1-7 衝撃の事実
エレベーターを降りた先には三つ扉あって、その一つに『クライン商会』という小さな看板が付いていた。
すごく散らかっているのかと思ったら――なんと部屋の中はちゃんと片付いている!
意外に大きな部屋には立派な執務卓とサイドボードと書架が一つずつ。どれも立派なマホガニー材だ。執務卓の前に置かれた椅子も臙脂色の革が張られた瀟洒な品。
くっ……悔しいけど、素敵な部屋だわ!
目の前の魔王の趣味だと思うとなんだかムカツクけど、この(外見だけは)美しい男に似合っていると不覚にも思う。
「少しは懲りただろう。指輪を渡してもらおうか」
マホガニーの執務卓を挟んで向かい合うと、魔王改めエドワード・クラインはわたしを睨んだ。
この人わたしを睨んでばっかりだな。ほんとに魔王みたいだ。綺麗な顔なのに目つきが悪すぎる。
「なんだ。あんな目に遭ってもまだ懲りないのか? おまえがレッドキャップに狙われているのは明らかだ。おそらくはおまえが持っているという指輪のせいでな」
はあ、とわたしは溜息をつく。
「わかりました、渡します。でもさっきの話、本当なんですか? 聖都の防御魔法陣が破られたとか、ガドゥの封印が解かれたとか」
というか信じたくない。
日常の礎にあったはずの平和が、そんなにあっさり崩れ去ってしまうものなの?
「本当だ。ガドゥは、すでにロンディニウムの中に潜伏している。おまえもたった今見ただろう。聖都にいるはずのないレッドキャップの群れを」
「でも! ガドゥは五年前、聖騎士団が封印したじゃないですか!」
『奇跡の封印』。当時、その話題でアルビオン中が沸いた。
ドラゴンやキメラと同じく太古魔に分類される超特級魔物ガドゥの封印。
それは聖騎士団の長年の悲願だった。
そして五年前、ついに当時の聖騎士団精鋭部隊がそれを成し遂げた。
これで聖都へ出入りする人々の魔物被害が格段に減ると、アルビオン聖女王国民はその偉業に熱狂した。
マーリン魔法学園に入ったばかりだったわたしも、聖都での凱旋パレードを帰還していた父様と見に行ったわ。
それは素晴らしい凱旋パレートだった!
「……その封印を解き、ロンディニウムの守護魔法陣を破った者がいるらしい」
「なんですかその悪党は! その人のせいでロンディニウムが危機的状況にあるってことじゃないですか!!」
「……俺はおまえにそう告げたはずだがな」
う。
確かに。
「わ、わかりました! わたしも戦います!」
「は?」
「これでも聖騎士を目指しているので剣術と体術には自信があります!」
エドワードは盛大に溜息をついた。
「おまえにできることはアパートメントに防御魔法をかけて部屋でおとなしくしていることだ」
その小馬鹿にした口調にわたしはムッとする。
「わたし戦力になると思いますよ?! そ、そりゃさっきは貴方に助けてもらいましたけど……でも! 武器があればさっきのレッドキャップくらいは退魔できる自信ありますから!」
「はいはいそりゃご立派なことで」
くやしいい! まったく相手にされてない!
「で、指輪は?」
「一緒に戦わせてくれたら渡します」
ちょっとムキになってしまった。
また軽くあしらわれるかな? と思ったら、エドワードは静かに言った。
「おまえは何か勘違いしている。俺はべつにレッドキャップと戦っているわけじゃない。必要に迫られて応戦しているだけだ。仕事上、仕方ない処置だ」
「仕事って……魔物を退魔するのは聖騎士団の仕事なのでは?」
わたしが首を傾げると、エドワードは見定めるように三秒わたしを見つめた。
「仕事の依頼人及び依頼に関しては秘密厳守だが、おまえはすでに当事者だ。情報を共有しなくては話にならない。よって今から俺が話すことは他言無用。いいな?」
口調は静かなのに切れ味鋭いナイフを突きつけられた気がして、わたしは思わずこくこくと頷く。
「よろしい。俺はここ『クライン商会』で雑貨の売買をしている。その過程でちょっとした仕事の依頼も受ける」
「ちょっとした仕事?」
「物や人を捜してくれとか、交渉の手伝いをしてほしいとか、簡単な護衛を引き受けてほしいとか。元聖騎士だったことから生じる腐れ縁の仕事だ」
なるほど、とわたしは思う。
あれだけの射撃の腕を持っているんだもの、性格はちょっとアレだけど、きっとそれなりに聖騎士団で活躍していた人なのかも。
「今回の依頼主は聖騎士団。依頼はロンディニウムに侵入したガドゥの復活の阻止と再封印だ」
「ええ?! 聖騎士団が仕事依頼って……そんなに切羽詰まってるってことですか?」
だって魔物退魔は聖騎士団の重要な職務の一つだ。
大陸には魔物が多く棲む。アルビオンの繁栄は聖騎士団による魔物退魔がきちんと行われているところが大きい。
「言っただろう。聖都の守護魔法陣も破られていると。聖騎士団はそっちの対応でかなり手一杯だ。俺はそういう内部事情もわかっている人間だから、アテにしやすいんだろう――あいつのこともよくわかってるしな」
「え?」
最後の方がよく聞こえずに聞き返すと、エドワードは「とにかく」と執務卓の上で手を組みなおした。
「聖騎士団は守護魔法陣を修復している。その間、俺はガドゥの復活を阻止し、再封印する」
「貴方が元聖騎士団員だから?」
「まあな。報酬はきっちり払ってもらうが」
魔王は大きな手のひらをわたしに差し出した。
「ということで、おまえから指輪を回収すれば俺の仕事はほぼコンプリートだ。指輪はガドゥの一部だ。それによって奴をおびき出し、再封印する。だから渡せ」
「封印? それは聖騎士団の仕事じゃないんですか?」
指輪を渡すなら、聖騎士団に、じゃないんだろうか。
わたしの心を読んだようにエドワードが言う。
「確かにな。指輪は聖騎士団に渡した方がいいと思うよな。俺もそう思う。だが聖騎士団の意向は、封印した奴が責任持って再封印しろということらしくてな」
「え……?」
エドワードは苦いものを噛んでしまったような顔をした。
「五年前、ガドゥを封印した部隊の一員だったんだよ、俺は」