第3話 からだをあらおう!
倫太郎は、ゴブリンたちの単純な反応を見て、彼らが複雑な言葉を理解できないことを悟った。
だが、水たまりを指差す仕草や、倫太郎の顔をじっと見つめる視線からは、言葉そのものには興味を示す、あるいは言葉以外の要素から何かを読み取ろうとする兆候が見て取れた。
彼らの知性が低いのではなく、むしろ「言語」というツールをまだ獲得していない段階なのかもしれない。
倫太郎は、自分のイケメンゴブリンボディというアドバンテージを活かしつつ、彼らの原始的な思考回路に寄り添う形でコミュニケーションを試みることにした。
ゴブリン流コミュニケーションの模索、というわけだ。
まず倫太郎は、立ち上がって、洞窟の壁に指で「水」を意味する簡単な絵を描いてみた。波線と、器のような形。そして、水たまりを指差す。ゴブリンたちは、それを奇妙そうに見ていたが、何体かは倫太郎の指の動きを追った。
次に、空腹を示すために、自分の腹を叩き、口を開閉する仕草を見せた。そして、近くに転がっていた獣の骨を指差し、食べるジェスチャーをする。
すると、ゴブリンたちのうちの一匹が、倫太郎の真似をするように自分の腹を叩いた。別のゴブリンは、倫太郎が描いた水の絵を、自分も指でなぞろうとした。
完全な理解には至っていないが、明らかに「模倣」と「反応」を示している。彼らは言葉そのものよりも、視覚的な情報や、単純な動作から何かを読み取ろうとしているのだ。
倫太郎は確信した。彼らは、人間のように複雑な思考はできないが、学習能力と、状況を察する原始的な知性は持ち合わせている。
特に、倫太郎の容姿が彼らと異なることが、彼らの好奇心や警戒心を刺激しているのだろう。
しかし倫太郎には、なにはともあれ解決したい課題があった。悪臭だ。
あの耐えがたい悪臭は、倫太郎の潔癖症的な嗅覚にダメージを与え続けていた。
洞窟の湿気と相まって、生臭さと腐敗臭が混じり合ったそれは、まさに「ゴブリンの臭い」とでも呼ぶべきものだった。
「これでは、いくら俺がイケメンゴブリンになったところで、台無しだ……!」この悪臭が染みついてしまえば、『ざんねん、わたしのイケメンゴブリンボディは、ここでおわってしまった!』となるだろう。
倫太郎は決意した。まずは、この悪臭の元凶をどうにかしなければならない。
つまり、悪臭を減らすために、今できる一番簡単な方法――彼らゴブリンたちに、体を洗わせるのだ。
倫太郎は再び、水たまりのほとりに移動した。次に、自分のイケメンゴブリンボディを指差し、水たまりの水をすくって顔や腕を洗う動作を、ゆっくりと、そして大げさに見せた。ごしごしと擦り、さっぱりした表情をわざとらしく浮かべる。
他のゴブリンたちは、倫太郎の奇妙な行動を興味深そうに、しかし困惑した表情で見ていた。何体かは首を傾げ、何体かは薄汚れた指で自分の鼻をこすっている。
彼らの中には、「洗う」という概念すら存在しないのかもしれない。
倫太郎は、もっと視覚的に訴えかける必要性を感じた。
近くに落ちていた、比較的やわらかそうな草の束を拾い上げ、それを自分の体につけてこするジェスチャーを繰り返す。これは、彼らの単純な脳にも理解できるはずだ。
一人のゴブリンが、恐る恐るといった様子で、倫太郎の真似をして草を手に取った。
しかし、それを体にこするのではなく、倫太郎の顔にそっと触れようとした。倫太郎は思わず身を引いたが、すぐに意図を理解し、そのゴブリンの手に草を押し付け、その手で自分の腕をこするよう促した。
そのゴブリンは、倫太郎の意図を完全に理解したわけではないが、倫太郎の熱意に押されたのか、おずおずと自分の腕に草をこすりつけた。
その動作はぎこちなく、ほとんど意味をなしていなかったが、それでも第一歩だった。
倫太郎は、このわずかな反応を見逃さなかった。
彼らは、見たことのない行動に対して、強い好奇心と、わずかながらも模倣しようとする性質を持っている。文明を解さない彼らに「清潔」を教え込むのは、根気のいる作業になるだろう。
しかし、このイケメンゴブリンボディの尊厳のためにも、倫太郎は諦めるわけにはいかなかった。