表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/61

19話 貧民街の逃亡者2

 店じまいをする露店のあいだを通り抜け、帰路につく人々の波をすり抜ける。


「うわっ!」


「きゃあっ!」


 ぶつかったり、ぶつかりそうになったりした人々から、驚きの声が上がる。

 申し訳なく思いながらも、なりふり構ってなどいられない。


 既に、あまりにも多くの人に姿を見られている。

 せめて少しでも人の少ないところへ――そう願いながら、ゼノフォードは角を曲がった。

 薄暗い街灯が、建物の壁を斜めに照らしている。

 その灯りに照らされた『あるもの』が目に入った瞬間、ゼノフォードの足が止まった。


「――な、なんだ……ッ、この張り紙は!」


 ――第一皇子暗殺未遂事件の首謀者、第二皇子ゼノフォード、逃亡中。情報求む、生死問わず――。


「まだ、尋問から半日しか経ってないだろう……!」


 声に出したところで、何が変わるわけでもない。

 だがその現実が信じられず、叫んでいた。


 不意に足音がした。

 追手か、単なる通りすがりの誰かか。判断はつかない。それでも心臓が跳ね上がる。


 ゼノフォードは再び駆け出した。

 息が詰まる。

 足元がぐらつく。


「どこに逃げればいい、どこに――?」


 周囲を見渡す。

 と、景色に既視感があることに気が付いた。

 ゼノフォードの前世――“輝石”がこの街をデザインしたから、という理由ではない。

 朽ちた屋根。水のにおい。石畳。迷路のような路地。


 知っている。

 ここは。


「――トルカーナ!?」


 以前に来た時とは違い周囲が暗いためか、その時に見たよりも若干荒れているように見えるためか。あるいは単に、精神的にそう感じるだけかもしれない。

 とにかく受ける印象が少し違うために気付くのが遅れたが、間違いない。


 汚職警官がのさばり、偽物のピエトラがはびこっていた場所。

 つい先日訪れた、運河のある貧民街。

 トルカーナだ。


 まったく見知らぬ土地よりはまだましだ。あのときの記憶を頼りに、ゼノフォードは走り出す。


「確か、店の裏側に裏路地があったはずだ!」


 あの、汚職警官に脅され、偽ピエトラの被害に遭っていた店だ。


「そこなら、身を隠せるかもしれない――!」


 僅かな希望を抱きつつ、角を曲がったその先で――。


「ゼノフォード様!?」


 声がした。


「――!!」


 顔を上げるとそこには、かつて助けたあの飲食店の店主がいた。

 名を呼ばれたということは、店主はゼノフォードの正体を知っているということだ。


「――くそ!」


 ゼノフォードは引き返して走り続けた。


「僕はどこで、間違えたんだ――!」


 またもや視界に、あの張り紙が飛び込んできた。

 『ゼノフォードを探せ』――そう言わんばかりに、どこにでも貼られている。

 逃げ場のない現実が、これでもかというほど目の前に突きつけられる。


「どうして、こんなことになったんだ――!」


 『生死問わず』――。生死――死――。


「――死にたくない――!」


 死にたくない一心で、足掻いてきたのに。


 一体どこに逃げればいい?

 どうやって逃げ続ければいい?


「僕は……僕は……!」


 バサッ!


 唐突に、視界いっぱいに網が広がった。

 気付くより早く、全身が荒縄の網に絡め取られ、そのまま石畳に引き倒された。


「ッ!?」


 膝が抜けたわけではない。意識が飛んだのでもない。

 重いおもり付きの網が肩や背中に食い込み、両手両足を縛りつける。指先すらろくに動かせない。

 知っている。このやり口は――。


「やーっと捕まえたぜ。――『ゼノフォード殿下』?」


 黒いロングコートを着た、この男は――。

 その顔を見て、ゼノフォードは名を叫んだ。


「――ロレンツォ・サルヴァトーリ!」


 マフィア組織、ピエトラの幹部。

 このトルカーナの街を拠点にする、捕縛使いだ。


「見逃してくれ!」


 ゼノフォードは懇願した。

 疲労と喉の渇き、そしてうつ伏せに押し付けられたその姿勢、そして込み上げてくる感情のせいで、潰れたような声になる。

 なんて情けないのだろう。


「願いを、聞いてくれるって! そう、言ったじゃないか!」


 あの偽ピエトラとの一件で、ロレンツォはこう言っていた。


『お礼によォ。なんか頼みがありゃ、何でも一つ聞いてやるぜ』


 ――と。


「引き渡さないでくれ……頼む、見逃してくれ……ッ!!」


 顔を伝った汗が、網目を伝ってぽたぽたと地面に吸い込まれていった。


「約束、してくれたじゃないか……ッ!」


 動かしづらい頭を、無理やり持ち上げる。

 視線の先――ロレンツォは、ただ静かにこちらを見下ろしていた。


 いくつもの足音が聞こえてくる。

 多数の人の気配。視界の隅に、さっきの店主と荷馬車の業者の顔が見えた。他にも沢山の人がいる。


(――もう駄目だ)


 これ以上は、逃げきれない。

 身体を拘束されている以上、セーブデータを読み込んで時間を戻すこともできない。


(手遅れ、だ――)


「僕を城に引き渡すつもりなら!

 ――いっそ、殺してくれ!!」


 あの暗殺事件。第一皇子が命を落とした瞬間の、生々しい恐怖が脳裏をかすめる。


 背から胸へと貫いた刃。

 崩れるように膝をつき、苦しげに空を掻いた手。

 立ちのぼる血のにおい。


 死にたくない。

 そう思って、ここまでもがいてきた。だが、それすら叶わないのなら。


「せめて、苦しまずに死にたい――!

 殺してくれ――!!」


 そのとき。

 ロレンツォがふっと口元をつり上げた。


「そんなチンケな望みでいいのか?」


 ゼノフォードは思わずぽかんとした。

 言葉の意味がわからなかった。


 その様子を見て、ロレンツォは小さく肩を竦めた。


「オメェが望むならよ、俺たちはオメェを匿うことだってできる。そういうことだ」


 ――『俺たち』。

 その言葉に、ゼノフォードは思わず周囲を見渡した。

 周囲の人々は、誰一人として逃げ場を塞いでいなかった。

 まだ、理解が追いつかない。


 そんなゼノフォードに、ロレンツォが続ける。


「別に、オメェを捕まえようって身動きを封じたわけじゃねェ。

 ただ、オメェがパニクってあっちゃこっちゃ暴れ回ってたからよ。これじゃあ、助けられるもんも助けらんねェからな」


 ロレンツォがフックを外すと、網の錠がカチャリと外れた。

 重く絡みついていた縄がずるずると緩み、ようやく身体が自由になる。


 だが、ゼノフォードの思考はなお混乱の中にあった。思考が荒れた海のように掻き乱され、何を信じていいのかすらわからない。


 と、いつの間にか人だかりとなっていた群衆の中で、あの店主が静かに口を開いた。


「お礼を言わせてください。

 警官と、そして偽のピエトラから救っていただいたあの日のこと、決して忘れておりません」


 ゼノフォードは、瞠目した。

 しかし、それで終わりではなかった。


「大丈夫か、坊主? ――怪我、してただろう?」


 今度は、おずおずと、荷馬車の業者が声をかけてきた。心配そうな面持ちで、まっすぐにこちらを見つめながら。


 それを皮切りに、ひとり、またひとりと声が上がった。


「もう『治安維持費』なんて名目の賄賂、払わなくてよくなったんだよ!」


「偽のピエトラを追い払ってくれて、ありがとう」


「汚職警官のやつ、懲りたみたいでよ。もう来なくなったぜ」


「オメェは暗殺なんてするような奴じゃないって、俺らはみんなわかってるぞ」


 誰も、責めない。

 誰も、剣を抜かない。

 その事実に、ゼノフォードは――今、初めて気が付いた。


 ここには。


 ――味方がいたのだ。


「……ッ」


 唇が震える。

 張り詰めていた緊張が切れた途端、ふと涙腺が緩んだ。耐えていた涙が、つ、と頬を伝った。


 ゼノフォードは最後の力で、声を絞り出した。


「……助けてくれ……ッ!!」


 薄れ行く意識の中で。

 ――ロレンツォの、にっ、と笑った顔を見た気がした。


「おうよ。――約束だからな」


□□□

 極度の緊張から解放されたゼノフォードは、そのまま糸の切れた操り人形のように意識を手放した。

 崩れ落ちた彼の身体をしっかりと抱きとめたのは、ロレンツォだった。


 深い眠りに落ちたゼノフォードを腕に抱え連れ帰りながら、ロレンツォはぽつりと呟く。


「――おい」


 その呼びかけは、どこに向けたものとも知れない。

 だが、すぐに「おう」と応じる声が返った。

 と、闇の中から、一人の男が姿を現す。


 ロレンツォは、短く言い放った。


「――死体を一つ用意しろ」

お読みいただきありがとうございます。

もしお気に召しましたら、ブックマークや★をつけていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ