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異世界恋愛系(短編)

縁切り済みの元婚約者から届いた復縁要請の手紙なんて、どんな扱いをされても文句は言えませんわよ?

 忘れたい過去の黒歴史から手紙が届いたとしたら、ひとはどんな反応をするのだろうか。


 怒る? 叫ぶ? 泣く? 騒ぐ? 答えは意外と単純、「固まる」だ。一年に一度、恋人たちの祭典である星祭りを目前に控えたある日。ジェニファーの元に届いたのは、一通の薄汚れた手紙だった。


『どうして僕は、大切な宝物を失くしてしまったんだろう。

 あの時、僕が愚かにも騙されていなければ、君は僕の隣で今でも笑ってくれていたのだろうか。


 もうすぐ星祭り。今年の星祭りの夜は、きっときれいな天の川が見れると思う。だって、僕がこんなにも君のことを想っているから。


 星祭りのふたりは過ちにより離れ離れになり、ともに暮らすことは叶わない。それでも年に一度の逢瀬を夢見て、会えない日々を耐え忍んでいる。なんだか、僕たちによく似ていると思わないか? 星祭りの日、僕はもう一度君に求婚したい。相思相愛の恋人たちが一緒に過ごすことができないなんておかしいだろう? 星々の輝きも、僕に同意してくれるはずだ。


 二柱の神々がようやく再会できる星祭りの日に、僕はまた君に会えると信じている。

 星祭りの夜、思い出の場所で君を待っているよ。


 ずっとずっと君だけのもの Rより』


 困ったような顔でこちらを見つめてくる使用人の姿に、ジェニファーはただかすかに指先を震えさせていた。あまりにも多くの感情が溢れ出たあげく、一周回って頭の中が完全に冷え切ってしまったのだ。


 よくもまあおめおめと、手紙なんぞを送ってこられたものだ。強い怒りは身を焦がす炎よりも、凍てつく氷によく似ている。ジェニファーは絶対零度の微笑を浮かべると同時に、自身の肌が粟立つのを感じていた。



 ***



 ジェニファーは数年前に婚約を破棄された経験を持っている。婚約破棄の理由は、よくある真実の愛。もちろんジェニファーには、そんな馬鹿みたいなことを言い出す男にすがる理由なんてない。婚約破棄は確かに痛いが、馬鹿な男と結婚する方がよほど自分の人生にとっての損失だ。


 自分の人生は自分が決める。たとえ行き遅れの貴族令嬢になったとしても、家庭教師ガヴァネスや侍女として働く道は残されているだろう。彼女の気の強さは両親もよく理解している。反対することなく、応援してくれた。


 ジェニファーは、婚約者と婚約者の浮気相手の両親たちまでしっかり呼び出し、三家の元で話し合いを行った。婚約を破棄する旨を記した書類を残し、しっかりと釘をさす。表向きには婚約解消という形だが、元婚約者がジェニファーに接触してくるようなことがあれば、浮気からの婚約破棄であると公開すること、また今後一切の接触の禁止、そして何かあれば元婚約者のやらかしに関するすべての情報を公にしても問題ないという言質をとったのだ。愚かな元婚約者の先行きは不透明だが、ある程度の自衛は織り込ませてもらった形だった。


 ちなみに婚約を解消した際に、ジェニファーには慰謝料がしっかりと支払われている。ただしそれは貴族の面子の問題で両家が払ってくれただけであり、元婚約者たちはまったく関与していない。自分たちが払うべきだったと理解しているかと聞かれると、大変疑わしいばかりである。彼らの両親も、家族としての縁を切る代わりに最後の情けとして支払ったのだろう。


 その後元婚約者と元婚約者の浮気相手は、それぞれの実家からすぐに追い出されたと聞く。それにもかかわらずジェニファーのもとまで手紙が来るまでに数年がかかっていることから、家から持ち出した金品でなんとかその日暮らしをしていたようだ。とはいえ、それもいよいよもって切羽詰まってしまったらしい。何せ彼らが何不自由なく暮らしていたならば、こんな馬鹿みたいな手紙を何年も前に疎遠になった女に出してすがる必要なんてなかったのだから。



 ***



 接触禁止の命令を破ったことを申し立てたところで、元婚約者には雀の涙程度の慰謝料さえ支払う能力はないだろうことは明白だった。一体どうしたものかと悩んでいるジェニファーだったが、ふと何かを思いついたようににんまりと笑みを浮かべる。そうだ、慰謝料を支払う能力がないのであれば稼げるようにしてやればよいのだ。


 方向性が決まれば話は早い。何せ彼女は、賢すぎて腹が立つ、女の癖に金儲けのことばかり考えやがってと言われてきた人間なのである。目標が定まった今、うじうじしているなど性に合わなかった。


 彼女は手紙とともに部屋に保管しておいた資料をひとまとめにすると、外出の準備を整えた。すっかりいつも通りのほがらかな雰囲気に戻った彼女を見て、屋敷の人間も胸を撫でおろした様子だった。そのまま彼女は現在の職場である王宮へと向かう。遅めに出勤予定だったせいで、職場ではすでに誰もが書類の山と対峙していた。


 夏祭り前はどうしても仕事が立て込んでいる。この中で自身の用事を優先させようとしていることに罪悪感を覚えつつ、彼女は上司であるテレンスに向かって頭を下げた。


「大変申し訳ありません。急遽、こちらの内容を優先させて対応したいと考えております」

「それは?」

「お恥ずかしながら、私情が挟まり過ぎているのですが……。もちろん、個人的な問題解決を挟みつつも、本来予定されていた職務上の制作物にも反映できるようにしておりますので」

「公私を分ける君にしては珍しいね。どれ……これは」


 企画書と資料をひとまとめにしたものを手渡せば、ページをめくるごとにテレンスの表情が険しくなっていく。最終的に読み終わったテレンスは眉間の皺をもみほぐしながら、まったくもって笑っていない目でジェニファーを見つめてきた。


「ジェニファー、いっそのこと面倒くさい家ごと取りつぶすのも手だよ? いくらでも協力は惜しまない。ゴミが減って世界が美しくなるだろう」

「もう、そんな悪い顔をしてはいけません! 予定変更が難しいということであれば、こちらは星祭り後にいたしますが……」


 周囲の様子を確認しながら言葉を続ければ、なぜか周りの人間たちが必死で首を横に振りながら、ジェニファーの企画を優先すべきだと進めてくる。ありがたいのと、大変申し訳ないのとで、身の置き所がない。


「いやいや、今回の件は君が好きなようにやり返すべきだ。どうせやるなら、星祭りまでに仕込みが終わらなくては面白くないからね。わたしは、君のサポートに徹するさ」

「ご協力、感謝いたします! 何せ時間があまりにも足りないのだけが心配だったのです。印刷用の魔導具の使用申請許可証はとれても、魔導具への魔力補給が間に合うかどうか微妙なところでして」

「なるほど。全力で協力させてもらおう」

「魔力の注ぎ過ぎで、魔導具を壊してしまってはいけませんよ?」

「善処する」


 ジェニファーが苦笑しながら感謝の意を伝えれば、テレンスは当然のことだとジェニファーに向かって気障ったらしく礼をした。


 それ以外に必要なことと言えば、根回しだ。貴族社会の仕事は基本的に一に根回し、二に根回し。三、四がなくて五に根回し。会議をするために集まることは多々あれど、話し合いの中身など議場の外側で既に決定しているのだ。


 ジェニファーから連絡を受けた相手は、どんな顔をするのだろうか。怒る? 叫ぶ? 泣く? 騒ぐ? 自分は元婚約者からの連絡を受けて固まってしまったが、きっと反応はひとそれぞれであるに違いない。せっかくならば、元婚約者の様子も合わせて観察したいものだ。したため終わった手紙に魂を込めて封蝋をしていれば、その姿をテレンスにからかわれてしまった。見られていたことが気恥ずかしくて、そっと決意表明をしてみる。


「きっと当日は、忘れられない星祭りになりますよ」

「君はよく許せるね。わたしなど、いまだに思い出し怒りしてしまいそうだが」

「思い出し笑いは聞いたことがありますけれど、思い出し怒りというのは語呂が悪いですね。それに、いらいらが身体の中に残っているのは健康によくありませんから。ここは気分転換に、お昼に美味しいものを食べにまいりましょう」

「やれやれ、一番傷ついているはずの君に慰められてしまったな。それは本来わたしの役目だというのに」

「自分の代わりに怒ってくれるひとがいるから、怒らないで済んでいるんですよ」


 ころころと笑うジェニファーには、屋敷の中で見られた凍てつく空気など欠片も残ってはいなかった。



 ***



 そして待ちに待った星祭りの日の当日。

 王都の大通り、時計台の下で待っていた元婚約者ラルフの前に現れたのはジェニファーではなく、怪しげな露天商だった。


「おい、こんなところで屋台を広げるな。邪魔になるだろう。僕はひとを待っているんだぞ」

「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。本邦初公開! 貴族のご令嬢の間で話題沸騰の、手紙の教本だよ!」

「人の話を聞いているのか!」

「本来ならお貴族さましか手に入れられないお品物、本日限りの特別販売さ。お値段はなんと、こちら。さあ、欲しいひとは手を挙げておくれ」

「買った!」

「だから、ここで僕は待ち合わせをしているのだと、うえええええ」

「お客さん、買いっぷりがいいね。末は大臣になることうけあい!」


 わいわいと客が押し寄せてくる。元来、人間というものは数の多いところに集まりたくなる習性があるらしい。買い物客でごった返している店があると聞けば、ひとがひとを呼ぶのはごく当たり前のことだった。


 そして待ち合わせ場所のロマンティックな雰囲気を台無しにされた元婚約者も、結局のところそこまでみんなが欲しがるのならと、その手紙の書き方の教科書とやらを少ない手持ちの中から買う羽目になったのである。


「お客さんは、運がいいね。お客さんの本は残り一冊。残り物には、福があるってね!」


 そう言って小躍りしながら撤収していく店主とは裏腹に、本を読み始めたラルフは崩れ落ちる。


「う、嘘だろ」


 そのままカエルが踏み潰されたような声でうめくことになったのだった。



 ***



「あ、あ、あ、一体どうしてこんなことに?」


 ラルフの手元にある本には、手紙の書き方らしく、便箋の使い方やら封筒の使い方と言った基本的な事柄から、時候の挨拶、手紙を締めくくる結びの挨拶、そして良い例と悪い例のラブレターの書き方が掲載されていた。


 良い例の方は、知らない。何やらよくわからない、きらきらしい言葉が書き連ねてある。もしかしたら、ジェニファーなら知っているのかもしれないが、神話などにまったくの興味がないラルフには理解することさえできなかった。問題は、悪い例の方である。そこには、つい先日、ラルフがジェニファーに向かって出した手紙がまるっとそのまま掲載されていた。


 魔導具を使ったのだろう、ラルフの癖字もつづりの間違いも完全にそのままである。なぜ手紙というのは、後から読み直すとおかしな部分に気が付くのか。頭を抱えたまま通りでもがきたくなるのを必死にこらえながら、悪い例につけられている講評を読んでみた。


 ――読んでいるのも恥ずかしくなるくらい、ひとりよがりな文章。まずは相手と自分の関係性から確認し、現状を把握することから務めるべき。そもそも何年も前に別れた相手が、いつまでも自分を待っているだなんて、都合の良い妄想も甚だしい。結論。真夜中にラブレターを書くことは止めましょう――


「う、訴えてやる。こんなのは、名誉棄損だ。個人的な手紙のやり取りを使って金儲けをするなんて何を考えているんだ!」

『縁切り済みの元婚約者から届いた復縁要請の手紙なんて、どんな扱いをされても文句は言えませんわよ?』

「へ?」


 ラルフの独り言に反応したかのように、ページに文字が浮かび上がってきた。最初の一行は柔らかな女性らしい文字。次に現れたのは美しいけれど、自らの罪を突きつけてくるような(いかめ)しい文字だ。


『婚約破棄時の同意書に、今後一切の接触を禁ずる旨の記載あり。約束を破った際には、婚約破棄に至る詳細な内容、また禁じられていたにも関わらず行われた接触についてのすべての証拠資料を公にすることを認めるものとする。以上の点で、三者が合意している。よって、今回の手紙が教科書資料として使用された点は問題ないと認識する』

「でも、あんまりだ。俺に生き恥をかけっていうのか!」

『貴殿がその手紙が自分が書いたものであることを口外しない限りは、生き恥をさらすことにはなるまい。名前をイニシャルで書き記すにとどめておいて命拾いしたな』

「どうしてこんな目に遭わなくちゃならないんだ……。酷いよ、ジェニファー」


 ぼろぼろと泣き出したラルフだが、ページに浮かび上がる文字はさらに大きく太く圧を増している。


『自業自得、自分の胸に手を当てて考えてみるがいい。それから貴殿は知らないようだから、忠告しておく。ジェニファーを名前で呼ぶのは慎みたまえ。貴殿には、ハワード夫人と呼ばれるのさえ口惜しい』

「ハワード、夫人? それは? まるで結婚しているみたいな」

『そうだ。彼女は既に結婚している。そこに何の不思議がある』

「だって彼女は、いまだに王宮で働いていて……」

『未婚の令嬢ばかりが、王宮で働いているわけではないことを知らんのか? 女性の社会進出は、今に始まった話ではないはずだが』

「……だって、彼女は僕のことをずっと大切に想ってくれていたはずで……」


 けれどそれっきり、本が文字を浮かび上がらせることはなくなった。それどころかラルフの抱えていた本はすべてが白紙のページになってしまい、中古の本としても売る価値がなくなってしまったのである。そこいらの露天商が売っている本に、こんな大層な仕掛けが施されていること自体がおかしい。ジェニファーか、彼女の家族がここにいるということなのか。辺りを必死で探ってみたが、それらしい人影はどこにも見えなかった。



 ***



「ようやく、見つけたわ!」


 女の金切り声に、ラルフは肩を跳ねあがらせた。聞き覚えのあり過ぎる声に慌てて逃げ出そうとしたが、ラルフがその場を立ち去るよりも早く、小太りの女が彼に体当たりしてきた。その拍子に抱えていた本がラルフの足に落ちる。そこまで大きくも重たくもない本なのに、その角がラルフの足に当たった瞬間、不思議なほどの重量がかかり、ラルフは悲鳴を上げた。今、小指が折れた。不思議だが、なぜか絶対の確信がある。罰が当たったのだとちらりと脳裏をよぎったが、ラルフはそれを見なかったことにした。


「書き置きひとつ残さずにとんずらだなんて、いい度胸じゃないの!」

「うわああん、こんなの詐欺だ。結婚する前は、可愛くてお茶目な女の子だったのに、今じゃそこいらによくいる肝っ玉母さんになっちゃって」

「はあ、馬鹿言ってんじゃないわよ。小さい子をふたりも抱えて、働かずにすぐにツケばっかりこさえてくる無能な亭主を抱えていたら、腕も足も太くなるに決まっているじゃないのよ。身体を売らずにお金を稼ぐのはね、簡単なことじゃないのよ。文句があるなら、あんたが一家の大黒柱をやりなさいよ!」


 ふんすふんすと鼻息荒くラルフを責め立てているのは、かつて彼が運命の恋だと認識していた儚げで可憐なご令嬢――現在は怒れる鬼嫁――だった。なんだなんだと周囲の人間がふたりを見ていたが、鬼嫁の文句を聞くと致し方なしとして苦笑するばかりだ。それどころか、もっと言ってやれと鼓舞する女性陣だって出てくる有様だ。


「どうして、ここに?」

「ハワード夫人に連絡をいただいたのよ。今回は、接触禁止令を破ったけれど、あんたの手紙を教材として販売するから、その利益を慰謝料代わりとしてくださるそうよ。心の広いお方で本当に助かったわ」

「心が広いもんか! あんな辱めを受けて、僕もう死んじゃいたい。あ、著作権ってないのかな? 僕に何割入るか聞いた?」

「はあ、馬鹿も休み休み言いなさいよ。そんな要求をしたら、今度こそあんた死ぬわよ。あたし、子どもたちの父親が犯罪者なんてまっぴらごめんだから」


 ぎりぎりと襟首をつかみながら、それでも殴りかかることだけはしない。彼女とてわかっているのだ。彼の唯一の取り柄が、そのお美しい面だけであるということに。


「ううううう、僕にも優しくしてよおおお」

「産んだ覚えのない長男を甘やかすほど暇じゃないんだってばよ。そもそもあんたが養育費をきっちりと払ってくれるなら、離婚してやるって言ってるじゃない。現状、あんたでもいないよりはいた方がマシだから結婚してるんだって。わかったなら、さっさと歩く。あんたが逃げ出している間の内職が溜まってるのよ」

「うわあああああん」


 ちなみにラルフが覚えているかどうかはわからないが、星祭りで一年に一度の逢瀬を許されることになっている女神と男神は、もともと自分たちの職務を放棄してらぶらぶイチャイチャした結果、罰として離れ離れになったという伝説を持っている。日頃から真面目に機織りと牛飼いをしていればそろそろ天の神さまの怒りも解けているのではないかと思うのだが。あるいは案外別居婚を満喫しているのかもしれない。


 いずれにせよ、職務をまっとうしない者に対してはあたりが厳しい。それが星祭りのひとつの側面であることに、ラルフが気づくことはもうしばらくない。



 ***



「大変な星祭りにしてしまい申し訳ありません」

「わたしは今日の日をまた君と迎えられたことが何より嬉しい」

「私もです」


 星祭りはふたりの大切な思い出のお祭りだ。だからこそ、どうしてもこの日には問題を解決してしまいたかった。おかしな記憶を混ぜたくなんてなかったから。ずっとずっと時間が経ってしまえば、あんなこともあったねと笑い話にしてしまえるのかもしれないけれど。


「確かにもとはと言えば、あのお馬鹿さんがいてくれたからテレンスさまにお会いできたと言えますわね」

「あいつを恋のキューピッド扱いするのは非常によろしくない。そもそもわたしは、相談を受ける前から君のことを大変好ましいと」

「まあ! 初耳ですわ!」


 かつてラルフが浮気をしていることに気が付いたとき、ジェニファーは何の罪もない令嬢が不利益を被るのはおかしいのではないかと、せっせと法律関係を調べたのだ。そこでどのような取引をすれば自分の、ひいては女性陣の立場を守れるのかと悩んでいた時に友人に紹介されたのがテレンスだったのである。まさか法の番人そのひとをジェニファーの元に連れてくるとは思ってもみなかったのだが。


 それから親身になって対応してくれたテレンスから、せっかくならばこの経験を生かして王宮勤めをしてはどうかと誘いを受けたのだ。何せ王宮は、貴族令嬢の働き口としても大変人気がある。行儀見習いだけではなく、人間関係の構築や結婚相手を探す女性たちであふれているのだ。ただそのぶん、トラブルもまた少ないとは言えなかった。

 

 こういってはなんだが若い男女であれば、往々にして感情が先走ってしまう。その結果、痛い目を見るご令嬢たちが多いのもまた事実だったのである。そんな苦々しい事態に、令嬢たちに対してそれなりの教育ができる女性を探していたこともまた事実だったのだ。まあ、テレンスの場合はそれはあくまでついでであって、本来の目的はジェニファーとの仲を深めるために、少しでも接触時間を増やして好感度を上げようという姑息なものだったのだが。


 そんなこんなでようやく結ばれたふたりに、周囲は胸を撫でおろしている。氷の悪魔とも呼ばれた法の番人を飼い慣らしたのは、ジェニファーただひとりなのだから。これからもその手綱をしっかり握っていて離さないでほしいとひたすらに願われていることを彼女は知らない。


「星祭りは始まったばかりだ」

「もう、テレンスさま」

「ジェニファー、それじゃあまずはどこから回ろうか」

「そうですね。それではさっそく、私たちの大切な思い出の場所である祈りの聖樹のもとに参りましょうか」

「ああ、喜んで」


 婚約期間を経てようやく結婚したばかりの新妻ジェニファーは、愛妻家であるテレンスにエスコートされて、星祭りの会場を歩き出したのだった。

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