5-10 アッサムブレンドのジンクス
エドワードは無言の早足で進み、古びた廃墟に入っていった。
そこはわたしがアレクさんに囚われていた建物だ。
「……どうしてここだってわかったの?」
追いついたとき、エドワードはわたしが閉じこめられていた部屋に立っていた。
「焚火のにおいが微かに残っていたからな」
部屋の中央の黒い跡にエドワードは近付く。
そこに置いてあった小さな缶を拾って中を検めたエドワードはわずかに目を瞠った。
「エドワード?」
近付いたわたしに、エドワードは手の中の物を見せる。
拾った缶は開けてあり、その中にはわずかに茶葉が残っていた。
すん、とその香りを嗅いでみる。
「アッサムのブレンドティーね」
「ああ。――懐かしいな」
「懐かしい?」
「聖騎士団時代、魔物討伐で遠征に行くとき、紅茶は決まってアッサムのブレンドを
持って行った。聖騎士たちにとっては遠征中の唯一の楽しみだ」
何かを思い出したのか、エドワードはふと唇に笑みを浮かべる。
「アッサムブレンドはすぐに色と味が出て、野営地で飲むのに適している。いよいよ突入の前になると、特別に持参したミルクを入れてミルクティーを作って飲むんだ」
「そういえばアレクさん、ここでわたしにミルクティーを作ってくれたの」
わたしが言うと、エドワードは「やはり」と呟いた。
「遠征隊の中ではあるジンクスがあった。突入前に飲むミルクティーを作るとき、缶に茶葉をわずかでも残しておくこと。そうすると生きて帰れる、というジンクスだ。生きて帰るという思いを残すということなんだが――」
エドワードは小さな缶を揺らす。缶の底でわずかに残った茶葉が乾いた音を立てた。
「アレクは生きている」
「えっ……」
「アレクには生きる意志がある。あいつがそう決めていたなら、あいつは死んでない。この残された茶葉が証拠だ」
「じゃあ、アレクさんは」
「だぶんあの魔炎から離脱できたんだろう。あいつなら可能だ。かつて、マーリンの再来とまで言われた詠唱者だからな」
わたしはどこかホッとするような気持ちになると同時に、言いようのない不安にも襲われる。
『友を待っているんだ。殺すためにね』
そう言って微笑んだ端麗な顔が脳裏に焼き付いていて。
そのことをエドワードに伝えるべきかもしれない。
「エドワード……」
ためらいつつ口を開いたとき。
ぐうぅううううううう。
静かすぎる空間に、ごまかしようのない腹の虫の音が盛大に響いた。
「あ……」
みるみる顔が熱くなっていく……消えてしまいたいっ!!
そんなわたしを見てエドワードがぷっと吹き出した。
「す、すすすみませんっ、ていうか! 何も食べてないんですよ?! パーティーでも美味しそうなオードブルとかいっぱいあったのに全然食べるヒマもなくてっ、そのっ――」
大きな手がぽすりと頭に載って、反射的に言い訳が止まる。
「帰るか。グレゴリーに何か作ってもらおう」
「は……はい?」
帰るって、クライン商会に?
ブライト長官が言ったことが頭をよぎる。
そのことにちょっぴり甘い魅力を感じた自分に気付いていて――わたしはぶるぶる頭を振る。
ダメダメダ! 贅沢は敵よ! クライン商会での生活に慣れちゃったら贅沢病になっちゃう。そもそもエドワードとは住む世界が違うんだから!
「帰りますけど帰りません!」
「はあ? 何言ってんだ。腹減りすぎて頭がさらにおかしくなったか?」
「ち、ちがいますっ!!」
「まあいい。グレゴリーの作るコンビーフのサンドイッチは絶品だからな。チョコチップとラズベリーのスコーンもいい」
「なっ……」
ぱあああ、と目の前に光が差す。コンビーフのサンドイッチ?! はたまたチョコチップとラズベリーのスコーン?!
それはぜったい美味しいやつでしょう!! しかもグレゴリーさんのお手製なんて間違いなく最高でしょう!!
「さっさと歩け。行くぞ」
「はい!!」
またお腹鳴りそうなお腹をあわてて押さえ、わたしはエドワードの背中を追いかけたのだった。




