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第9話 異能の芽吹き

 帰りの車内で、ハシボソさんは馳川さんについて詳しく話してくれた。

「馳川さんは僕の弟です。佐伯というのは母方の姓でして、記憶が戻るのではないかと名乗ったのですが、全く思い出してくれませんでした……性別は、イモムシが喰ったのではなく、馳川さんの……弟の記憶の補填か、精神の自己防衛なのかもしれません。家族の記憶を喰われたと言っても、両親が離婚し僕という兄がいたという部分的なものです……父に引き取られた弟との久しぶりの再会がこんな悲劇になるなんて、誰が想像できたでしょう」

 ハンドルを握るハシボソさんの手に力が入る。心なしかスピードも出している気がする。

「父は弟を気持ち悪いと言って遠ざけました。無痛症のこともあり、手に負えなかったのでしょう……でも僕は違います。あの子が笑ってくれるなら、二度と離れ離れにならないのなら、弟だろうが妹だろうが関係ないです。あの子を喰ったイモムシ、もしくはサナギ、チョウを叩き潰すまでです」

「でも、害虫を殺して無痛症が治ったとしても……」

 寿命は後二ヶ月しかない。そもそも花嫁がどのイモムシに喰われたかもわからないのに、人と見た目が変わらない害虫を探すことすら難しいと思う。

「花嫁の寿命は平均で半年から一年とされますが、それも害虫を殺せば元に戻ります。だから黒服には時間がないのですよ……誰もどの害虫を殺せばいいかわからないまま、ひたすら害虫を探して殺すのですから」

「どうやって人と害虫を見分けてるんですか?」

 ハシボソさんは人差し指を自分の鼻先に当てた。

「匂いです。奴らは花のような甘い香りがするのでそれで判断しています。独特なので近くにいればすぐにわかりますよ」 

 タテハのあの強烈な匂いを思い出して眉間に皺が寄る。アレを今後も嗅ぐ機会があると思うと、マスクをしたくなる。


 渋谷区から世田谷区に入った辺りで、急に鳥肌がたった。思わず車を停めてもらった。

「すみません、スピードを出しすぎましたか?」

「いえ……なんか、急にゾワっとしたんです……」

 路肩に停めてもらったけど、落ち着かない。背筋がゾクゾクして、周りが急に気になって仕方ない。

「ハシボソさん……俺の言う通りに車を走らせてもらっていいですか」

「それは構いませんが、大丈夫ですか? 気分が悪いのなら車を降りた方が……」

「平気です。それより急にカーナビみたいに、道に赤い線が見えるようになったんです。その先が気になって仕方なくて……」

 俺の言葉にハシボソさんは背中をさすりながら頷いてくれた。

「もしかしたら異能が使えるようになったのかもしれません。案内してください」

 幸いにも車で行ける道に線は続いていた。俺のナビにハシボソさんは車を走らせ、たどり着いたのは大きな公園の駐車場だった。薄らと赤い線は公園に続いていたので、車を駐車場に停めて更に線を辿った。

 大きな公園の隅の茂みで線は消えていた。何か無いかと辺りをハシボソさんと見渡すと、悪寒がはしった。嫌な感じがする方を見ると、人が入れないような獣道の途中に、大人が蹲ったよう大きさの繭を見つけた。

「サナギ……!」

 ハシボソさんはすぐに懐からナイフを取り出し、間髪入れずに大きな繭に突き刺した。そして中を確認するように繭を切り開き、何かを狙ってひと突きした。

「ネロくん、よく見つけましたね。これはイモムシが七人のこころを喰ってチョウになるための途中経過──サナギです。繭を破壊すれば、喰われた七人の花嫁が救われます」

 念入りにナイフを繭に突き刺した後、俺の悪寒などの不快感は消えていた。

「体調は大丈夫ですか?」

「はい……ハシボソさんがサナギを殺したら、大丈夫になりました」

 念のために公園のベンチに座らせてもらった。

「まだ確信できませんがネロくんの能力は捜索のようなものかもしれません。害虫は世田谷区を二十四時間離れると死ぬ習性があるので、世田谷区は奴らの巣窟のようなものです。ここにいると辛いかもしれないですね」

 そう言われてまた悪寒がはしった。辺りには人しか見えない。もしかしてイモムシかチョウが人に混ざっているかもしれない。俺の様子を見てハシボソさんはスマホで誰かに連絡をしたようだ。

「一旦世田谷区から離れましょう。立てますか?」

 ハシボソさんの肩を借りてなんとか歩いて車に戻る途中、視線を感じて横を見た。すると広い公園の池を挟んだ遠いところに、見覚えのある青い髪が立っていた。顔が見えないが、鳥肌がたって背筋がゾクゾクした。間違いなくあれはタテハだ。

「ハシボソさん……あそこに、アイツが……タテハが、います……!」

 必死に指をさして伝えた。今の俺ではタテハを倒せないどころか捕まえられない。

「……五百八メートル」

 ヒヤリと背中に冷気が走るような声に俺は固まった。ハシボソさんはタテハを凝視したまま片手でスマホを操り、誰かに連絡をしてすぐに切った。

「誰に連絡したんですか……?」

「先ほど応援を呼んだ黒服です。その中でも奴に一番近い場所にいた人に連絡したので、とりあえずは大丈夫です。今は奴の捕獲よりもネロくんの保護が先決ですから……行きましょう」

 見えるところに父の仇がいるのに、何もできない。悔しいが今はとても一人で歩くこともできない。ハシボソさんも俺がいなければアイツを殺したいはずなのに。自分が足手まといになっている悔しさに震えそうだ。

「すみません……」

「大丈夫です。今はここから早く離れましょう」

 先程とは打って変わって優しい声色のハシボソさんに、俺は謝ることしかできなかった。


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