1-5 『クランプワッフル』での美味しいひととき
校舎内へ連れていかれたわたしはすぐに傷の手当を受けた。
そしてその後は、怒涛のような事情聴取と叱責と再試が待っていた。
再試が終わって帰ろうとすれば『さっきの出来事はぜったいに誰にも口外しないように』と先生たちに囲まれてよってたかって口止めされ、疲労感が倍増だった。
きっとそのせいだろう。
「指輪、先生に渡しそこねたじゃん……」
校舎を出て気付いた。回収した古文書も鞄に入れっぱなしだ。でも、すでにとっぷりと日が暮れていて引き返す気もしない。
図書館の周辺には黄色いテープが張られ『調査中につき立入禁止』という看板が立てられていた。
さっきここで自分が魔物と戦っていたなんて嘘みたいだ。
ぼんやり考えていると、ぐううううう、と悲しい音が人っ子一人いない図書館前に空虚に響いた。
「うううお腹空いたぁ」
戦闘ってすごく体力を使う。再試も受けたしお腹も空くわけだわ。
「これは家まで持ちそうにないわ……うーん、仕方ない」
わたしは久しぶりに行きつけのワップル屋『クランプワッフル』に立ち寄ることにした。
この時間ならたぶん空いているし、お夕飯代わりにもなる。
自炊を基本とするわたしにはちょっと痛い出費だけど、今日はいろんなことがあったし、自分へのご褒美よね!
♢
『クランプワッフル』は特別地区と周辺地区の境界となるストロベリーストリートにある。
この辺りは文房具屋さんや雑貨屋さん、既製品のお洋服を売るお店など、安くて可愛くて実用的なお店がたくさん並ぶいわゆる学生街だ。
マーリン魔法学園の生徒だけでなく、このロンディニウムにある学校の学生はたいていの買い物をこの通りでする。
『クランプワッフル』は古いお店が多いストロベリーストリートの中でも老舗の、速い・安い・美味いが叶う最高のワッフル屋さんだ。
学校の帰りに立ち寄って食べ歩きするのもいいけれど、イート・インならではの楽しみもある。
それは、一緒に出てくる紅茶がとびきり美味しいこと。
紅茶を愛するわたしにとってはまさに最高のお店だ。
淡いピンク&ホワイトのストライプの店内で、わたしの顔は思いきりとろけた。
「んんん~おいしい~幸せ~」
ワッフルはこんがりと焼けてパリッとしているのに中はもちっとしていて、ベリーやオレンジがふんだんに散りばめられ、たっぷりとクリームが添えられている。
その上にからシロップをだくだくかけて。
口に入れると甘くとろけて。
それをポットで給仕される芳ばしいアッサムティーでいただく。
「もう最高~!」
こういうとき、アルビオン聖女王国に生まれて本当によかったなって思う。
アルビオンは世界屈指のお茶文化を持つ国。
それはそれは多種多様なお茶がある。
そしてお茶文化は貴賤を問わず国民に浸透しており、バリエーション豊かに発達している。
もちろんわたしも大のお茶好き。中でも紅茶には目がない!
家でもお茶をいただくけれど、こうやって外のワッフル屋さんやティールームでいただくお茶やお菓子はまた格別。
オヤツに、軽いランチに、時にはこうやって夕飯の代わりにもなるお茶の時間がわたしの至福の時だ。
どんなに嫌なことがあっても、疲れていても、素敵なティータイムがあればすべて忘れられる。
美味しい至福の時間のおかげでいろんなことがリセットされたわたしは、気分よく『クランプワッフル』を後にした。
「腹ごなしに歩くとしましょう」
ストロベリーストリートを越えると、もう辺りは周辺地区。
周辺地区は広いので、あちこちにハイヤーが停車している。キャブリオレもすぐに出発できるよう、馬がつながれている。
ううっ、本当はハイヤーかキャブリオレに乘りたいけれど……。
貧乏男爵家の我が家は送迎の車や馬車を所有していない。だから必要な時はハイヤーかキャブリオレに乘りなさい、と父様に言われているけれどわたしは歩く。
これも交通費節約と体力増強のため!
交通費を少しでも節約してコツコツ貯めておけば、次にトレスがロンディニウムに遊びに来た時にトレスの好きなキャンディー屋さんに連れていってあげられるもの。
今我が家で、このロンディニウムに住んでいるのはわたしだけだから。
聖騎士団員の父様は遠く南、エクセタルの国境要塞へ赴任している。
弟のトレスは幼く、心臓も弱いので父様と一緒に暮らしている。だから数少ない使用人はすべて父様とトレスと一緒にエクセタルへ行っている。
身体の弱いトレスや少ないお給金でも頑張って働いてくれる使用人たちに少しでも資金を回すため、一人暮らしのわたしの生活費にお金をかけるわけにはいかない!
それに、剣や体術に自信もあるから、こんなふうに日が暮れても一人歩きが怖くないしね。
ちょっぴり疲れてはいるけど『クランプワッフル』のおかげで復活したし大丈夫!
さくさく歩き、周辺区のメインストリートを進むと、だんだん景色が変わる。
ロンディニウムは綺麗に住み分けがされていて、女王宮のあるロンディニウムの特別地区には公爵家や侯爵家のタウンハウスが、特別地区の周辺区に伯爵家、子爵家、男爵家のタウンハウスがそれぞれ同心円状に並ぶ。
特別地区には女王宮をはじめ、多くの公共機関、学校や神殿などの歴史ある建造物があるため、それらと居住区はハッキリ分けられているが、周辺地区になると事情が変わる。
こじんまりしたタウンハウスが多くなるので、商業施設の合間に建っていたり商業施設と一体化していたりするのだ。そうすると、街の景観も特別地区とはずいぶん変わるというわけ。
わたしが一人で暮らす家はタウンハウスではなく、アパートメントなのだけれど。
父様が女の子の一人暮らしだからタウンハウスが無理ならせめてと、セキュリティのちゃんとした管理人のいる高級アパートメントにしてくれた。
貧乏男爵家の我が家にとっては痛い出費になるからやめてって言ったのだけど、父様は頑として譲らなかった。
でも正直、今日みたいに怖いことがあった日にはセキュリティーの高さがありがたい。
ロビーでは管理人のセバスさんがカウンターから『おかえりなさいませ』って言ってくれる。あのニコニコ顔を見ればレッドキャップのことも謎の美形魔王のことも忘れて――
「――ってなんでいるの?!」
アパートのエントランスの前に立っているのは、あの美形魔王だ。