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第2話 問題だらけのゴブリン生活

 ゴブリンたちは、倫太郎が水たまりで奇妙な行動を取っていることなど気にも留めず、いまだに眠りこけていた。そのいびきはまるで、洞窟の壁が崩れ落ちるかのような轟音で、倫太郎は耳を塞ぎたくなるのを必死で耐えた。


 しばらくすると、ようやく数体がのそりと身を起こし始めた。


 倫太郎は慌てて、無関心を装って水たまりから離れ、他のゴブリンたちと同じようにぼんやりと座り込んだ。しかし、その内では彼らの一挙手一投足を、まるでドキュメンタリー番組を見ているかのように冷静に観察していた。


 まず目についたのは、衛生観念の欠如だった。


 ゴブリンたちは、起きて早々、自分の体についた泥や汚れを気にすることなく、床に吐き捨てられた唾液を平気で踏みつけ、あまつさえその足で別の場所へ移動する。


 洞窟の隅には、使い古された獣の骨や、得体のしれない汚物が散乱しており、ここが彼らの生活空間であることに倫太郎は絶望した。


 倫太郎のイケメンゴブリンボディが、早くも全身の毛穴という毛穴から悲鳴を上げている。


 次に、彼らのコミュニケーションに注目した。言葉らしきものは発しているものの、それは主に唸り声や、単純なジェスチャー、そして何より暴力によって構成されていた。


 互いに何か気に入らないことがあれば、すぐにでも殴り合いが始まる。だが、その殴り合いもどこか単純で、獣同士の縄張り争いのような、本能的なものに思えた。


 そこに複雑な感情や駆け引きは見られない。倫太郎がこれまで生きてきた人間社会のそれとは、あまりにもかけ離れていた。


 そして、彼らの知性。ゴブリンたちは、手近な石を道具として使おうとするが、どうにも不器用だ。獲物を捕らえるための仕掛けを作るどころか、簡単な棒切れを加工することさえ、まるで苦手なようだ。


 倫太郎は、彼らの行動を見ながら、内心で「もっとこうすればいいのに」「なんでそんな無駄な動きを……」と、前のめりなアドバイスを連発していた。もちろん、声には出さないが。


 その中で、倫太郎はふと気づいた。他のゴブリンたちが時折、ちらりと自分の方を見ていることに。彼らの視線には、警戒というよりも、どこか奇妙なものが混じっている。


 倫太郎の容姿が、他のゴブリンとは一線を画しているためだろうか? それとも、じっと観察している倫太郎の態度が、彼らには不可解に映っているのだろうか?


 洞窟に響くゴブリンたちの唸り声と、時折聞こえる鈍い音(おそらく誰かが何かを殴っているのだろう)に紛れて、倫太郎は静かに呼吸を整えた。


 意を決して、一番近くに座っていた、見るからに肌の汚いゴブリンに、できるだけ穏やかな声で話しかけてみた。


「あー、あの……すみません。ここ、一体どうなっているんですか?」


 ゴブリンは、倫太郎の声が聞こえているのかいないのか、曖昧な唸り声を一つ返しただけだった。


 その視線は虚ろで、倫太郎の問いかけを理解しているようには到底見えない。倫太郎はもう一度、今度は少しだけ声を張って尋ねる。


「あの、もしよかったら、何か飲むものとか……水とか、あります?」


 ゴブリンがようやく倫太郎の方を見た。倫太郎は水をすくう入れものの形にして、口に近づけるしぐさをしてみた。


 すると、そのその黄色い瞳は、一瞬だけ倫太郎の顔をじっと見つめ、そして、その視線は倫太郎の薄緑色の肌へと移った。


 次の瞬間、ゴブリンは「グルルルル……」と喉を鳴らし、立ち上がった。倫太郎は身構えたが、ゴブリンは倫太郎に何かを言いたげに、しかし言葉にはならない音を発しながら、洞窟の奥にある水たまりの方を指差した。


 その仕草は、驚くほど原始的で、倫太郎の期待していた「会話」とは程遠いものだった。彼らは「水」という概念を理解しているようではあるが、それを言葉で伝える術を持たない。それでも、指示された水たまりを見れば、確かに水がある。


 倫太郎は礼を言おうとしたが、ゴブリンはすでに興味を失ったかのように、再び地面に座り込み、無表情で周囲を見回し始めた。


 どうやら、ゴブリンたちは倫太郎の言葉を理解できないようだ。


 あるいは、倫太郎が発する複雑な言葉を、彼らの単純な脳が処理しきれないのかもしれない。


 それでも、倫太郎の容姿が他のゴブリンと異なることや、倫太郎がするしぐさについてはある程度、何かを感じ取っているようだった。


 彼らと倫太郎の間にある、言語の壁。そして、知性の壁。倫太郎は、この状況でどう立ち回るべきか、改めて頭を悩ませた。

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