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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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24話 若馬の智、用うべし

 沈黙するゼノフォードに、気まずさに耐えかねたのか、飲食店の店主が口を開いた。


「ゼノフォード様。馬というのは、散歩が必要な生き物です。

 ですが、何日も飼い主が不在だったのなら、まともに歩けていないかもしれません。

 この馬を散歩させてみてはいかがでしょう」


 ゼノフォードは顔を上げ、店主を見た。

 確かに、その通りだ。ピエトラが人を殺していようといまいと、この馬には関係のない話だ。


「……それもそうだね」


 ゼノフォードは、馬がくわえるハミから伸びた手綱を引いて、厩舎の外へと歩き出した。

 とはいえ、ここは狭い運河の街。道も複雑で、土地勘もない。どこへ行けば散歩になるのか、皆目見当がつかなかった。

 ゼノフォードが店主に相談しようと口を開きかけたとき。


「……ん?」


 馬が鼻を鳴らし、ぐい、と手綱を引くようにして歩き出した。


「うわっ」


 ぐんっ、と腕ごと身体を引っ張られて、ゼノフォードは小さく悲鳴を上げた。


「店主君! 馬が勝手に歩くんだけど! なんとかしてくれないかい」


 半ばぶら下がるような情けない格好で、店主を振り返った。

 店主はその姿を見て、慌てて駆け寄ってきた。


「ゼノフォード様、馬の扱いには不慣れでいらっしゃるのですか?」


「当然だろう!

 いくら僕が美しくて白馬の王子様みたいだからって! 見た目で決めつけちゃいけないよ!」


 ゼノフォードはあくまでも、現代日本で普通に暮らす、ゲーム会社の社員だった。

 そんな環境では、よほど機会に恵まれない限り、日常的に馬と接することなどないのだ。


 店主は手綱を受け取って馬を止めようとしたが。


「……す、すみません。私でも止められそうに……」


 今度は店主が引き摺られ始めた。


 馬はまっすぐ進み、角を曲がろうとする。

 その様子を見て、ゼノフォードはふとある考えに辿りついた。


「もしかして、どこかに行こうとしてる?」


 迷いのない足取り。

 まるで『見覚えのある道』を歩いているかのように見える。


「馬にはね、帰巣本能があるんだ」


 馬は優れた嗅覚を持ち、匂いを頼りに場所を記憶するという。


「『老馬の智、用うべし』って言葉を知ってるかい?

 本来の意味は、『経験ある者の知恵は役に立つから、教えを乞うべき』ってことなんだけど――その語源は、ある国の管仲かんちゅうっていう宰相が迷ったとき、老馬の後をついていったら元の道に戻れた、って話なんだ。

 それくらい、馬っていうのは道を覚えている生き物なんだよ」


 ゼノフォードは小さく笑う。


「まあ、この子は老馬じゃなくて若い馬だけど――きっと、どこかへ戻ろうとしてるんだ。

 さて、僕たちも管仲になろうじゃないか」


 恐らくこの馬は、普段からこの共用の厩舎で暮らしていたわけではない。ニコとはぐれて街を彷徨っていたところを誰かが見つけ、ここに連れてきたのだろう。

 ならば、馬が目指しているのは、本来の『居場所』だ。


 馬は路地を抜け、角を曲がり、橋を渡っていく。進む先は、先ほど訪れた魚屋の方角だ。


 そして――たどり着いたのは、瓦屋根が一部崩れ、老朽化の進んだ小さな家だった。


 馬は家の前で立ち止まり、鼻を鳴らした。かと思えば、馬は家の扉を見つめたまま動かなくなった。


 そういえば、魚屋の看板娘がニコの話を出したとき、ニコを『近所の子』と言っていた。

 このあたりは、確かに魚屋の『近所』と呼べる距離だろう。


「もしかして、ここが――ニコ君の家?」


 ゼノフォードは周囲の柱に馬を繋ぐと、家の扉へと向き直った。錆びついた鉄製の粗末なドアノッカーに手をかけ、コンコンと音を立てて叩く。


「誰かいるかい」


 するとすぐに、「どうぞ」と、幼い少女らしき声が中から返ってきた。


「邪魔するよ」


 ゼノフォードは扉を開けて中へと足を踏み入れた。後ろから店主もついてくる。

 室内は、天井の一部が抜け落ち、水漏れの跡が廊下に広がる、粗末というより半ば崩壊していると言っても過言ではない状態だった。

 店主は顎に手を当てながらつぶやいた。


「これは――三日くらい前に暴風雨があったのですが、そのときに崩れてしまったかも」


 確かにトルカーナに流れ着いたとき、前に来た時よりも街が荒れているように感じだが、それは嵐の爪痕だったのか。


 店主の言葉に、「そうだよ」とさっきと同じ声が返ってくる。続いて、


「左の部屋にいるよ」


 と、声が部屋の方向を教えてくれた。

 ゼノフォードと店主は、その声に従って左手の扉を開けた。


 その部屋は崩壊を免れているようで、天井に穴もなく、かろうじて部屋としての体裁を保っていた。

 部屋の隅には粗末なベッドがあり、そこに先ほどの声の主がいた。


 七、八歳ほどの少女。脚には包帯がぐるぐる巻かれ、上半身にも厚く巻かれた包帯が覗いている。

 先ほどゼノフォードがノックをしたときや、店主が声を発したときに彼女が姿を見せなかったのは、ベッドから動けないほどの重傷だからに違いない。


「お兄ちゃんたち、誰?」


 少女の問いに、ゼノフォードは優しく口を開いた。


「僕のことは――ゼノ、とでも呼んでくれたまえ。そう呼び始めた人もいるしね」


 本名を出すのもどうかと思い、簡単な呼び名にした。 

 もっとも、幼い子に対しては短い方が良いのだろう、少女もすぐに「こんにちは、ゼノ」と呼んでくれた。


「それからこっちは店主君さ」


 ゼノフォードが店主を示しながら言えば、店主は「もしかして私の名前、『店主』だと思っていません?」と苦言を呈した。


「アントニオです。トニオでもトニーでもおじさんでも、お好きにどうぞ」


 そう言う店主を見て、ゼノフォードは先ほど魚屋の看板娘が「トニオ」と呼んでいたのを思い出した。本名はアントニオが正解だったようだ。


「こんにちは、アントニおじさん」


 と、少女が変な名前で呼んだので、ゼノフォードはふっと笑った。


「レディ、君の名前は?」


「ジーナよ」


「ジーナ君。この家には、他に誰か一緒に住んでるのかい?」


 ゼノフォードの問いに、ジーナは少し間を置いてから、答えた。


「うん、一緒に住んで『いた』よ」


 過去形だった。

 ゼノフォードの表情が険しくなる。

 沈黙ののち、ジーナは続けた。


「お兄ちゃん――ニコと」

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