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第19話 馳川さんのお願い

 これからどうするかをミヤマさん達と話していたら、馳川さんが目を覚ました。まだ本調子ではないようだけど、昨日よりも具合はいいらしい。俺のことも覚えてくれていた。

「お久しぶりですわ、ネロさん。このような姿で申し訳ないですわ……」

 コクマルさんに支えられながら体を起こして、馳川さんは笑った。寝間着姿でも馳川さんは可愛らしいままだ。

「体調不良は不可抗力ですから気にしないでください。少しでも良くなってよかったです」

「お優しいですのね、ありがとうございます」

 馳川さんの前で今後の話をすべきではないとコクマルさんが目配せしてきたので、俺は余計なことは言わないようにした。でも、馳川さんの方からきり出した。

「皆様にお願いがありますの……私、お外に……行きたい場所がありまして。本当に我が儘なのですが、そこに私を連れて行ってくださいませんか? 死ぬ前に、どうしても行きたい場所なのです」

 最後は消え入りそうな声だった。でも馳川さんは笑顔で言った。それを俺もコクマルさんもミヤマさんも断ることなどできなかった。

「花嫁の頼みとあれば聞くのが黒服だよ。それが馳川さんなら、尚更のこと……ハシボソくんを起こそうか」

「そうだな。で、どこに行きたいんだい? おじさんの車なら悪路も走れるから、どこにでも連れて行けるぞ」

 ミヤマさんとコクマルさんはすぐに出かける準備を始めた。馳川さんの着替えを用意しながらコクマルさんが行き先を聞くと、世田谷区の大きい公園だった。

「うんん〜。そうだな……その場所はここにいる全員で行ってもいいのかい?」

「もちろんですわ。連れて行っていただけるだけで十分ですの……それ以上は我が儘は言いませんわ」

「それは有難い話だけどな、おじさん達がついて行って良いなら、もっと我が儘を言っていいんだぞ?」

 コクマルさんに言われて馳川さんは何かを耳打ちした。俺には聞こえなかったけどコクマルさんは優しく笑った。

「じゃあ着替えて行こうな」

 そう言ってコクマルさんは別の着替えを用意して、洗面所に馳川さんを連れていった。

「大丈夫かい? ハシボソくんも起きたから馳川さんの準備が済んだら行こうか。もちろんネロくんも一緒にね」

 ミヤマさんの後ろでハシボソさんが頭を掻きながら体を起こしていた。顔は見えないけど疲れは残っているように見えた。

「お……おはようございます」

 恐る恐る挨拶をしてみたら、小さい声だけど返事をしてくれた。ミヤマさんがハシボソさんに俺のことを含めて寝ていた間のことを話してくれた。最初は寝起きで頷いていただけのハシボソさんだが、馳川さんの外出を聞いて目が覚めたようだ。

「いま、なんて言いました?」

「馳川さんがどうしても行きたい場所があると言うから、今からみんなで連れて行くよ」

 ハシボソさんがミヤマさんに何か言おうと口を開いたと同時に、馳川さんとコクマルさんが戻ってきた。

「お待たせいたしました」

 いつもの車椅子に座った馳川さんは、なぜか男物の服を着ていた。


 何か言いたそうなハシボソさんも馳川さんの前では黙っていた。コクマルさんのゴツいワゴン車に全員乗り込み馳川さんが行きたい場所へ向かう車中の空気は、少し重かった。でもしばらく走ってから馳川さんが楽しそうな声を上げた。

「もう紅葉が進んでいるのですね。新しいお店もたくさん……!」

 明るい声に車内の空気が少し軽くなった気がした。コクマルさんが音楽をかけて、更に車内は明るい雰囲気になった。

「お出かけには音楽をかけるものなのかい?」

「大勢で出かけるなら、だな。楽しい音楽でテンションが上がれば、より楽しくなるだろう? せっかく馳川さんと出かけるんだから楽しくなきゃな」

 コクマルさんはミヤマさんと話しているけれど、おそらく後半はハシボソさんに向けて言ったと思う。ハシボソさんはずっと黙ったまま、外の景色を見ている。馳川さんも外の景色を見ているけれど、ハシボソさんは景色というよりどちらかと言えば敵がいないか警戒しているように見える。

「ネロがいるから大丈夫だろ。ミヤマもいるし、おじさんの運転は安全第一だしな」

 まだ世田谷区ではないのでたくさんはいない。それでも遠くにちらほらと害虫がいるようで、細い矢印は見えている。でもすぐ近づいてくる気配もないので安全と言えば安全だ。俺は黙って頷いた。

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