところに煙は立たぬと言うしな』


『だいたい、傲慢で欲深い性格らしいではないか。さしずめ、腹違いの第一皇子を蹴落として、自分が皇太子になろうと考えたのだろう』


 弁明を重ねて、返ってきた言葉がこれなのだ。


(ダンテとは、知り合って日が浅い。別に仲だって良いわけじゃない。

 だけど――あんなふうに罵られるのは嫌だ)


「そういやァよォー」


 ダンテの言葉で、ゼノフォードは我に返った。


「オメェさんの『ゼノ』って名前、ゼノフォードに似てんなァ。

 もしかして、オメェさんの名前の由来だったりすんのか?」


「……」


 『ゼノ』という呼び名のもとは『ゼノフォード』であるため、間違いではない。ゼノフォードはとりあえず頷いた。


「……まあ、そんなところだね」


「そうかァ、だから墓参りに来たんだな」


 ゼノフォードはもう一度頷くと、足元に目を落とした。


(――ニコ)


 ここに眠っているのは、もちろんゼノフォードではない。ニコという名の、トルカーナに生きた運び屋の少年だ。

 彼は、ゼノフォードがトルカーナに流れ着く少し前に事故死し、その遺体にピエトラが細工をしたことで、『ゼノフォード』として葬られることになった。


 つまり今、ゼノフォードが世間で『死んだ』ことになっていて、追われることなく平穏に暮らせているのは、ニコのおかげなのだ。


(――色々と、感謝しているよ)


 大怪我を負ったニコの妹ジーナは、今は快方に向かいつつある。

 それから、ニコの馬はゼノフォードが引き継ぐことになった。ジーナ曰く、馬の名は『ルーチェ』とのこと。ゼノフォードはルチ、と呼んでいる。馬の世話などしたことはなかったが、責任を持って育てるつもりだ。


 まあ、そんなことを伝えたくて、ここに来たのだった。


「――おい」


 ダンテが声を低くした。


「誰か、こっちに来るぜェ?」


 ゼノフォードは眉をひそめた。

 世間での『ゼノフォード』の名声は、地に落ちている。もともと自惚れ屋のエゴイストとして評判は芳しくなかったが、そこに『第一皇子暗殺を企てた』という疑惑が加わったためだ。


 そんな彼の墓に、挨拶に来る者がいるとは思えない。いるとすれば。


「――荒らしかい?」


 まったく、とゼノフォードは頭を抱えた。


「墓荒らしは器物損壊罪になるのに。

 それでなくても、人間としてのモラルに欠ける行動は控えるべきだよね」


 溜息を吐いて立ち上がり、来客の方に顔を向けた。

 そして――瞠目した。


 すらりと背の高い、二十代半ばほどの男。

 真っ直ぐな黒髪。

 憂いを帯びた紫色の瞳は、ゼノフォード自身のそれとよく似ていた。


 ゼノフォードは三度、その姿を見たことがある。

 一度目は、前世においてこの男をデザインしたとき。

 二度目は、運命の午餐会で、彼が暗殺者に襲われていたとき。

 そして三度目は、尋問のとき。


 この男は。


(第一皇子――マリウス)

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