26話 名を刻む場所
「で」
ロレンツォが口を開いた。
「疑問は、もう全部解けたか?」
ゼノフォードは視線だけをロレンツォに向けて、静かに言った。
「……少年が死んだのは僕のせいじゃないってことも、ピエトラが殺したわけでもないってことも、わかった」
「そいつはよかった」
「だけど一つだけ、釈然としないことがある」
――もしかしたらそれこそが、ゼノフォードの胸に最も深く突き刺さっていた棘かもしれない。
「彼を、『僕の死体』に仕立てたってことだよ」
ゼノフォードは今や、『第一皇子暗殺を企てた反逆者』である。
たとえ皇子という身分があっても、反逆者の汚名を着せられたら、もはや名誉もなにもあったものではない。
そんな最悪な人物の身代わりとして、この少年の遺体が使われたのだ。妹のために嵐の中を駆け、命を懸けて薬を届けようとした、善良な少年の遺体を。
「――『第一皇子暗殺未遂の首謀者』っていう役目を、純真無垢で善良な少年に与えるなんて。
これで彼も、晴れて犯罪者扱いだね」
「……ニコも犯罪者なんだぜ。なんせ、俺たちマフィアの手伝いをしてたからな」
確かにロレンツォの言うとおりではある。マフィアに雇われて運び屋をするあたり、ニコもまた立派な罪人なのだ。
「それでも――反逆者と運び屋じゃ、天と地ほどの開きがある」
ゼノフォードの言葉にロレンツォは軽く息を吐いて、医者の治療を受けているジーナの方をちらりと見やった。
「……ここまで調べたオメェのことだ。ニコがジーナに持って行こうとしてた薬が『ただの薬』じゃねェってことくらい、もう気付いてんだろ?」
違法薬物だ、ということを言いたいのだろう。それを察してゼノフォードは推し黙った。
そんな彼をちらりと横目で見て、ロレンツォは続けた。
「オメェはよ、『あの遺体はニコかもしんねェ』って気付いたからこそ、薬物について嗅ぎつけられたんだろ」
ゼノフォードは頷いた。もしあの遺体がニコだという可能性が浮上しなければ、ニコの周辺を探るようなことはしなかっただろうことは確かだ。
「もしニコ本人のものとして遺体が発見されたら、警察は直にニコの周辺を調査する。そしたら、ニコが薬物を運んでたことが露呈するかもしんねェ。
そのときに、その届け先がこの家だったって割れちまったら、どうなる?」
――薬物の使用者として、この家にいたジーナが疑われる。
あるいは、子供だろうと関係なく、密売組織と繋がっていると疑惑の目を向けられる。
そこまで想像して、ゼノフォードは俯いた。
その反応を見て、ロレンツォは結論を口にした。
「だから、遺体を完全に別人として葬ったほうがいいんだ。それがジーナのためでも、アイツ自身のためでもある」
「だけど、よりによって僕の遺体に仕立て上げなくてもいいじゃないか。
君たちはマフィアだろう? 海に沈めるなり、薬品で溶かすなり……死体の処理くらい、簡単なんじゃないのかい?」
「これが、その『処理』の方法だ」
あっさり返されたその言葉に、ゼノフォードは言葉を失った。
黙り込んだ彼に視線を落とし、ロレンツォはふっと息を吐く。
「『身元がバレると面倒な死体』ってのはな、ちょくちょく出るんだよ。ピエトラには、そういう行き場のねェ遺体が保管されることがある」
ニコも、そのうちの一つだった、と。そういうことなのだろう。
「どうしても機会がなけりゃ、完全に腐っちまう前に、オメェの言う通り沈めるなり溶かすなりするしかねェ。
だけどそいつは、遺体をただの肉塊として扱う、ってことだ。人間の埋葬とは程遠い。
俺はよォ、なるたけ人間として扱ってやりてェんだ。
それに引き換えニコは、きちんと人として葬られる。沈めたり溶かしたりするより、よっぽど人道的だろ」
「――そうかい」
頷いたものの、ゼノフォードは納得したわけではなかった。
頭では理解できる。これが、最も“マシ”な選択肢だったということも。
それでも心に残る蟠りは、そう簡単に消えるものではなかった。
□□□
共同墓地。
掘った穴に、ゼノフォードは鞍袋をそっと入れた。
遺体はない。遺品としても、鞍袋では少し物足りない。
それでも、何もないよりはいいと思えた。
「ニコ君のお墓ですか」
背後から掛けられた声に、ゼノフォードは振り向いた。
先ほどまでジーナの治療を手伝っていた店主が、こちらに歩いてきていた。その背後には医者の姿もある。ジーナの治療を終えて、ここまで来たらしい。
「――『墓』の定義は『遺体や遺骨を収める場所』だ。だから、墓かどうかと言われればノーになるね。
だけど――そういう場所にしたいかな」
安らかに眠れ、なんて言えない。
死後に、彼を大変な面倒事に巻き込んでしまったのだから。
ゼノフォードは視線を落とした。
墓石さえない、ただ木の切れ端に『ニコ』と書いて突き立てただけの、墓とも呼べぬもの。
それが『ゼノフォード』ではない、『ニコ』の墓だった。
(――せめて、故郷でだけは、本来の自分として――『ニコ』として、眠ってくれ)
□□□
そんなゼノフォードの様子を、少し離れた場所から見ながら、ロレンツォは思い出していた。
あの、嵐の時のことを。
『俺、薬の代金を払えてねェんだ……。
だから、俺が死んだら、臓器でもなんでも……売れるもん、持ってけ』
そう口にしたのは、幼い少年だった。
ロレンツォは、そっと呟いた。
「――代金、きっちりいただいたぜ」
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