表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/51

36話 記憶の引き金

 ――サルヴァトーリ班への移籍が決まって間もない頃のことだった。


「こいつが、ニューオーレリアでの最後の任務かねェ」


 言いながら、ダンテはいつも被っているテンガロンハットを被り直した。


 夜風が、乾いた砂埃と馬糞の臭いを運んでくる。

 歪んだ木造の建物が月明かりに晒されていた。――標的もまた然りだった。


 ダンテは指先に神経を集中させ、マグナムを構える。重い。手のひらに食い込むグリップの硬さが、妙に心地良い。


 狙いは胸の中心――心臓。


 引き金を絞る。


 ――ドン!


 骨まで響く衝撃。手首が痺れ、鼓膜が震える。

 硝煙が一瞬にして鼻腔を満たす。金属と火薬の混ざった、焼けるような匂い。


 視界の先で、標的が崩れ落ちた。


「……心臓、貫通だ」


 終わった。


「やれやれェ。

 いくら『裏切りモンは始末しなきゃなんねェ』っつってもよォー。汚れ仕事は、あんまし好きじゃアねェなァ」


 死体は処理班がなんとかしてくれるだろう。

 仕事は完了した。

 ダンテはマグナムをホルスターに収め、煙草を取り出して一服しながら帰路につく。


 立ち並ぶ木造建築のうちの一つ、それがダンテの家だった。


「――ん?」


 窓から光が漏れている。灯りを消し忘れたか。

 ――いや、カーテン越しに人影が映っている。

 誰かが侵入している。


 ダンテは煙草の吸い殻を携帯灰皿に押し込み、再び銃を手に取ると、思い切って扉を開けた。


「おう、帰ったかダンテ」


 テーブルに座っていたのは、自分に瓜二つの男。

 向日葵のように明るい髪、無精髭、野生味のある青い瞳――。


「――ティノじゃねェか! なんでェー、ビビらせんなってェの」


 ダンテは胸を撫で下ろし、マグナムをホルスターに戻した。

 ティノは手招きし、ダンテをテーブルへと促した。


「オメェがトルカーナに引っ越すって聞いたモンだからさ。最後に一杯やりてェなと思って」


 ティノはテーブルに置いていたビール瓶を二本、両手で持ち上げた。

 それを見て、ダンテは「ハハーッ!」と底抜けに愉快な声を上げた。


「さっすが、わかってんじゃァーねェか! こいつァ嬉しいねェー。……けどよォ」


 ダンテは瓶を開けながら、ティノの方を見た。


「最後っつっても、別に今生のお別れ、ってわけじゃァーねェんだぜェ?

 こっからトルカーナまでだってよォ、汽車で三時間もありゃアー着くだろ」


「そんくらいわかってるって。ただ飲む理由が欲しいだけだ」


「なんでェー! ドライだなァ。

 俺はよォー。てっきりオメェさんが『ああ大好きなお兄ちゃんが遠くに行っちゃう、悲しいなァぐすんぐすん』って来てくれたんだと思ったのによォー」


 ティノがダンテの手から飲みかけのビールを取り上げた。


「あ、おい!」


 慌てて取り返して、ダンテはビールを『もう絶対手放さない』とでもいうように握り締めた。


「悪かった、俺ちゃんが悪ぅござんした。

 もう茶化さねェってェ」


「なぁ、ダンテ」


 ティノはビールで口を湿らせてから、静かに言った。


「引っ越しが終わったら、招待してくれよ。新居祝いで一杯やろうぜ」


「新居祝い? トルカーナでかァ?」


 ダンテは鼻で笑った。


「オメェさんよォー、知ってっかァ? トルカーナってのはよォ、貧民街なんだぜェ?

 新居祝いなんてするようなモンじゃねェ、ビーバーの巣穴のが、もうちっとばかしマシだろォってくれェ貧相な家に決まってらァ」


「言ったろ?」


 ティノはまたビールを口に流し込み、にっ、と笑った。


「飲む理由が欲しいだけだ、ってよ」


□□□

 街から街に大金を運ぶという、慣れてはいるが面倒極まりない任務を終えたダンテは、運河沿いを歩いていた。


「……ロレンツォの叔父貴んとこに顔出して、任務完了の報告だけすりゃァ、今日はもうフリーだな」


 このあと、弟ティノが家に来る予定だ。


「そろそろアイツ、トルカーナに着いた頃かなァ。

 にしても、新居祝いねェ」


 ダンテの家は、トルカーナの他の家々と同様、手狭で古びたものだった。

 それでも、アイツは気にせず飲むだろう。


「……また美味いビール、持ってきてくれてんのかなァ。あいや、もしか招待した俺が用意すんのが筋だったりすんのか?

 ――新居祝いって、普通どっちなんだァ?」


 ぶつぶつと独り言を漏らしながら歩いていると、ふと、運河を挟んだ向こう岸に人影が見えた。

 三人の男――細身のスーツ姿、中年の強面。この二人は、カタギではなさそうだが別に問題はない。

 問題は、もう一人の男――その二人に担がれている、白いセーターの男だった。

 恐らく、もう死んでいる。


「さーっすが貧民街。治安が悪ィなァ」


 横目で眺めながら素通りしようとした、そのとき。

 ――白いセーターの男の顔が見えた。


 明るく派手な金髪。笑っているようにさえ見えるほど歪んだ顔にある、青い瞳――。


「――ティノ!?」


 ダンテが瞠目した、次の瞬間。


 男たちは、ティノを舟に放り込んだ。


「――さようなら、ダンテさん――!」


 その言葉と同時に、ティノの身体が、舟の中で力無く揺れた。


「――ティノ――!!」


 ダンテは駆け出した。


 走ったところで、もう間に合わない。

 何にもならない。


 そんなことはわかっている。

 そんなことは、どうでもいい。


「――死んじまった」


 ティノが。弟が。


「――殺された!」


 ――自分と、間違えられて。


 何が何だか、わからない。

 だが、自分の存在がティノの死の原因になったということだけはわかる。


 運河の向こう岸に行かなければ。


 ダンテは橋に向かって駆ける。

 石畳の凹凸に足を取られる。

 

 こんなことで躓いている暇はない。


 橋の階段を駆け上がる。

 ――ちまちまと、まどろっこしい。

 一段飛ばして、一気に駆け上がった。


 そのとき。


 飛ばした段に、足が引っかかった。


「――ッ!」


 ずるっ、と身体が滑る。

 階段の角が目前に迫り――


 ――ガツン!


「がッ!」


 額を思い切り、角ばった石にぶつけた。

 目前に火花が散る。

 それでも、立ち止まっている暇はない。


 ダンテは無理矢理立ち上がった。


 殴られたように、気が遠くなる。

 視界が真っ白に染まり、地球がぐわんと回った。


 途端に生じる、浮遊感。

 ――どぽん、という水の音。


 再び頭部にガツンと衝撃が走る。

 水底の石にでも当たったのだろう。


 薄れ行く意識の中で、マグナムを取り出す。

 震える手で、構えた。


 水の中。標的は見えない。

 頭では、理解していた。

 当たるわけがない、と――。


□□□

「――いや、当たる」


 いま、標的は目の前にいる。

 弟を殺した仇が、すぐ手の届くところにいる。


 敵の手中にいる子供。

 助けを求めるようにじっと見つめてくる、その紫色の瞳が――よく知る人物のそれに重なった。


 ダンテは指先に神経を集中させ、マグナムを構える。重い。手のひらに食い込むグリップの硬さが、妙に心地良い。


 狙いは胸の中心――心臓。


 引き金を絞る。


 ――ドン!


 骨まで響く衝撃。手首が痺れ、鼓膜が震える。

 硝煙が一瞬にして鼻腔を満たす。金属と火薬の混ざった、焼けるような匂い。


 視界の先で、標的が崩れ落ちた。


「……心臓、貫通だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ