16話 破綻したルート
「――面白いね。本当に面白いよ!」
口から、溜まっていた怒りと憤りが溢れ出した。
「怪しい奴を片っ端から罰していくつもりかい?
名案だね! 国民全員を裁いていけば、いずれ真犯人にも罰を与えられるだろうからさ!!」
口を開いたら止まらなかった。
もはや醜態だと自覚していながらも、震える口から次々に言葉が飛び出してくるのを、止めることができなかった。
「『十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を罰するなかれ』――って言葉、知ってる?
知るわけないか! たったいま、無実の人間を三人も罪人にしたんだからさ!」
広間がざわめき、臣下たちは顔を見合わせた。
誰もが口々に「まさか本当に――」「しかし証拠は――」などと騒ぎ立てた。
それでも、気にしていられなかった。怒涛のごとく、心の底に沈めてきた言葉が、堰を切って溢れ出す。
「僕がどんな思いで、暗殺者から第一皇子を助けたと思う?」
画面越しのフィクションとして見るのとは違う、生々しい現実の『死』。
あの光景が目に焼き付いて、『死にたくない』と恐怖した。
まだ、その恐れは抜け切っていない。
「どんな思いで、オスヴァルトと命がけで戦ったと思う!?」
平和な現代社会で生きてきた“輝石”にとって、初めて遭遇した本物の殺意。
オスヴァルトは、本気で自分を殺す気だった。
まだずきずきと、その時に受けた傷が痛む。
「貧民街に行ったのだって、ピエトラに接触しようとしたのだって……!!
全部、その『僕が殺そうとした』っていう、第一皇子を守るためだっていうのに――!」
第一皇子の目に、驚愕と困惑が浮かんだ。
「まさか、本当に――」
後悔。
第一皇子の、その顔を見て。
にいっと、口角を上がった。
(――ああ、愉快だ)
第一皇子の瞳に垣間見えた後悔の色を見て、愉悦感を覚えていた。
「そうだよ」
が、その場にそぐわない快感を遥かに上回る苛立ちが押し寄せた。
「兄上を、暗殺者から助けてやったのは、この僕なんだよ!」
第一皇子は一度死んだ。
ナイフで、心の臓を貫かれて。
それを、セーブとロードを使って、原作という悲劇から救い出したのだ。
「父上が暴君になる原因を取り除いたのも、国の混乱を阻止したのも、全部、僕だ!」
第一皇子の死。それが、ライオライト帝国の皇帝を苦しめて病ませ、暴政を敷かせる原因となった。
それが、このゲーム『ライオライト帝国記』のラスボス誕生の軌跡。
それを、阻止したのだ。
「全部、この僕なんだ!!」
第一皇子暗殺事件の実行犯の特定や、第一皇子排斥派であるゼノフォードの母のことなど、まだ解決していない問題は残っているものの、このままいけば皆が幸せになれた。
――はずだったのだ。
「感謝されこそすれ、まさか暗殺の首謀者に仕立て上げられるなんてね!
一番の立役者である、この僕が!!」
哀れだった。自分自身が。
ここまで身を挺したというのに、その結果がこれか。
喉がひくひくと震えて、視界がじわりと歪んだ。
褒め称えられないばかりか、その功績が誰かに知られることすらないだろうということは、承知していた。黙っていたのだから当然だ。
だが、だからといって、こんなに一方的に責め立てられる羽目になるだなんて。あまりに理不尽ではないか。
「――僕は、どうすればよかったんだ」
解決に向けて尽力していた自分は今、『主犯』として裁かれようとしている。
なんという皮肉か。
「信じてもらうって、難しいんだな。
――僕には、できないや」
そのとき、皇帝が口を開く。
「……ゼノフォード、おまえは――」
けれど、その言葉は最後まで続かなかった。
実際、皇帝が何を言おうとしていたのか。それは謝罪なのか、懺悔なのか、それともまだゼノフォードを責める気でいるのか。ゼノフォードを含め、誰にもわからなかった。
だが、そんなことはもはや、どうでもよかった。
「だけど――感謝してるよ」
一拍の沈黙のあと、穏やかに微笑んだ。
「無能な君たちのおかげで――後継争いから永遠に下りる方法を、見つけたからさ」
――ゼノフォードは慣れた手つきで、指で四角形を作り、インターフェースを立ち上げた。
セーブ画面が開かれる。
ゼノフォードは、何も言わずに。
ただ、セーブデータを読み込んだ。




