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第7話 森のあるじ

 人間の集落を探し、森の奥深くへと進む倫太郎の前に、突如として奇妙な影が現れた。


 それは、木々の間にひっそりと佇む、背が高く痩せぎすな人型のもので、全身を苔のような緑色の毛で覆い、手には節くれだった杖を持っていた。


 倫太郎が身構えると、その影はゆっくりと、しかし警戒心を抱くような仕草で、口を開いた。


「……もしや、ゴブリン、か? しかし、その姿、見慣れぬもの」


 その声は、森の木々が擦れるような、低いがはっきりとした響きを持っていた。倫太郎は驚愕した。この世界に来て初めて、自分に「言葉」を話しかけてくる存在に出会ったのだ。


「えっ……お、お前、俺の言葉が分かるのか!?」


 倫太郎は興奮して尋ねた。


「我が名は『モスパッド』。この森の番人。汝の言葉、確かに理解できる。貴様、只のゴブリンではないな? その眼には、知性が宿る」


 モスパッドと名乗る苔の怪物は、倫太郎のイケメンゴブリンボディをじっと見つめ、そう言い放った。倫太郎は、この機会を逃すまいと、すぐさま状況を説明した。


 自分はほかの世界から来た者であること、ゴブリンの集落のボスになったこと、そして彼らを守るために人間の集落の情報を求めていること。


 モスパッドは、倫太郎の話を静かに聞いていた。


 倫太郎の話を聞き終えたモスパッドは、静かに杖を地面に突き、倫太郎の問いに答えた。


「この森の東、日が高く昇る場所に、人の村がある。彼らは『日寄りの里』と呼ぶ。質素な暮らしだが、森からの恵みを受け、時に森の獣を狩り、暮らしておる。さらに向こうには大きな建物があるようだが、我には関係ないことゆえ、知らぬ」


 倫太郎はメモを取りたい衝動に駆られたが、生憎ゴブリンの手にはペンも紙もない。必死に記憶に刻みつける。


「彼らは、人間たちは、ゴブリンを忌み嫌う。森に現れるゴブリンは、害獣として駆除する。汝の仲間も、以前、彼らによって幾度か討伐されておろう」


 その言葉に、倫太郎の胸は締め付けられた。やはり、ゴブリンたちは人間にとっての「害獣」だったのだ。自分の集落のゴブリンたちが、かつて人間によって襲われたであろうことを想像すると、倫太郎の決意は一層固くなった。


「だが、彼らは無益な殺生は好まぬ。もし汝が、その群れを統率し、彼らに危害を加える意思なきことを示せば、あるいは……」


 モスパッドはそう言い残すと、倫太郎に東の方角を示し、ゆっくりと森の奥へと消えていった。


 倫太郎は急いで洞窟へと引き返した。モスパッドから得た情報は、倫太郎が想像していたよりも遥かに重く、そして明確な危険を示していた。人間の村が存在すること、そして彼らがゴブリンを「害獣」として駆除すること。ゴブリンたちを守るためには、今すぐ行動を起こさなければならない。


 倫太郎は洞窟の入り口から大きな石をどかし、中へと入った。ゴブリンたちは、倫太郎が戻ってきたことに安堵したように、キラキラとした瞳で倫太郎を見つめていた。その純粋な眼差しが、倫太郎の決意をさらに強くした。




 *****




 倫太郎は、まず彼らに「むやみな暴力をしない」という新しい、そして最も重要なルールを教えることにした。それはゴブリンの本能に逆らうことだが、人間との衝突を避けるためには不可欠だった。


 倫太郎はゴブリンたちを集め、地面に棒切れで簡単な絵を描いた。自分たちのゴブリンの絵と、その近くに人間の姿の絵。そして、両者が武器を構えて争っている様子を描き、その上に大きくバツ印をつけた。


「これは……ダ・メ!」


 倫太郎は、絵を指差しながら、力強く、そして穏やかに言った。次に、争っている絵の横に、人間とゴブリンが互いに離れて存在している絵を描き、その絵を指差して笑顔を見せた。


「コ・レ……イ・イ!」


 ゴブリンたちは、倫太郎の真剣な表情と、これまで見たことのない絵に戸惑っていたが、倫太郎の感情を読み取ろうと、じっと絵を見つめていた。


 倫太郎は、彼らが特に暴力的な行動を取ろうとした際、例えば、他のゴブリンを小突いたり、獲物を奪おうとしたりときは、すぐに介入し、彼らを制止した。その都度、倫太郎は「ダ・メ!」と教え、代わりに「共有」や「助け合い」のジェスチャーを示した。


 最初は、ゴブリンたちの間で混乱が生じた。彼らにとって、暴力は最も単純で自然なコミュニケーション手段だったからだ。しかし、倫太郎が根気強く、そして一貫して「暴力は悪である」ことを示し続けると、少しずつ変化が見え始めた。


 ある日、若いゴブリンが、仲間のゴブリンが持っていた木の実を奪おうとして手を出した。しかし、もう一人のゴブリンが、倫太郎の教えを思い出したかのように、間に入って「ダ・メ」と唸り、木の実を奪おうとしたゴブリンを制止したのだ。


 倫太郎は、その光景に目を見張り、感動で胸がいっぱいになった。彼らは、確かに倫太郎の教えを理解し、変化し始めている。


 倫太郎は、彼らが「人間らしい」知性と感情を持つ存在へと進化していくことを確信した。この新たなルールは、彼らが外界と共存するための第一歩となるだろう。

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