5-7 それでも任務を遂行せよ
呆然とするエドワードの左足に向けてビビアンはさらに詠唱する。
《ヒール!》
ビビアンが放った治癒魔法が見る間にエドワードの魔障を消した。
「ね、この指輪すごくない?! わたしが発動する魔法が全部上位魔法になるんだけど!」
興奮気味に話すビビアンの笑顔を久々に間近に見たきがして、エドワードはふと笑いがこぼれる。
「いいアシストだ」
その柔らかな笑みにビビアンは心臓が跳ね上がって。それを誤魔化すように胸を張る。
「わ、わたしだって少しは使えるでしょ!」
「まあ、少しは認めてやってもいい。――これでハンデを使えるからな!」
刹那、エドワードが何かを空中に放り投げた。
「――?!」
一抱えほどの大きさのそれは、防御魔法で囲まれた何かだ。
アレクの緋色の双眸が驚きに見開かれる。
「なんだあれは」
巨石の上で、まるでガラスが散るように防御魔法が弾け飛んだ。
中から現れたのは――骨董品の置物とリンゴ。
「ビビアン! ガドゥはおまえに任せた!」
「は?!」
何が起きているかわからない。ビビアンが呆気に取られているうちに、それは始まった。
《グガァアアアアア!!》
消えつつある魔炎の中、醜く身体が解けたガドゥの口から、何かがぞわぞわと這い出してきたのだ。
「精霊?!」
「死霊魔術は下級精霊を召還して術者が操れるようにする。その精霊は術者と契約しているから術者しか操れないが、《《精霊自身が己の意思で行動するなら別だ》》」
ガドゥの口から我先にと這い出してくる無数の虫のような黒い小鬼があっという間に巨石の上のリンゴに群がった。
「よし。《供物を食した者、聖なる匣へ乗らん》」
エドワードの魔物祓いの詠唱にアレクが怒声を上げた。
「悪霊祓いだど?! 謀ったなエドワード!!」
「おまえにもハンデがあったんだ。これでおあいこだろう」
リンゴを喰らった小鬼は次々と骨董品の馬車に吸いこまれていく。
最後の一匹が吸いこまれると、金色のペガサスが風のように空高く舞い上がり、あっという間に夜闇に消えた。
「くそっ……よくもっ、よくも私の策を……なぜだエドワードっ!!」
アレクの緋色の双眸が闇の獣のように光った瞬間、アレクの両手から魔炎が礫のように飛び出した。
「ビビアン! おまえが防御魔法を張れ!」
「ええ?! だってエドワードの方が魔法士として断然上じゃない!!」
「指輪の魔力のあるおまえの方が強力な防御魔法を展開できる!」
そうか、とビビアンは母の言葉を思い出す。
――勝機がある道を選ぶのよ。より多くの命を助けるの。
この場で最善の方法。それは思考の転換。
上位魔法士より呪いの指輪を持っているビビアンの防御魔法が強力。そしてエドワードは不死人に有効な聖弾を持っている!
背中越しに二人の視線が合う。そこに見えたのは絶対の信頼。
「わかった! 任せて!」
「こっちも任せろ」
ビビアンが左手をかざし防御魔法を展開する背で、エドワードは聖弾を再装填。
「不完全体の太古魔など聖弾の前では低級魔物と同じだ。今度こそこの手で葬ってやる!」
エドワードの手から連射された銀弾はすべてガドゥの額と心臓を撃ちぬく。
間の抜けた断末魔の咆哮と共に、魔炎で半分溶けた巨躯がぐしゃり、と崩れ落ちた。
「エドワードっ、まずいっ、もうもたないかも……!」
降り注ぐ魔炎の礫に防御魔法を展開するビビアンは必死に足を踏んばるがじりじりと押されている。
「よく耐えた!」
背中で悲鳴を上げたビビアンを抱えてエドワードは地面を蹴った。
強化魔法の発動した脚力は軽々と二人を離れた巨石へ運ぶ。刹那、エドワードとビビアンが立っていた巨石が魔炎の礫に呑みこまれた。
「礼を言うぞアレク。おまえがガドゥを魔炎で燃やしたおかげでラクに退魔ができた。あのとき聖騎士団を裏切り、一人だけ退魔を拒んだおまえの功績とは皮肉だな」
「黙れぇっ!! その女もろとも葬ってくれるぞエドワード!!」
我を失ったように魔力を放出するアレクの周囲には闇より濃いオーラが漂う。
「ね、ねえエドワード、アレクさんまずいよ。あれじゃ魔力に呑みこまれて自我が無くなっちゃう! 廃人になっちゃうよ!!」
「アホっ、人の心配してる場合か!!」
「だって! エドワードはそれでいいの?! アレクさんは親友じゃないの?!」
「…………」
一瞬、エドワードは言葉を切ったが、すぐにビビアンを鋭く見返した。
「俺たちの任務は何だ」
「えっ?! と、レッドキャップ殲滅とガドゥの再封印……」
「ガドゥは退魔できた。レッドキャップ殲滅は聖都死守のためだ。アレクは聖都に危害を加えようとしているんだぞ。ならば俺たちは奴を排除しなくてはならない。それが俺たちの任務で、クライン商会に依頼された仕事だ」
「そんな――って、うわあぁ!!」
闇色の魔炎がごう、と音をたてて襲ってきた。
「エドワードぉおおおお!!」
赤黒い魔炎は竜巻のようにいくつもの柱渦となって轟音を上げ、エドワードとビビアンを取り囲む。
「ビビアン、合図したら北西の方角へ走れ」
「北西?」
「風は北西から吹いている」
「?」
魔炎を押すようにアレクが近付いてきた。
「エドワード! すべてを手にしているおまえが、そんなただの平凡な少女に背中を預けるのか?」
「そうだ」
「なぜだ! なぜ私じゃないんだエドワード!!」
ごう。
柱渦が一気にエドワードとビビアンに向かってきた。
「――走れ」
背中越しに聞こえたエドワードの声を合図にビビアンは地を蹴った。
唸る魔炎が背中から迫る。
ちりちりと髪が焦げるのを感じたのと、エドワードの立つ巨石に飛んだのは同時。
そのとき、丘の上に強い風が吹きつけた。
強い風に煽られた魔炎は一気に方向を変えて反対側へ――風下に立つアレクに向かっていく。
「ぎゃああああああ!!!!」
いく柱の魔炎の渦の中心で絶叫が上がった。
刹那、魔炎が大きく膨張する。
その中で両手を広げた影が躍った。
「アレクさん!!」
思わずビビアンは行きかけるが、エドワードの叫びに立ち止まった。
「まずい! 魔炎の勢いが強すぎる!――ビビアン手を伸ばせ! こっちに来い!!」
「エドワード!!」
エドワードが手を伸ばす。
ビビアンも走り必死に手を伸ばす。背中に熱が迫った刹那、真っ白な閃光が視界を遮った。
エドワード――。
目も眩む閃光の中で、大きな手に触れた感触だけが、やけに鮮明だった。




