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第1話 エクストリーム入店により転生

 彼の名前は後部倫太郎ごぶ りんたろう。ごく平凡な日本のサラリーマンだ。決してカラテが得意なわけではない。


 本屋で最近はやりの転生物のライトノベルを手にとり、夢中で読みふけっていた時だった。背後からけたたましいブレーキ音が響き、反射的に振り返るよりも早く、強烈な衝撃が全身を襲った。


 意識が薄れていく中で脳裏をよぎったのは、「ああ、これが最近はやりの有名なプラグインハイブリッド車のエクストリーム入店か……」という、どこか他人事のような感想と、妙にリアルなガソリンの匂いだった。


 そして、次に目覚めた時。


「ん……?」


 視界いっぱいに広がるのは、薄暗く湿った土。なんだこれは? 洞窟か? 

 首をかしげようとしたら、やけに重い頭がグラリと揺れた。なんだ、この感触。寝ぼけているのか? いや、それにしても、この体は……。


 恐る恐る、自分の両手らしきものを見てみる。そこにあったのは、見慣れたはずの人間らしい指ではなく、ごつごつとしていて、おまけに薄緑色をした、短くて太い……まさに棍棒のような指だった。


「ひぃっ!?」


 情けない悲鳴が喉の奥から漏れる。いや、これは本当に自分の声なのか? 低く、野太く、まるで擦れた石のような音。


 慌てて周囲を見回すと、他にも何体か、同じように薄緑色の肌をした生き物が、床に転がって寝息を立てている。


 そのあまりにも不潔で、獣じみた光景に、本屋で死んだはずの「後部倫太郎」の意識は、猛烈な吐き気を催した。自分は、この生き物に心当たりがある!


 これはゴブリンだ!


 まさか……まさか自分は、ゴブリンに転生してしまったのか!? しかもこの臭い! 泥と獣の糞と、あと……なんか酸っぱい臭い! 前世で潔癖症気味だった倫太郎にとって、これはまさに地獄絵図だ。


 吐き気を催しつつも、まずは自分の体を把握しなければと倫太郎は決意した。


 幸いにも、洞窟の奥には地下水が湧き出ているらしき小さな水たまりがあった。そこへゆっくりと這いずるように移動し、恐る恐る水面に顔を映す。


「……え?」


 そこに映っていたのは、想像していたような獣じみた、醜悪なゴブリンの顔ではなかった。


 確かに肌は薄い緑色だ。そして、尖った耳も、獣じみた黄色の瞳も、ゴブリンの特徴そのもの。


 だが、それ以外のパーツは、妙に整っていた。鼻筋はすらりと通り、口元は薄く引き締まっている。フェイスラインもシャープで、前世の倫太郎自身よりもよほど彫りが深い。思わず手(ゴブリンの手だが)で触れてみると、硬質な骨格が感じられる。これは……まさか、イケメンゴブリン?


「なんでだよ! ゴブリンならもっとこう、醜悪で、鼻ぺちゃで、出っ歯とかでさ! なんで妙にシュッとしてんだよ!」


 心の底からのツッコミが炸裂する。前世の倫太郎は、ごく平凡な顔立ちだった。


 それが転生したらゴブリンになり、しかもなぜか容姿だけがグレードアップしているという、この理不尽な状況。複雑な感情が胸の中で渦巻く。


 体を改めて確認する。筋肉は前世より遥かに発達しており、筋肉があるおかげでゴブリン特有の猫背ではなく、ピシリと立つことができる。


 身長はそこそこあるようだ。手足の指には、泥と垢がこびりついているが、関節の動きはしなやかだ。


 何より驚いたのは、その肌の清潔感である。他のゴブリンたちは全身泥まみれで、見るからにベタついているが、倫太郎の肌は妙にサラッとしている。


 これは、転生特典なのか、それともこの体が単にまだ汚れていないだけなのか。


 とにかく、このイケメンゴブリンの肉体と、前世の清潔好きの精神とのギャップに、倫太郎は頭を抱えるしかなかった。


 他のゴブリンたちは、倫太郎が水たまりで奇妙な行動を取っていることなど気にも留めず、いまだに眠りこけていた。そのいびきはまるで、洞窟の壁が崩れ落ちるかのような轟音で、倫太郎は耳を塞ぎたくなるのを必死で耐えた。


「おいおいおいおい、冗談だろ……」


 倫太郎の心は絶叫しだ。ここから、異世界のゴブリンに転生してしまった後部倫太郎の、奇妙で不潔なゴブリン新生活が始まるのだった。

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