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第10話 体調不良からの新たな出会い

 なんとか車に戻り、後部座席に横に寝かせてもらった。まだ寒気がして体を丸めようとしたら、ハシボソさんがトランクから毛布を取り出してかけてくれた。

「黒服の本部に行きます。少しかかりますが我慢してください」

「……ありがとうございます」

 ハシボソさんはすぐに運転席に座り、車を走らせた。寝ているからどこを走っているかはわからない。それなのに、俺の視界は様々な矢印や線がのびている。車が走っているとそれらがごちゃごちゃと方向を変えるものだから目が回った。

「う、あ、ぁあああああああああ!」

「ネロくん!? どうしました!」

 吐きそうになるのを叫んで堪えた。ハシボソさんに状況を説明する余裕などなく、俺は強く目を瞑って両手で覆った。すると視界は何も映さず、暗闇しかなくなった。

「はー、はぁー、はぁー……」

 口で必死に酸素を吸い込み、落ち着こうと必死だった。

「ネロくん、大丈夫ですか? あと少しで世田谷区を出ますから」

「だ、だいじょ、ぶです……すみません。目が、おかしくて……」

「おそらく世田谷区を出れば落ち着くと思います。次の交差点を曲がったらすぐです」

 もうハシボソさんが世田谷区を出たことを教えてくれるまで、怖くて目を開けられなかった。言われてもしばらくは閉じていた。寒気はなくなったが、冷や汗でじっとりと濡れたシャツが気持ち悪い。

「ネロくん、本部に着きましたよ。大丈夫ですか?」

 結局、俺は黒服の本部駐車場に着くまで目を開けられなかった。恐る恐る開くと、心配そうなハシボソさんの顔が見えた。矢印や線はない。それにとても安堵してため息を吐いた。

「大丈夫、です……いつもの視界に戻りました」

「真っ青な顔で言われても大丈夫ではないですよ。とにかく仮眠室に行きましょう」

 ふらつく足で車から降りたのはいいが、頭から血の気が引いて視界が砂嵐にのみこまれた。ハシボソさんが叫ぶ声が遠くに聞こえた気がする。





 気がつくと見知った天井が広がっていた。確か黒服本部の建物の中だったはずだ。

「あ、気がついた。大丈夫ー? 顔色は大丈夫そうだけど……あ、サンドイッチ食べる?」

 知らない声に視界を横にずらすと、俺と同い年くらいの男の子がパイプ椅子に座って俺を見ていた。

「誰……ですか」

 とても食べる気分ではないと手を振りながら声を出すとかすれていた。それに気づいたのか、男の子はペットボトルにストローを挿して俺の口元に近づけてくれた。素直に俺はストローを咥えて水分補給をさせてもらった。

「オレはシロっていうんだ。黒服幹部のホシさんの部下っていうか、幹部補佐ってやつ? やってるんだ〜」

 よろしくね、と白い歯が見えるほど笑った。長い前髪で目が見えないけど、よく俺の動きを観察しているように感じた。俺も名乗ろうと口を開けたが、静かに制された。

「知っているから大丈夫だよ、ネロ。ホシさんとハシボソから話も聞いてる。初めて能力が発現すると混乱しちゃうよね〜わかるわかる〜」

「あの、俺……」

「あー! まだ寝てていいから! 聞きたいことはわかってるからさ、順番に教えてあげるから寝てて」

 起き上がろうとする体をやんわりと戻された。あの怖いホシさんの補佐をしていると言っていたが、タイプが違うので戸惑う。本当にホシさんの直接の部下なのだろうか。もっと怖い人を想像していた。

 俺が大人しくベッドに寝たのを満足気に確認してから、シロと名乗った黒服はパイプ椅子に座り直した。

「じゃあまずはネロがタテハと呼んだチョウについて。結論から言うと逃げられた。黒服数名が追おうとして負傷したから、追跡もできていない状態」

 タテハの逃走に俺は唇を噛んで叫び出したい衝動を抑えた。仇を見つけたのに、また逃げられるなんて。

「続いてきみのことだけど。ハシボソの報告から推測すると害虫を見つけられる能力だと思う。今は視界が変になったりしてない?」

 そう言われて部屋の中を見渡してみても、先程のような矢印や線は見えない。それを伝えると考え込むような呻き声が返ってきた。

「なるほどね〜。じゃあ確定かな。現にネロがナビした先にサナギがいたわけだし……そうなると師範を殺したチョウの能力は捜索……それだけで何度も逃げられるなんて……いやけどな〜」

「あ、あのー……」

「おっと、ごめんごめん! やっぱりネロの能力は捜索だろうね。これは黒服に無かった能力だから嬉しいよ! あー、けどネロにとっては嬉しくないことかな」

「どういうことですか……?」

「あー敬語はやめて! オレとネロは年近いし、敬語キャラはハシボソだけでいいから! 呼び捨てでよろしく!」

 そう言ってシロは手をバタバタと横に振ったから、俺は敬語を止めた。

「やった! タメ口だとトモダチって感じがして憧れてたんだよね! これならオレ、ネロと一緒に暮らすの楽しみだわ〜」

「は?」

 聞き捨てならない言葉に思わず間抜けな声が出た。シロはテンション高く喜んでいる。

「害虫の奴らを探せる能力はとても貴重だから、オレがネロの護衛をしろってホシさんから言われてんだ。でもネロって世田谷区に住んでんだろ? チョウに殺されないようにオレが泊まりこみで護るしかないから、よろしく」

「はぁああ!?」

「ホシさんは補佐いらずの人だから、オレの仕事の心配はしなくていいからな!」

 急なことに俺は起き上がって叫ぶしかなかった。

「いやいやいやウチ狭いし、まず寝るとこも……っ!」

 空き部屋どころか布団もない、と言いかけて思い出した。今は空き部屋も空いている布団もあるじゃないか。父の部屋だったところは、今はもう空き部屋だ。けれど誰にもそこを使って欲しくない。かと言って俺の部屋に泊めるのもいかがなものだろうか。

 ぐるぐる考えているとシロがストローが挿さったペットボトルを俺の目の前に差し出した。

「大丈夫。リビングとかの隅で寝れるからさ。なんだったらベランダでも大丈夫だから」

「そんなのダメだろ。俺を守ってくれるってのにそんなこと……犬猫じゃないんだから、ちゃんと布団を用意するよ」

 ペットボトルを受け取り、リビングのどこに布団を敷くか考えた。ソファーをずらせば一人分は敷けるだろう。

「ネロも優しいな……」

 シロがポツリとこぼした言葉に俺は何も返さなかった。それでもシロは満足気に頷いて口元を緩めていた。

「絶対にオレが守ってやるから、大船に乗ったつもりでいてくれ! あ、そうだ能力を自分で調整するコツも教えてやる! ネロはオレのトモダチだからな!」

「あ、ああ……うん。よろしく……」

 勢いよく握手をして上下にブンブンと振られた。


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