13話 裁きの始まり
帝国城の広間は、かつてない沈黙に包まれていた。
本来ならば舞踏会や祝宴が催されるその空間も、今日ばかりは取調室と化し、簡素な調度品が並んでいる。
ゼノフォードは、広間の中央に置かれた椅子に座していた。
髪を弄りながら、困憊して床を見つめる。
(どうして、僕が暗殺計画に関与したと思われたんだ?)
もしや自分――“龍門輝石”が憑依する前に、本来の『ゼノフォード』自身が、第一皇子暗殺の計画に加担していたのだろうか?
(いや、それはない)
暗殺を企てたオスヴァルトは、皇帝を憎み、その血筋を絶やさんと、第一皇子のみならずゼノフォードをも標的としていた。
そのオスヴァルトが、標的であるゼノフォード本人と手を組む道理はない。
ましてや首謀者に据えるなど、なおさら有り得ないことである。
(誰かの疑いが僕のところまで飛び火したのか?
たとえば……『ゼノフォード』の母親が、第一皇子に害を及ぼそうとしていた、とか)
それらしい動機はある。
血の繋がっていない第一皇子を排除し、実の子であるゼノフォードを皇位につけようとした――そう考えられなくもない。
(だけど『ゼノフォード』と同じ理由で、オスヴァルトと手を組むはずが無い。
標的の味方を、計画に引き込むわけがないんだ)
では、何が疑念の根を育てたのか――。
(もしかして、僕が貧民街でピエトラと接触していたところを、誰かに目撃されたとか?)
たとえゼノフォードの真意が『真犯人を追うため』だったとしても、そうと知らない人間がその光景を目の当たりにすれば、どう思うだろう?
『第一皇子の政敵である皇子がマフィアと接触していた』――誤解するには、充分すぎるシチュエーションだ。
ふと顔を上げ、広間を見渡した。
柱を背に、騎士服に身を包んだ青年――アルノーが立っている。参考人として呼ばれたのだろう。
ゼノフォードと目が合うなり、アルノーは顔をくしゃりと歪めた。
(――心配してくれているんだな)
そのまま視線を動かすと、格式高い衣服をまとった少女と目が合った。ヒルデガルトだ。
彼女は瞳を揺らし、そのまま目を伏せた。彼女もまた、心を痛めているのだろう。
(僕の身を案じてくれているのは、二人だけか。
――いや。嫌われ者の僕には、充分過ぎるな)
公開尋問とはいえ、事情が事情だけに、この場の人数は多くない。ゼノフォードの母である第二皇妃すら姿を見せていないほどだ。――行事にも殆ど顔を出さないことは、設定資料で知っていたが。
(せめて息子の尋問くらいは、顔を見せるべきじゃないか?)
と、かすかな足音が床を打った。
やがてその足音は玉座の前で止まり、現れた人物がどっかりと身を沈めた。
白髪の混じる黒髪。自身と同じ紫色だというのに、まるで別物のような冷淡さのある、猛禽類の如き射抜くような鋭い眼差し。全身から威圧感を放つ、屈強な男――。
(あれが――)
ゼノフォードの父であり、そして。
(――ライオライト帝国の皇帝)
皇帝自らが尋問官を務めるという異例の事態に、広間の空気はさらに張り詰めた。
玉座から発せられる声音は、威厳というよりも、鋭い疑念を含んだものだった。
「先日、おまえが城を抜け出し、貧民街でマフィアの者どもと接触していたと証言があった。
通報によれば――おまえは『次の暗殺』の計画を立てていたらしいな。
つまり、先日の暗殺未遂事件。企てたのは――おまえだということだ」
その明瞭な言葉が、広間全体に響いた。
あまりに突拍子もない『容疑』に、ゼノフォードは思わず形の整った眉を上げた。
「暗殺? 僕が?」
貧民街に赴いたのは事実だ。マフィア組織であるピエトラと接触したのも、否定はできない。
だが、『偽のピエトラ』にせよ『本物のピエトラ』にせよ、あのとき交わされた会話の中では、暗殺の『あ』の字すら出てきていない。
ゼノフォードは小さく息を吐いた。
ここで言葉を誤れば、全てが終わる。
ゼノフォードは素早く指で四角形を形作り、インターフェースを呼び出した。
セーブ画面を開いてスロットを選び、上書き保存の是非を問う確認に『はい」を選択する。記録が走り、画面が静かに消えた。
――これで万が一失言しても、このタイミングに戻ってこられる。
「異議はあるか」
皇帝の声が、低く、突き放すように投げかけられた。
口を開く準備が整ったゼノフォードは、皇帝を見上げた。
「異議はあるか、だって?
異議しかありませんよ、父上」
ゼノフォードは声を張った。
「暗殺計画に関与したとして幽閉されているオスヴァルトだって、僕のことは口にしていないでしょう?
そもそも、彼は皇帝の血筋を絶やすつもりだったらしいではありませんか。つまり僕も、標的の一人。その標的を暗殺計画に巻き込むなんて、普通に考えておかしいと思いません?」
皇帝が何も返さないのを見て軽く溜息を吐いてから、淡々と口を開いた。
「僕はあの日、カジノに行こうと思ってトルカーナを訪れただけです。……こんなご時世ですから、誰にも言いませんでしたけどね」
視界の端に、項垂れたアルノーの姿が映った。
真相を知っている彼に、もどかしい思いをさせているのがわかる。
だが、『兄の暗殺未遂事件の実行犯を探るため、マフィアに接触した』などと口にしても、誰が信じるというのだろう? 余計に訝しまれるだけだ。だから言うのをやめたのだ。
「そのとき、とある飲食店がマフィアを名乗る連中に襲われていました。だから、少しばかり灸をすえてやったのです。
接触というのはただ、それだけですよ」
事実を飾らずに述べた。
だが皇帝の表情は一切動かない。
「人助けか? 自分のことにしか興味のない、自己中心的なおまえが?」
疑念とも嘲笑とも取れる皇帝の言葉に、ゼノフォードは内心不快感を覚えたが、態度には出さなかった。そんなことをしても無意味だからだ。「話を続けます」と仕切り直す。
「その場面を目撃した誰かが、早とちりして通報したのでしょう。
僕と兄は政敵。そして、そんな僕がマフィアと共にいた。
そんな場を見れば、先入観から『暗殺の相談でもしていたのでは』と思われても仕方がない。
……ただの誤解です」
ヒルデガルトと交わした『憶測と先入観の怖さ』の話を思い出しながら、ゼノフォードは「これだから先入観というものは厄介なんだ」と呟いた。
「とにかく、『僕がマフィアと共に暗殺計画を企てていた』なんて話は、通報者の思い込みに過ぎません。事実ではありませんよ」
堂々とした反論だった。
少なくとも、論理的破綻はない。言葉の筋も、辻褄も合っている。
だが、皇帝の態度は微動だにしなかった。
「これを通報したのが、社会的に信用のおける者――たとえば『警察官』だったとしても、同じことが言えるか?」
「――!」
ゼノフォードは、わずかに目を見開いた。
一瞬、虚を突かれたような表情が浮かぶ。
なぜ、自分に『暗殺計画の首謀者』という、とんでもない嫌疑がかけられたのか。
その答えが、ようやく、像を結んだ。
(……あの汚職警官だ)
思い出すのは、トルカーナで出くわした、傲慢な男の顔。
あの男は、貧民街の人々を搾取し、偽のマフィアを使っては脅しをかけ、金を巻き上げていた。
(あいつは、自分の不正が露見することを恐れたんだ)
この件が告発されれば、あの男は警官としての立場が危うくなる。どころか、実刑も免れない。
(だけど、どこかの時点で――おそらくアルノーが僕の名前を呼んだときに、気付いたんだ。僕が、第二皇子ゼノフォードだと)
――だから。
(……先手を打ったんだ。僕の口を塞ぐために。
自分の不正を知る僕を、潰すために……!!)




