第16話 一時帰宅
朝のランニングの後、本部に戻ってシャワーを浴びてから私服に着替えた。結局ホシさんが走った半分の距離も走れなかったけど、毎日継続していれば伸び代はあると言ってくれた。
「ネロー! ホシさんが家に帰っていいってさ」
部屋で菓子パンを齧っていたら、飲み物を買いに出ていたシロが勢いよくドアを開けた。テンションが上がっているのだろう。頭にも肩にも足元にもハムスター達が引っ付いている。
「本当にいいのか?」
「だいぶ能力もコントロールできてるみたいだし、お試しで帰ってみて、大丈夫そうならいいって」
たしかに四六時中害虫がいる場所に戻るわけだからお試しというのは当然か。それでも嬉しい。急なことだったから冷蔵庫の物とか仏壇に備えていたご飯やお水がどうなっているのか心配で仕方なかった。まずは掃除からしないと不味いだろうな。
「オレ、トモダチの家に行くの初めてだから楽しみだな〜」
「シロが泊まることは決定してるんだな」
「だって護衛いないと死ぬだろ?」
「ははっ、よろしくお願いします」
害虫の巣窟のような場所で俺一人では、悔しいがすぐに殺されてもおかしくない。最近は駆除の様子を見た害虫に襲われることも増えた。
「じゃあ後でハシボソと合流したら行こうな」
シロはそう言ってソファに座ってテーブルに並べていたサンドイッチを頬張った。
そうだ。忙しくて忘れていたけど、俺はシロとここで会ってからハシボソさんに会っていない。一緒に駆除に行っていないし、姿も見ていなかった。あんなに世話になったのに、何も言わずに二週間近く経ってしまった。
「ハシボソも馳川さんの件で忙しいのに、今日はオレたちについてくって聞かなかったんだよ」
「馳川さんに何かあったのか?」
あの消え入りそうな笑顔を思い出した。あれから考えたら馳川さんの余命はあと一ヶ月と半月あるかだ。何があってもおかしくない。シロは買ってきたお茶を飲んでから話してくれた。
「何かあったというか……一週間前に引いた風邪が長引いてるみたいなんだよね。今はだいぶ良くなったみたいだけど、完治はしてないって聞いたんだ」
「それハシボソさんが離れたらダメじゃないのか? なんで俺たちの方に……」
「まあ……多分、手を合わせたいんじゃないかな……師範の仏壇に、さ」
シロは次のサンドイッチを取りながらボソッと言った。
「オレも手を合わせたいもん。ハシボソは師範との約束とか難しいことをアレコレ考えてるみたいだけど、そんなに考えてたらいつまでも師範に手を合わせられないよって言ったんだ。オレたち黒服はいつ何が起きるかわからない毎日を過ごしてるし。絶対、手を合わせられる時に合わせといた方がいいからさ」
「シロ……」
「だから今日はこれ食べたらすぐ行こうよ」
「……そうだな」
思えば納骨の時はホシさんが付き添ってくれたけど、他の黒服の人たちは葬儀の時だけだ。お墓の場所もホシさんが一部の人にしか教えていないと聞いた。葬儀で別れの挨拶をした人でも、父に手を合わせたい人はたくさんいるだろう。シロもハシボソさんも、例外ではないはずだ。
俺は残りのパンを無理矢理口に詰め込んだ。
俺の家に帰るにあたり、シロは前に玄関先に置いてきた荷物を中に運ぶため、先にバイクで向かった。そのため俺はハシボソさんの車で送ってもらうことになった。
「じゃあまた後でな!」
「あ、これ家の鍵……運転気をつけてな」
荷物を中に運べるように鍵をわたすと、シロは宝物を貰ったかのように大事にボディバックにしまい込んだ。
「ありがとな!」
元気よく手を振りながらバイクを走らせていなくなった後、ふと手のひらを見るとハムスターが引っ付いていた。あまり見ない子だったから手当たり次第に名前を呼んでみると、こもちだった。
「アイツのテンションの上がりどころがわからないよ、こもち」
落とさないように両手で包んでやると、こもちは俺に尻を向けて丸まった。夜行性だから眠いのだろう。こもちを持ったまま駐車場に向かうとハシボソさんが車の前で待っていた。慌てて駆け寄ると、ハシボソさんがこちらに気付いて顔を上げてくれた。
その顔は、以前よりもやつれていた。
「おはようございます。すみません、お待たせしました」
「おはようございます、ネロくん。お気になさらず……無理を言って同行を申し出たのは僕のほうなので」
目の下の隈が濃く頬も痩けたように見える。馳川さんの看病で神経をすり減らしたのだろうか。だけどそれを聞けるような雰囲気ではなかった。
「さあ、乗ってください」
ハシボソさんは力なく笑いながらドアを開けてくれた。




