31話 本人確認
警官らによって運ばれていく遺体を見送ったゼノフォードらは、運河に沿いに『とりあえず』という感じで置かれていたベンチに腰を下ろしていた。
(状況を整理しよう)
まず、ダンテというピエトラの構成員が行方不明になった。
彼は当日、別の街から大金を運んでくる、という任務に就いており、それ自体は完遂している。そのため、失踪したのはその後と見られている。
今朝、ダンテと思しき記憶喪失の男が病院で発見された。
そして午後には新たに、ダンテらしき遺体が見つかった。
最大の論点は、『遺体と赤シャツの男、どちらがダンテなのか』である。
「……彼がダンテ君本人なのかどうか、わかればな」
そう呟いて、ゼノフォードは無言で隣に座っている、『赤いシャツの男』をちらりと見やった。
(そういえば)
ふと思いついて、ゼノフォードは指で四角を形作り、メニュー画面を開いた。
(いつもはセーブ画面しか使っていなかったけど――)
――画面を開いたついでに、しばらく更新していなかったセーブも済ませる。
(他にも機能は色々とあるんだったな)
普段は立ち寄ることのない『ステータス』の項目に視線を向ける。
(パーティメンバーの状態を確認できる機能だ。
もし彼がパーティメンバー扱いになっていたら、本名を確認できるんじゃないか?)
そうしたら、彼がダンテなのか否か、一目瞭然だ。
淡い期待を抱きつつ、ゼノフォードは『ステータス』の項目を選択した。画面が読み込まれ、すぐにパーティメンバー一覧が表示される。
『ゼノフォード』
『ロレンツォ』
『タツィオ』
『ダンテ?』
表示された名前を見て、ゼノフォードは失望した。
パーティメンバーには加わっているようだが、肝心の本名は表示されていない。おそらく、ゼノフォード自身が名前を把握していなければ、正確な名称は表示されない仕様なのだろう。
(駄目か)
試しに『ダンテ?』の欄を選択してみると、詳細なステータスが表示された。
HP5980、MP149、攻撃力176、防御力123……その上部には『状態異常:記憶障害』の文字が並んでいる。
(記憶喪失、ってこと自体は間違いないんだな)
医師も、『治るかどうかはわからない』と言っていたっけ――。
「……彼の記憶が戻れば、簡単かつ確実なんだけどな――」
ゼノフォードの呟きに、ロレンツォは大きく溜息を吐いた。
「迷宮入り、ってことかァ?」
「――そういうわけでもないさ」
ゼノフォードは今一度、思考を纏め直しながら言葉を紡いだ。
「別に彼の記憶を戻すことはできなくても、解決の手段はある。
――ここにいる赤シャツの彼がダンテ君か否か、他の人に確認をとればいい」
「他の人?」
ゼノフォードは口元に笑みを浮かべて「ほら」と口を開いた。
「いるじゃないか。ダンテ君が行方不明になった当日に、彼と会った人物が」
「――取引先か」
ゼノフォードは頷いた。
「ロレンツォさん、言っていたね?
『ダンテ君は、サルヴァトーリ班に来る前から、何度もこの任務をこなしてる』って。
だったら、取引先は君たち以上に、ダンテ君のことを知っているはずさ」
それに、と付け加えた。
「当日彼と会っているだろうから、彼の服装も見ているだろうしね。
白のセーターを着ていたのか、赤のシャツだったのか。それがわかれば決定的だよ」
「よし」
ロレンツォはぽん、と手を叩いた。
「取引先んとこに行くか」
「今からっすか?」
そう言って目を丸くしたのは、これまで黙って会話を聞いていたタツィオだった。
「もう日が暮れちまいますし、このままだと夕飯にありつけませんぜ。俺、ちィと何か買ってきやす」
そう言うと、返事も聞かずにさっさと立ち去った。
かと思うと、ものの数分で戻ってきた。
「…… 切り売りピザですぜ」
□□□
「この先が、取引先の事務所だ。
メタロって名前のマフィアでよォ、うちとはそれなりに仲良くさせてもらってんだ。
ちなみに、こいつらの本拠地はニューオーレリアにある」
『ニューオーレリア』。
このゲーム――『ライオライト帝国記』を制作していた前世において、街のコンセプトアートを作成したので聞き覚えがある。
ここ『トルカーナ』が現実世界のイタリアのヴェネツィアをモチーフにしているのに対し、『ニューオーレリア』はアメリカをモチーフにした街だ。
「ここは出張所、って感じだって思っとけばいいかねェ」
やがて、その姿が見えてきた。
外壁はくすんだ灰色で、ところどころ塗装が剥がれ、煉瓦の地肌が覗いている。
マフィアの事務所というので立派なものかと思いきや、貧民街トルカーナの中でも浮かない程度には貧相な造りの建物だ。
もっとも、いかにも豪奢な建物にすれば、治安の悪いこの街では強盗の格好の的となるだろう。マフィアの事務所に押し入る命知らずがいるかどうかは、また別の話だが。
「アポ無しだけど、緊急事態だし、まァ許してくれんだろ」
ロレンツォはドアノッカーに手を掛け、コンコン、と音を立てて打ち鳴らした。
が、しばらく待っても応答はない。
「留守か? 灯りは点いてんだけどなァ」
言いつつ、ロレンツォは試すように、ドアノブ――欧州の建築によくあるように扉の真ん中についていた――に手を掛けた。
「ロレンツォさん」
ゼノフォードは苦言を呈した。
「ぬらりひょんじゃあるまいし、勝手に他人の縄張りに上がり込むなんて、やめておいた方がいいんじゃないかい?
だいたい、普通に考えれば鍵がかかって――」
「なあ、ゼノ」
ロレンツォが、その言葉を遮るように低く言った。
「ドアノブが……回ったぞ」
「は?」
「かかってねェんだよ、鍵が――」
ロレンツォはそっとノブから手を離した。
ゼノフォードは訝しげに眉をひそめ、自らの手でドアノブを握る。
試しに押してみると――確かに、抵抗なく開きそうな手応えがあった。
(マフィアの人間が、施錠を忘れるなんてことがあるか?)
嫌な予感する。
「……まさか」
ギィ、と音を立てて扉が開く。
開ききるよりも早く、ゼノフォードはその隙間に身を滑らせて室内に踏み込む。
居間に通じる扉を開ける。
そこには。
「――!」
――遺体が一つ、転がっていた。




