5-9 ミッションコンプリート
「いやあ、ガドゥを再封印どころか退魔してくれちゃって助かったよ、ほんと」
ブライト長官は、丘の上まで戻ってきたわたしとエドワードを満面の笑みで迎えた。
「アレクは」
ぽつりと呟いたエドワードに、ブライト長官は少しだけ目を細めた。
「やはり、彼もここにいたんだね。僕たちが来たときは、誰もここにはいなかった。だいぶ魔炎が燃えた跡があるが」
丘の上はほぼ一面、魔炎が燃えさかった後特有の黒緑色に変色している。
そこには誰も、何もなかった。荒涼とした丘の上に変わらず巨石が並び、その間を強い風が吹き抜けていく。
「魔炎は、アレクが?」
「ええ」
ブライト長官が溜息まじりに唸った。
「アレクは自身の魔炎に呑まれたんだねえ。強大すぎる能力を持て余していた彼らしい最期だとは思うが……跡形もないとは痛ましいね」
「そうですね」
「――エドワード」
エドワードが短く答えたとき、ブライト長官の後ろに控えていた、黒と赤の聖騎士団服姿の人たちが進み出てきた。
一人は筋骨隆々としたいかにも聖騎士という偉丈夫、もう一人は紫色の豊かな髪を束ねた美女だ。
エドワードは二人を見て決まり悪そうに視線を逸らした。
まるで悪戯を見つかった小さい子みたいな、所在無げな様子はいつものエドワードからは想像できない姿で、わたしは二人の聖騎士様をまじまじと見つめる。
聖騎士団時代の上司かな?
「戻ってこい、エドワード」
男性は低い、けれど親密そうな声音で言った。
「アレクのことはおまえの責任じゃない。だれもおまえを責めちゃいない」
「そうよ」
紫色の髪の美女もたたみかけるように言う。
「戻ってきなさい。あんたはあのとき――ガドゥ封印作戦の最中、アレクが暴走したときだってきちんと任務を遂行させた。こうして今、ガドゥを退魔もした。いろいろと言う輩はいるけど、そんなのあんただったら一蹴できるでしょ? 長官もあたしたちも、ここに来れなかったエリオットもケントもユリアもあんたが戻ってくることを望んでる」
わたしは隣に立つエドワードをそっと見上げる。
翡翠の瞳は真っすぐ聖騎士様たちを見ていた。
けれど、その中で揺れる感情はわたしには読み取れない。
丘を抜ける風の音が沈黙の中で吹き荒れた。誰も、身じろぎひとつしない。時が止まってしまったかと思ったときだった。
端整な横顔が、ふっと柔らかく笑んだ。
「優しいマックスとジュリアなんて、なんだか気味悪いですね」
その一言に沈黙が解ける。偉丈夫と美女も笑った。
「相変わらず減らず口だな。だが安心しろ、戻ってきたおまえを以前みたいにしごいたりはしないさ」
「そうね。ま、クランプワッフルに何度か走ってもらうくらいかしら」
冗談めかした二人とエドワードは、小さく声を上げて笑って。
「――でも、俺はもう聖騎士ではないので」
その言葉にマックスさんとジュリアさんの笑いが止まった。
「二度と剣をふるわないと決めた俺に、聖騎士の資格はない。今の俺はただの一介の商人です」
「エドワード……」
「でも声かけてくれて、うれしかったです」
エドワードが深く頭を下げたので、お二人はかける言葉を失ったようだ。
とても残念そうなお二人の姿は、わたしでも見ていられないくらいだ。
けれどエドワードは頭を上げるともうお二人を見ることなく、ブライト長官に向いた。
「今回のご依頼はすべて完遂したかと思いますが」
「うん、まあそうだね。ガドゥ復活阻止と再封印は退魔することで完了してくれたし、ロンディニウムの中にいるレッドキャップ殲滅も達成してくれたね。聖騎士団としては満足な結果だよ」
「では後日、クライン商会より正式な請求書を送らせていただきます」
それだけ言うと、エドワードは一礼して踵を返して歩き出す。
あわてて追いかけようとすると、
「ひゃ?!」
ブライト長官にがっしりと握手されて引き戻された。
「やあ、ビビアンちゃんも本当にありがとう! やっぱり僕が思った通り君は期待の新人候補だ!」
「いえそんな、ははは……」
「君ならクライン商会の助手に適任だねえ。エドワードのこと、くれぐれもよろしくね♡」
「……は?! いえいえわたしは今回限りの助手ですので」
「ええ? そんなことないだろう。クライン商会は人手が足りないらしいし、エドワードのあの性格じゃ人を雇うにしても……ちょっとアレだからねえ」
にこやかに決定事項のように語るブライト長官にわたしは必死に抗議する。
「いえいえいえ! わたし学生ですし!」
「うん、だからたぶんアルバイト採用だろう。住み込みのね」
「は?! 住み込み???」
「だって君、指輪解呪できてないよねぇ? そんな君をエドワードが放置するとは思えないんだけど?」
分厚い歴戦の手が、わたしの左手を意味ありげに握る。
その薬指には目を凝らすと七色に光を弾く指輪が嵌まったままだ。
そ、そうだった……!
じっとわたしを見ていたブライト長官はふいににっこり微笑んだ。
「ま、忘れ物がないかよく確認して、気を付けて帰るんだよ。ごめんね、早く行かないと怖ーい上司に怒られちゃうね」
振り向けば少し先でエドワードが魔王の冷気を放ってこちらを見ている。
「あわわわ! す、すみません失礼します!!」
わたしは挨拶もあたふたで走りだす。
「じゃあねビビアンちゃーん、《《また近いうちに会おうねー》》」
背中からブライト長官の楽しそうな声が追ってきたけれど――わたしは歩き出したエドワードに追いつくのに必死で、その言葉の深い意味を考えられなかった。




