第21話 知りたくなかった真実
ミヤマさんとコクマルさんが湖に落ちた音で、ようやくハシボソさんが立ち上がった。
弟の死体を近くのベンチに寝かせて、キリシマに向かって投擲ナイフを手に走り出した。それを、俺は止めたかった。必死に声を出したくてもタテハに布ごと顎を掴まれて出すことができない。暴れてもびくともしない。
「暴れない暴れない。落ちたら怪我すんだろーが」
そう言われて更に俺を抱える力が強くなった。
「キリシマさんにほっそいナイフで挑むとか草ですわ」
「それでもキリシマ優しいから相手してあげてんじゃないの? あーそうでもなかったか」
ハシボソさんのナイフは鎖で叩き落とされ、距離を詰めたところで額を鎖で貫かれた。
それはミヤマさんが害虫によくやっていたことだった。脳天を貫いた方が心臓より確実だと言って。同じ能力だから戦法が似ているのはおかしくないことなのに、なぜだろう、こちらがやられるととても残虐なことだと感じた。
キリシマがハシボソさんの死体を湖に捨て落とした後、こちらをしっかりと見た。
「タテハ君、こっちの死体も持っていくのかい?」
「やっべーバレてたわ」
「うう、ボクの気配遮断もまだまだだな……」
タテハは俺を脇に抱えたまま下に降りた。キリシマに駆け寄ると、馳川さんの死体を見て首を横に振った。
「こっちはいらない。オレの目的はコレだからさ」
そう言って俺の頭をぐりぐりと荒っぽく撫でた。触られたくもない。俺は口の布を吐き捨て、声を上げようとした。だけどすかさずタテハに首を締められて、空気が詰まった音しか出せなかった。
「まあうるさいけどそれも愛嬌ってやつ?」
「ずいぶんとソレを気に入っているんだね。僕のほうは逃げられてしまったよ」
そう言ってキリシマは静かな水面を残念そうに見た。
「というかタテハさん、そいつ死にそうだし離してやれば?」
「あ。そうだった」
周りの音が遠くに感じたところで手を離された。地面に転がされ、盛大に咽せた。必死に空気を取り込もうとしたら、背中をさすられた。
「うんうん。ゆっくり吸いなさい」
顔を少し上げたら、なぜかキリシマが俺の背中をさすっていた。わけがわからない。何がしたいんだコイツら。
「キリシマやっさしい〜」
「タテハ君はもう少し手加減を覚えないといけないよ。自分で殺したら元も子もないだろうに」
「えぇー弱いやつが悪いんじゃん。オレ強いやつとしか遊ばないし」
無茶苦茶な奴め。息がある程度整って睨んでやったら、だらしない笑顔で返された。
「めっちゃ威嚇してるじゃーん。え、全然怖くないっていうか弱っちぃ〜!」
「ふっざけんなよ! 害虫! 俺を捕まえて何しようってんだ!」
「え? 暇つぶし」
さらりと返された言葉に、頭が真っ白になった。固まった俺を気にもせず、タテハは続けた。
「だってオレら強い子供作れたらそれでいいし、世田谷区だけじゃつまらないから他の区でも暮らせるようになれたらいいなーって思ってるくらい? あとはやることないし暇だからカラスにちょっかい出して遊んでるだけだし。ユーマも遊びに来てくれないからこうやってオレから遊びにきてやったんだよ?」
「なんだよ……それ……それに、なんで名前……」
「え? ああ、ユーマの親父? が死ぬときに呼んでたから、多分そーかなーって思っただけ。当たってた?」
そう言ってタテハはまた俺を小脇に抱えた。俺の抵抗なんてコイツからしたらじゃれているようなもんだった。
言葉がでない。腹が立つ。殺したい。悔しい。自分の弱さが惨めで辛い。泣きたい。どれもうまく言えない。歯痒くて唇を噛み締めた。
「おや、タテハ君……早くもカラスが来たようだよ。足止めしてあげるから行った方がいいんじゃないかな」
急にキリシマが後ろ手に鎖を射出した。その先を見たら大きな梟がこちらに向かって飛んできていた。シロの召喚獣のヨタだ。上手く鎖から逃げつつ、加速しながらキリシマに突進した。
「あはは、鳥がキリシマに勝てるわけないじゃん。ミカド、人数増える前に行こ」
「てっきりタテハさんも参戦するかと思ったのに意外……嘘です、気が変わる前に行きましょう」
「だって今オレら以外のチョウもイモムシもまだ周りにいねぇんだもん。キリシマに任せて逃げたほうが安全だし、オレはコイツ抱えてるしさぁ」
「今すぐ下ろせ! お前のイカれた暇つぶしに付き合う気はない!」
ヨタが来てくれたということはシロとホシさんが近くまで来てくれているはずだ。少しでも騒いで位置を知らせようと必死に暴れた。
「それで抵抗しているつもりなのが弱っちくてウケるんだよね。ミカド見て見て、この弱っちいのがオレの弟とかウケるでしょ?」
「は?」
「え? その話本気だったの? タテハさんが人間とのハーフとは聞いていたけどさ、本当にそのカラスなわけ」
不本意ながらミカドと俺は同時に疑いの目をタテハに向けた。急にコイツは何を言い出すのか。
「本気だって言っただろうがクソ根暗。異父兄弟なだけで母親は一緒だっつっただろうが」
「あー。だから前に墓参りに行ってカラスに追われたのか……うわぁ、全然似てない……」
タテハに凄まれてミカドは無理やり納得したが、俺は違う。父からそんなことを聞かされてはいないし、何より母からも兄の存在を聞いたことがない。嘘か勘違いだと思ったけど、ふと、一つの可能性が俺の中で湧き出た。
二人は晩婚だったから、もし父と出会う前にタテハを産んでいたとしたら。父にも誰にも言わず、母しか知らないことだったら。
あらゆる可能性が頭の中を駆け巡った。もしそうだったらタテハの言う通り、コイツが俺の兄だということになる。可能性はゼロではない。
「でも弟で安心したというかなんというか。ほら以前タテハさん、ハーフのハーフなら世田谷区以外でも住める個体産まれるんじゃないかって言ってたから……妹だったらすぐに手を出しそうなイメージあるし、いや弟で良かった良かった。近親相姦は守備範囲外ですので〜」
「こんな弱っちいのに手を出さねぇし。ミカドは相変わらず変わったこと言うなぁ」
タテハがミカドを指差して笑っていると、急に辺りが暗くなった。何かと思って上を見たら、大きな白熊が前足を振り上げた状態で立っていた。多分シロの召喚獣だ。タテハは素早く後ろに下がって躱した。もちろん脇に抱えている俺を離すなんてことはなかった。俺は急なことに間抜けな声しか出せなかった。
「あっぶねぇ〜シロクマとか何? 動物園かっつーの……あーミカドは反応できなかったかぁ〜」
「うぷっ……!」
白熊が振り下ろした前足はミカドの頭皮をごっそり引き裂いて、ぺらりと剥がれた頭皮と飛び散る血と、白い頭蓋骨が見えていた。思わず俺は口を手で押さえてミカドの頭から目をそらした。
すかさず白熊は下から前足を振り上げて、ミカドは弧を描いて宙に投げ出され湖の真ん中に落ちた。
「サブノスケ! 追撃!」
シロの声とともに、空中から召喚されたシャチが湖に飛び込んだのが見えた。キリシマとワタリさんが戦っているのも見えて、俺は泣きそうになった。
「シロ!」
「遅くなってごめん! コジロウ! ネロを傷つけないように! あの青髪は殺して良い!」
「動物園の飼育員かっての」
コジロウと呼ばれた白熊が再び前足を振り上げた。それでもタテハは俺を離す気はないようで、周囲をちらりと見てからコジロウの攻撃をかわし、走り出した。
「タロウ、退路を塞げ! ヨタ! 視界を潰せ!」
遠くから鋭い声が聞こえた。シロではない。ホシさんの声だ。
「うっわ、面倒くさいな」
タテハの前をタロウが回りこんで立ち塞がり、すかさずヨタがタテハの目を狙って飛び込んできた。それをタテハは片手で払いながら舌打ちした。
「面倒くさいのは貴様の方だ」
「あれ……?」
タテハが二匹に気を取られている間に、俺はホシさんに首根っこを引っ張られてタテハの手から脱出できた。もちろんただ引っ張られただけではない。あの馬鹿力から逃れられたのは、ホシさんがタテハの腕に何かを注射したからだ。引っ張った勢いのまま俺はホシさんの後ろに投げ飛ばされた。受け身は取れたと思うけど、若干首がしまったせいで咽せた。
「うーわー、感覚無いんだけど……オレに何打ったわけ?」
タテハのダルそうな声に顔を上げると、俺を抱えていた腕はだらりとぶら下がっているだけで、ヨタを叩き落とすことも、捕まえることもできないようだ。片手でヨタに目を潰されないように防御だけしている。ホシさんはタテハを無視して、タロウを呼んで俺の横につけさせた。
「タロウから離れるな」
「は、はい」
ホシさんの指示通りに、タロウは俺の横にぴったりとついてくれた。アイツの手から逃げられたのに、息が整えられない。立っていられず、俺はその場にへたり込んでしまった。
「ヨタ! コジロウ! こめかみを狙え!」
ただホシさんの的確な指示が聞こえる。それでもタテハが笑っている声も。
「片手でもオレ強いからさ〜」
いいハンデだと言わんばかりに、タテハはにんまりと笑っていた。素早いヨタを、蹴り上げた足で遠ざけ、その勢いで、立ち上がったコジロウの脇を側転をするようにすり抜けた。
「まあ、今日はこんなカラスの大群を相手にする気はないし、帰るわ」
そう言って俺に手を振ってタテハは走り逃げた。その先にチョウが待ち構えているのが見えて、俺は追おうとしたシロとホシさんを止めた。こちらにくる気配はない。だけど追えば確実に囲まれる数はいる。さっきまでいなかったはずなのに、いつの間に集まっていたんだ。
ホシさんは眼鏡を中指で押しあげ、タテハが逃げた方を睨んだ。
「今まで奴を追った黒服がやられたのはそういうことか。奴を守っているチョウがいるとはな……考えていなかった」
「すみません……俺、何もできなくて」
「ネロが生きてるだけで嬉しいよ。怪我は? そうだ、ごろうを抱っこしてて。他のチョウを片付けるまでタロウと一緒にもふもふしてていいからさ」
タテハの甘ったるい匂いがしなくなって、さっき起きたことを思い出して俺は青ざめた。シロがごろうを手に乗せてくれたけど、とてもではないが手が震えて、指先が冷えて動かせなかった。そんな俺を温めるように、タロウが体をぴったりとくっつけて座った。続けてヨタが俺の膝に止まって、ごろうも俺の指に小さな体で抱きついて、温めようとしてくれているみたいだ。
「はは……ありがとう。でも、違うんだ……違うんだよ……」
みんなの温もりに俺は感謝しつつ、涙がこぼれた。俺の手が震えているのは、血の気が引いているのは、ただ寒いからじゃないんだ。あの瞬間が何度もフラッシュバックする。震える俺の肩を黙って叩いて、ホシさんはシロとコジロウを連れてキリシマと戦っているワタリさんの元へ走っていった。
それを俺は何も言えずに見ていることしかできなかった。タテハが走っていった方のチョウは遠くに行ったのか矢印が細い。今はキリシマしか周りにチョウはいない。幹部の二人がいれば、あのキリシマもすぐに駆除されるだろう。
ごろうを手にのせているから涙を拭えない。溢れる涙が膝に鎮座しているヨタの羽に落ちてしまう。ヨタは気にしていないようだった。
「ごめん……ごめんな」
一度出てしまうと止まらない。ヨタの羽が濡れないように顔を逸らしたら、タロウが舌で俺の頬を舐めた。生温かくてザラついた感触に体が固まった。慣れていないから驚いたのかもしれない。おかげで涙が止まった。
「ありがとう、タロウ」
何回か俺の顔を舐めて満足したのか、タロウは顔をそらした。




