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第8話 コ・ロ・ス・ナ!

 倫太郎の「むやみな暴力をしない」という教えは、ゴブリンたちの本能に逆らうものだったが、彼らの間に確かに変化をもたらしていた。


 争いが減り、集落には以前より穏やかな空気が流れ始めた。倫太郎は、彼らの成長を間近で見守る中で、喜びを感じていた。


 しかし、さらに驚くべき変化が訪れた。


 ある日のこと、倫太郎が、鋭い石を使って木の枝を加工し、簡易的な掘削道具を作っていると、一匹の若いゴブリンが近づいてきた。


 そのゴブリンは、倫太郎の手元をじっと見つめ、興味深げに首を傾げた。そして、おずおずと倫太郎の隣に座り込み、倫太郎が使っている石と、自分の手に持った木の枝を交互に指差したのだ。


 その仕草は、まるで「自分にも、その道具の使い方を教えてほしい」と訴えかけているようだった。倫太郎は目を見開いた。


 これまでは倫太郎が一方的に教え、ゴブリンたちがそれに応える形だった。しかし、今、彼は自分から「学びたい」という明確な意思を示している。それは、単なる模倣を超えた、知性の萌芽だった。


 倫太郎は喜びを隠せず、そのゴブリンに石の持ち方、枝の削り方、力の入れ具合を、身振り手振りと拙い言葉で丁寧に教え始めた。


 ゴブリンは真剣な表情で倫太郎の動きを見つめ、不器用ながらも必死に真似しようとした。


 この出来事をきっかけに、他のゴブリンたちも、倫太郎が何か新しいことを始めると、以前よりも積極的に集まってくるようになった。


 火を起こす様子を見つめ、自ら火の番を志願する者。


 より大きな獲物を仕留める方法を教わろうと、倫太郎の周りで跳ね回る者。


 洞窟の入り口を補強する倫太郎の作業を手伝おうと小石を運んでくる者。


 彼らはもはや、倫太郎の指示を待つだけでなく、自らの好奇心と、より良い生活への欲求から、倫太郎に学びを求めてくるようになっていた。


 彼らは倫太郎が教えたことを「なんとなく」真似するだけではなく、そこに「意味」を見出し、自ら成長しようとしているのだ。


 倫太郎とゴブリンたちの間には、もはや単なるリーダーと従者ではない、師弟のような、あるいは親しい家族のような絆が生まれつつあった。


 この愛らしいゴブリンたちの成長を見ていると、倫太郎は、どんな困難も乗り越えられるような気がした。





 *****




 ゴブリンたちの成長に喜びながらも、倫太郎は言い知れぬ不安を感じていた。人間がこの森の近くに存在し、ゴブリンを「害獣」と見なしている以上、いつこの集落が襲われるか分からない。ゴブリンたちの安全を確保するためには、防衛力を高めることが不可欠だ。そして、そのためには、道具や資源が決定的に不足している。


 倫太郎は、高まったゴブリンたちの学習意欲と、自分への信頼を最大限に活かす時だと考えた。


 倫太郎はまず、ゴブリンたちを集め、森の資源について教え始めた。


「これは……キ(木)だ。ツヨイ(強い)!」

「これは……イシ(石)だ。カタ(硬い)!」


 倫太郎は、木や石を指差し、その特徴をジェスチャーと簡単な言葉で教えた。そして、それらが自分たちの住処を守るために重要であることを、壁に簡単な絵を描いて示した。人間らしき影が襲ってきて、それを木や石で作った壁で防ぐ絵だ。


 ゴブリンたちは、倫太郎が描く絵を真剣な表情で見つめていた。


 次に、倫太郎はゴブリンたちを連れて、洞窟の周囲の森を探索した。ただ闇雲に歩くのではなく、彼らが道具を作るのに適した木や、防御壁に使えるような大きな石を見つける方法を教えた。


 倫太郎自身が率先して、強度のある木の枝を見つけて持ち帰り、重い石を転がして運ぶ姿を見せた。


 ゴブリンたちは、倫太郎の指示に従い、慣れない手つきながらも、木や石を運び始めた。最初は効率が悪く、途中で投げ出すゴブリンもいたが、倫太郎は決して諦めなかった。うまく運べたゴブリンを褒め、できなかったゴブリンには手本を見せながら、根気強く指導した。


 集まってきた資源を元に、倫太郎は具体的な防衛設備の構築に取り掛かった。


 まずは、簡単な落とし穴の作り方を教えた。地面を掘るジェスチャー、そして掘った穴を枝や葉で隠す様子を何度も繰り返した。最初は戸惑っていたゴブリンたちも、倫太郎が作った小さな穴に、うっかり自分が落ちそうになったり、獲物が偶然落ちたりしたことで、その「効果」を理解し始めた。彼らは、倫太郎の指示に従って、洞窟の周囲にいくつかの落とし穴を掘り、隠蔽する作業を手伝った。


 次に、洞窟の入り口を補強するための簡単な柵の作り方を教えた。運び込んだ木の枝を組み合わせ、ツタで固定する方法だ。これもまた、ゴブリンたちにとっては初めての複雑な共同作業だった。倫太郎は、リーダーとして彼らを統率し、役割を分担させた。力が強いゴブリンには重い枝を運ばせ、器用なゴブリンにはツタを編ませる。


 ゴブリンたちは、拙いながらも倫太郎の指示に従い、力を合わせて作業を進めた。彼らは、ただの「言われた」作業ではなく、自分たちの「家」を守るための共同作業であることに、原始的ながらも誇りのようなものを感じているようだった。


 数日後、洞窟の周囲には、簡易的ではあるが、倫太郎とゴブリンたちが協力して作り上げた防衛設備が姿を現した。それは、倫太郎がこの世界に来て初めて、ゴブリンたちと力を合わせて成し遂げた、大きな成果だった。




 防衛設備の構築を終え、倫太郎は集落のゴブリンたちを見回した。彼らは以前とは見違えるほど、統率が取れ、道具を使いこなし、そして何よりも倫太郎を慕っていた。


 しかし、倫太郎の心には、まだ伝えなければならない最も重要な教えがあった。それは、「人間を殺してはならない」ということだった。


 ゴブリンにとって、人間は狩りの対象であり、敵でもある。ライトノベルにあるように、きっと何百年も殺しあってきたのだろう。その本能に逆らう教えは、これまでで最も困難なものになるだろう。しかし、倫太郎がこのゴブリンたちと共存の道を歩むためには、絶対に必要なことだった。


 倫太郎は、ゴブリンたちを再び集めた。今回は、いつも以上に真剣な表情をしていた。ゴブリンたちも、その雰囲気を察したのか、静かに倫太郎の言葉を待った。


 倫太郎は地面に、まずゴブリンの絵を描いた。そして、その近くに人間の絵。

「コレ、オレタチ。コッチ……ニンゲン」


 倫太郎は、人間の絵を指差しながら、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で言った。ゴブリンたちは、倫太郎が以前に描いた「争う絵」を思い出したのか、ざわつき始めた。


 倫太郎は、次に、人間の絵とゴブリンの絵の間に、大きく「✕」印を描いた。そして、自分の首を切り裂くようなジェスチャーをして、力強く言った。


「ニンゲンを……コ・ロ・ス・ナ!」


 倫太郎は、その言葉に全ての感情を込めた。ゴブリンたちは、倫太郎の鬼気迫る表情と、その言葉の響きに、圧倒されたように沈黙した。何体かのゴブリンは、怯えたように身を震わせた。


 倫太郎はさらに続けた。


「ニンゲンを……コ・ロ・サ・ナイ。コレ……イイ・コト!」


 倫太郎は、争わない人間の絵とゴブリンの絵を描き、そこに「〇」印をつけた。そして、穏やかな表情で、それが「良い」ことであることを示す。


 この教えは、ゴブリンたちの本能に深く根ざした暴力性と真正面から衝突するものだった。


 倫太郎は、彼らがすぐに理解し、受け入れるとは思っていなかった。しかし、何度も、何度も、倫太郎は根気強く教え続けた。


 人間を傷つける絵を描くゴブリンがいれば、倫太郎は厳しく叱りつけ、その行為がなぜ「悪い」のかを示した。もし人間と遭遇した際には、攻撃するのではなく、身を隠すよう、絵を描いて何度も何度も教えた。


 それは、倫太郎にとって最も辛い時間だった。彼らが反発し、倫太郎から離れていく可能性も覚悟していた。しかし、ゴブリンたちは、倫太郎の厳しい教えにも耐え、少しずつではあるが、その意味を理解しようと努めた。


 彼らは、倫太郎が「コ・ロ・ス・ナ」と言う時、それが倫太郎にとって非常に重要なことであることを、その表情から読み取っていた。次第に、他の動物と遭遇しても、すぐに武器を構えるのではなく、倫太郎の顔色をうかがうゴブリンが増えていった。


 彼らの瞳には、かつてのような純粋な殺意ではなく、倫太郎への信頼と、新しいルールへの戸惑いが混じり合うようになっていた。


 倫太郎は、このゴブリンたちが、かつて自分が見てきた「一般的なゴブリン」とは、全く異なる存在になりつつあることを確信した。彼らは、倫太郎という異質な存在によって、新たな道へと歩み始めていたのだ。

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