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第8話 被害者という名の花嫁

 改めてホシさんから渡された書類に目を通していると、あっという間に昼になった。慌てて黒服の制服に袖を通す。どう見ても喪服だ。でも、これが制服なのだ。父と同じようにネクタイを締めて鏡で大丈夫か確認をする。

「よし、大丈夫だ」

 そしてタイミングよくインターホンが鳴った。今度はハシボソさんだ。

「おはようございます。昨日はちゃんと眠れましたか?」

 爽やかに笑うハシボソさんだが、喪服を着ているので違和感がすごい。いや制服なのだけれど、まだ喪服を着ていると思ってしまう。

「おはようございます。なんとか寝れました」

「それは良かった。では早速ですが行きましょう」

 ハシボソさんは目的地は言わず、俺を車に乗せると走り出した。

「今日は僕の花嫁に会って、一緒に昼食を取ってお話をしてもらいます。まだ花嫁のことをよく知らないでしょうから」

 俺は黙って頷いた。

「黒服の多くは花嫁を守る為に黒服になった人です。僕もその一人です。ネロくんには、まず花嫁を知ってもらいます」

 そう言ってハシボソさんは渋谷区の端、新宿区との境あたりに位置するビルの駐車場に車を停めた。

「着きました。このビルの三階に僕の花嫁の馳川(はせがわ)さんがいます」

 もちろんそっちの意味ではないです、と付け加えられて笑うしかない。俺は車を降りてハシボソさんの後ろをついて行った。

「ここは黒服が所有するビルです。一階はロビー、二階は黒服の泊まれる施設、そして三階から十二階は花嫁の皆さんが療養する施設となっています」

 地下の駐車場からエレベーターで三階に上がる。あまり人の気配がしないけどビルの内部が広いからだろうか。外から見た感じではそれほど大きくは見えなかった。

「花嫁の人たちは療養で治ることってあるんですか?」

「いいえ。こころを喰った害虫を駆除するか、あるいは害虫の痣を傷つけるしかありません。現代医学では何も好転させられないのです」

 苦虫を噛み潰したような顔でハシボソさんは忌々しいと呟いた。

「その……馳川さん、は何を奪われたんですか」

 聞きづらいことだとはわかっている。それでも本人を前にして地雷を踏むわけにはいかない。恐る恐る聞いたが、ハシボソさんは普通に教えてくれた。

「家族の記憶を喰われ、痛覚を失っています。症状としては無痛症と似ていて、痛みを感じず、汗もかかない。全身の温覚も痛覚も消失しているので、防御反応が欠如してます。食事も気をつけないと知らずに舌を噛みちぎる恐れもある……本当に最悪な異常をくれたものです」

 あまり馴染みのない病名だけど、例え話を聞いて血の気が引いた。

「痛覚がないと下肢を中心に骨折、脱臼、骨壊死、関節破壊などが多発しましてね……イモムシにこころを喰われて半月で歩行困難になり、今は車椅子で生活しています。発汗も低下しているので体温調整も日々困難になり、最近は皮膚の潰瘍が目立っています。ああ、それはあまり触れないであげてください。気にしているので」

 ハシボソさんは淡々と話している。けれど目に光がない。声はいつも通りなのに目だけが死んでいる。

「わかりました……気を付けます」

「それ以外は普通です。能力も目の前にいる人に幻覚を見せる程度のものなので、害はありません」

 馳川さんの話が終わると、いつも通りの目に戻った。よほど気が気でないのだろう。初めて会った時のようにハシボソさんが怖く感じた。


 エレベーターが三階に着くと、映画でよく見る銀行の金庫のように堅牢な扉が目の前に鎮座していた。ハシボソさんは慣れたように扉の横に備えつけられた機械に手をかざした。すると大きな扉はゆっくり開いた。指紋認証とかいうやつだろうか。

「この先は馳川さんのように普通の生活が難しい花嫁がいらっしゃる場所です。十分に気をつけてください」

 そう言って門のような扉の先にハシボソさんは消えた。俺も深呼吸をしてからついて行った。

 療養している人がいる場所を知らないから比較しようがないが、それでもここはすごく良い設備だと思えた。建物の中なのに三階から十二階まで吹き抜け構造で天井がガラス張りだった。床も人工芝を敷いているから、太陽の日差しがたっぷり入る中庭のようだ。

「すごい……外みたいですね」

「ここにいる花嫁の皆さんは外に出られないですから。少しでも閉塞感を無くす構造になっています。馳川さんはこちらです」

 奥へ進むと、人工的に吹く風を感じた。やはり自然の風とは違うようだ。中庭を抜けて長い通路を進んだ先が、ハシボソさんの花嫁の部屋らしい。ついキョロキョロと周りを見て気づいたのは、黒服の人も数人いること。年齢も性別もバラバラな花嫁が、黒服の人に支えてもらいながら生活しているようだ。

「花嫁というのは初めてイモムシの犠牲になった方が花嫁だったので、そう呼ぶようになったんです。特に性別も年齢も関係ないですよ」

 ハシボソさんの説明を受けて、俺は自覚した。そうか。男性でも花嫁と呼ぶのか。花婿ではないんだな。

 しばらく歩くと、他の部屋より横に大きめの扉の前に出た。

「馳川さん、僕です。ハシボソです。お待たせしました」

 木製の扉を叩き、ハシボソさんが声をかけると小鳥のような声が返ってきた。ハシボソさんは俺に目配せをしてからゆっくり中に入った。

「失礼します。こんにちは、馳川さん。今日は新人黒服とのランチを承諾してくださり、ありがとうございます」

 白を基調したシンプルな部屋の奥、中庭が見える大きな窓辺に馳川さんは車椅子に座っていた。

 肩まで流れる、念入りに梳かされた艶やかな黒髪に、水を含んだような赤い唇。まるでお人形のような丸い瞳に、思わず見惚れた。色白の肌は、白いブラウスを着ているのにやけに際立つ。ベージュのスカートの先から見える足先も、男の俺から見たらとても小さい。

 あまり見るのも失礼だとわかっているのに、今まで見たことのない華奢な少女に目が釘付けになってしまった。

「いいえ、そんな──黒服の皆様には、佐伯さんには大変お世話になっておりますから。私にできることがあれば、喜んでお受けいたしますわ」

 馳川さんが俺のことを見て、やっと我に返った。慌てて挨拶した。

「はじめまして! ネロと言います。今日は、よろしくお願いします……あの、俺本当に花嫁の皆さんのことを深く知らないので、失礼があったらすみません……」

「ふふ、初めまして。私は馳川と申します。お恥ずかしながら見ての通り、黒服のみなさんと佐伯さんに守っていただいているばかりか、お世話もしていただいているのです。ふふ、失礼なんて心配ありませんわ。どうぞお掛けになってくださいませ」

 馳川さんはにっこり笑うと、先に奥へ入ったハシボソさんが、昼食を並べているテーブルへ俺を案内してくれた。車椅子で痛覚がないのは聞いていたけど、知っていないとわからないものだ。

「馳川さんはいつも一人でここにいるんですか?」

「いいえ。黒服のみなさんや佐伯さんが交代でお世話に来てくださりますの。お恥ずかしながら私、おっちょこちょいでして……お忙しいみなさんにご迷惑をおかけしてしまいますの……ですので何方かはこの部屋にいらっしゃいますの」

 恥ずかしそうに笑う馳川さんの顔が見る見る赤く染まる。なんだこの可愛い小動物。ハシボソさんの刺すような視線がなければ頭を撫でたい。

「ネロくんあと三ミリ近づいたら怒ります」

 馳川さんにスープを出しつつ低い声で耳打ちされては距離を取らねば本当に刺されそうだ。少し椅子ごと離れといた。確かハシボソさんの能力は距離を視覚化できたはず。誤魔化しなどできないし冗談でもない脅しだ。

「では、馳川さん、失礼します」

 スープにサラダにパスタがテーブルに出揃った後、ハシボソさんは馳川さんの口の中や手、体のチェックを始めた。無痛症なので小まめに見なければならないらしい。馳川さんも顔を赤くはしていたが慣れた様子だった。

「大丈夫そうですね。お待たせしました、食べましょう」

 そう言ってハシボソさんは馳川さんの横に座った。食べる時もさりげなく、口の中を噛んで出血していないか見ているようだ。

 馳川さんも注意して食事をしていた。絶対に口の中を空にしてから喋っている。間違えて舌を噛むかもしれないからか、なんとも話しかけづらい食事だった。結局、馳川さんに話をするのは食後にした。怖くてとてもじゃないが話しかけられない。

「せっかくお昼をご一緒にしていただいたのに、お話ができず……申し訳ないです」

 食後のチェックを受けた後、馳川さんは俺に頭を下げた。俺は慌てて首を横に振った。

「いやいやいや! 全然大丈夫ですっ! 馳川さんに何かあったら大変ですし、気にしないでください」

 食べ終わった食器をハシボソさんが片付けている間、俺は馳川さんを注意深く見つつ話をふった。

「それにほら、今、お話しましょう。馳川さんはいつからここにいるんですか?」

「まあ、まあ、お優しい……そうですね、私がここに来たのは三ヶ月前ですの。車椅子での生活は、私一人ではできませんので。ここから見える中庭を眺めるのがとても好きなんです。まるでお外を眺めているようで……」

 馳川さんはそこで悲しそうに目を伏せた。

「でも……ここにもあと二ヶ月でいられなくなりますの……」

「どうしてですか? 引っ越しするんですか?」

 せっかく気に入っているのでしょう、と言うと馳川さんはまるで幼子に言い聞かせるように答えた。

「花嫁の平均寿命は半年と言われております。私の余命は、保ってあと二ヶ月とお医者様に言われていますの。なので、ここからの景色もあと二ヶ月で見られなくなってしまいますわ」

 まるで自分の運命を受け入れているようだった。泣いたり、怒ったりしない。ただ、仕方ないことだと、馳川さんは消え入りそうな笑顔で言った。


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