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1-8 同居なんて有り得ませんけど!


「…………えええええええ?!」


 嘘でしょ?!

 この人が?!

『奇跡の封印』の聖騎士?!


「嘘じゃない」

「わたし何も言ってません」

「顔に書いてある」


 エドワードは形の良い口の端を上げた。

「おまえはわかりやすい。すぐ顔に出る。まちがいなく損するタイプだな」


 ううっ、いちいち本当のことで言い返せない!


「ていうか!! なんでそんなすごい人が聖騎士団辞めてこんな所にいるんですか?!」

「俺の勝手だ。それにこんな所とは失礼な。ここは俺の自慢の事務所なんだが」


 エドワードは肩をすくめる。


「状況は理解したか?」

「……理解はしたけど納得はしてません」


 確かにこの人の戦闘能力はすごかったけれど! けれども!!

『奇跡の封印』を成し遂げた聖騎士たちはわたしの憧れなのよ?!

 憧れがガラガラと音をたてて崩れていく……!!


「俺はガドゥ復活を阻止し同時に再封印もしなくちゃならない。時間が無い。これ以上聖都で被害が広がれば、俺の報酬も減るからな。というわけで、今すぐ指輪を渡してもらおうか」

 エドワードは再び大きな手をわたしに差し出した。

「……わかりました」



 わたしは大きく息を吐いた。

 ちょっとモヤっとするところもあるけど、この人はわたしを助けてくれた。

 仕事とはいえ、あれだけの数のレッドキャップを相手に戦ってくれたのは、この人に聖騎士の信条――アルビオンの国土と民を守り抜く、という気持ちがあるからだろう。

 それは信じるに足りるから。


「指輪はお渡しします」

 わたしは左手の薬指から指輪を外して渡した。



――つもりが、指輪が抜けない!



 執務卓の前で不審な動きをするわたしを、魔王は怪訝そうに見上げた。

「何してんだ? 腹でも痛いのか?」

「いえっ、あのっ」



 指輪は透明だから見えにくいけれど、確かに薬指にはまっている感触はある。

 なのに外そうとしてもビクともしない!



「なんの芝居だ?」

「芝居じゃないですっ」



 わたしは執務卓の上に左手をばん、とのせた。



「ここ! 薬指! ここに指輪がはまってるんですけど取れなくて――」

「は?! おまえ、指輪をはめていたのか?!」

「えっ?! だ、だってその方がなくさないかと思って」

「バカっ、魔力のある指輪を身に付ける奴があるかっ!! 早く外せ!!」

「だからっ! 外そうとしてるんですってば!!」

「くっ……外れない!!」

「ちょっと! ヘンなとこ触らないでください!!」

「低俗な妄想をやめろっ、俺は指輪を確保したいだけだっ! くそっ、外れない……石鹸だ! 石鹸を試す!!」

「きゃあ?! ちょっとっ何す……うわあ良い香りの石鹸……じゃなくて!! やっぱり外れないじゃないですか!!」

「有り得ん! 石鹸を付けても外れないだと?!」



 わたしたちは何とか指輪を引っこ抜こうと悪戦苦闘した。

 それは端から見たら滑稽なパントマイムに見えただろう。



――数十分後。



「……俺は今までおまえほどアホで腹の立つ人間に会ったことがない」

 魔王はぜえぜえと息を切らし、壮絶な睨みと最高の嫌味をわたしにぶつける。



「ふう、はあ、ふう、すみません……」

 汗だくだくのところに冷や汗が噴き出る。とほほ。

 もうちょっと言い方とかないわけ?! わたしだってかなり凹んでいるんだからっ。

 無邪気に「結婚ごっこなつかしー」とか言って指輪をはめた自分が呪わしい……。



「その指輪は物理的には外せない。なんらかの魔法か呪いだ」

「えっ、呪い?! うう……やっぱり四号館教科準備室になんか行くんじゃなかった!」

「こうなったら指輪を外す方法を探すしかない」



 魔王は頭を抱えると、やっぱりわたしを睨んだ。



「おまえ、一人暮らしだよな?」

「は、はあ」

「御両親に連絡が取れるか?」

「母は亡くなってます。父は聖騎士団の任務で南の前線に。フクロウを飛ばすことはできます」

「では父上にフクロウを飛ばせ。しばらくこの住所に滞在すると」



 エドワードは神業のような速さで羽ペンを滑らせた紙をわたしに押しつける。そこには、流麗な字で住所が書いてあった。



「この建物の住所ですか??」

「そうだ」

「わたしここに住むんですか?!」



 カッと翡翠色の瞳が凄みを増した。



「俺だって非常に不本意だっ! だが指輪を放置するわけにはいかない! 指輪がおまえの手から外れない以上おまえごと管理するしかないだろうがっ!」

「お、おっしゃる通りで……」



 しゅん、とうなだれたわたしに同情したわけじゃないだろうが、魔王が黙ったのでふと顔を上げる。

 するとやっぱり魔王はわたしを気遣っていたわけでなく、何やら通話機の受話器を上げてぼそぼそ話をしていた。



「――エマ、俺だ。今からそっちに女子学生が一人行く。客間に滞在するから必要なものを揃えてやってほしい。……いや、そういうんじゃなくて。とにかく、よろしく頼む」

 受話器を置くと、魔王は乱暴に立ち上がってわたしの腕を取った。



「え?! あ、あのどこへ?!」

 問いには答えず、魔王は部屋を出てずんずん進むと、荷物のようにわたしをエレベーターへ放り込んだ。

「とっとと必要な物を揃えてこい!」

 がしゃんっ、と蛇腹が閉じると、エレベーターがごとんと無機質な音をたてて動き出した。


「あんな魔王と同居なんて……有り得ない!」



 殿方と同じ屋根の下でドキドキ、とかじゃなくて!!

 あの凄味に耐えるのに心臓がいくつあっても足りないじゃない!!!


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