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5-5 エドワードの正体


 刹那、魔王の手の中に銃が構えられている。

 翡翠色の双眸は鋭くアレクさんを捕らえていた。


「エドワード……」

 こんなエドワードは初めて見る。まるで別人のようだ。

 誰も寄せ付けない氷のような殺気。攻撃的な態度。


 でもアレクさんは柔和な表情を崩さない。


「そう急かさないで」

「俺は急ぎたい」

「せっかちなのは変わらないね」

「黙れ」


 ふふ、とアレクさんは笑う。


「わかっていると思うけど、下手な魔法は使わない方がいい。詠唱能力は私の方が上だからね」

「知ってる」

「でも私は、戦闘能力は君にはとても叶わない。だからハンデを付けさせてもらったんだ」

「?!」


 アレクさんが急にわたしを抱きしめた。

 驚きすぎて悲鳴を飲みこんでしまった。


 背中にひやりとした感触があたり、ぞわりと全身が総毛立つ。


 だてに『剣姫』と呼ばれているわけじゃない。背中に刃が押しつけられていることはすぐにわかった。



「君が私と静かに語らってくれるなら彼女を傷付けない。私と少し話をしてくれるだろうね?」

「……そのつもりでここに来たが」

「交渉成立」


 機嫌良さそうにアレクさんはわたしを放す。

「君が少しでもおかしな動きをすれば、我がしもべが即座に彼女を殺す。――わかったか、我が僕よ」


 ガドゥはわかったと言わんばかりに咆哮を上げ、わたしの周囲をぐるぐる回り始めた。

 アレクさんに操られているから襲ってはこないんだろうけど……獰猛な番犬に嗅ぎ回られているみたいで足元から震えがくる。



 震えるなわたし!

 これはチャンスよ。

 アレクさんがエドワードと話している隙に脱出する。

 わたしが囚われていたら、たぶんエドワードは全力で闘えないから。



「私がなぜ、あのときの封印作戦の場所に君を呼んだかわかる?」

「さあな。俺の受けた依頼――ガドゥの再封印を手伝ってくれるわけじゃないってことは確かだが」

「ははっ、そうだね。わたしにとっては封印されようがされまいが太古魔なんてどうでもいい。正義感の強い君はガドゥが蘇ったらぜったいに食い止めようとすると思ったからガドゥを使ったまでさ。そしてその通りになった」

「自己都合で利用するためだけに死霊魔術ネクロマンシーを使ったのなら、おまえを許さない」

「なぜ? 禁忌やモラルなんてどうでもいいだろう? 君はもう聖騎士じゃない」

「聖騎士ではないが、人として、魔法士として許せない所業だ」


 エドワードの翡翠の双眸が険しくなった。

「そろそろ言え。こんなことをしたおまえの目的はなんだ」


 また強い風が丘の上を吹いていく。魔物の鳴き声にも似た音が丘の上や平原を渡っていく。

 くつくつと喉の奥で笑う声がその風の音に混じった。


「私は強者を喰い物にする弱者が許せないんだよ、エドワード」

「それがあのとき、作戦部隊の皆を殺そうとした理由か!」


 わたしは思わず息を呑む。

 殺そうとした? 『奇跡の封印』作戦のメンバーを?!

 だからアレクさんは五年前、姿を消してしまったの?


「ああそうだよ。彼らはマシな人たちだったと思うけど、異国の血を引く私を見る目はやっぱり他の奴らと一緒だった。能力のある者の上に胡坐をかき、安寧と富を貪るアルビオンの貴族どもとね」

「俺も一応その貴族だが」

「君は特別だよ、エドワード。それに君だって喰い物にされてきた側じゃないか。その特殊な生まれのせいでね」



 生まれ?

 どういうこと?


「君は本当なら王城にいてもおかしくないのに、その比類なき才能と強さのせいでリアンクール家に縛り付けられている。母君が王女の君は、王にすらなれるのに」


 お母さんが王女?!

 それにリアンクール家って、三大公爵家のリアンクール家だ。

 三大公爵家の姓は、他の貴族は名乗れないのだから。

 エドワードは王家の血を引く、リアンクール公爵家の子息だったってことだ!


「もう縛られるのはお終いにしよう」


 恍惚と言うアレクさんから悪意は感じられない。

 エドワードに向ける緋色の眼差しには熱がこもっている。


「私たちなら二人で自由になれる。こちら側にこい、エドワード。能力のある者が世界を治めるんだ! 君が王になり、私が補佐をする。そして正しい者が報われる国を作るんだ!」


 わたしはハッとした。

 アレクさんはエドワードを殺すために待っていると言っていたけど、本当はちがう。

 きっと、エドワードのことを殺したいんじゃなくて、一緒に生きていきたいんだ。

 アレクさんがエドワードを見つめる目からは、殺意ではなく熱烈な想いを感じる。


 しかし、対するエドワードの表情は冷たく冴えたまま。


「俺は、おまえを唯一の友だと思っていた。おまえだけが友でいてくれればいいと思っていた。おまえのおかげで、生きていくことが悪くないと思えるようになった」


 アレクさんの顔が歓喜に輝く。


「じゃあ、エドワード」

「だが、俺は今のおまえとは一緒に行けない。欲望のために禁忌を破り、荒唐無稽な妄想のために無関係の人間を傷付ける奴を友とは呼べない」



 風が二人の間を強く吹き抜けた。

 アレクさんの黒衣の裾が闇に溶けるように翻る。

 


「どうしても私とは一緒に行かないと?」

「ああ」


 風が丘に強く吹き付ける。

 エドワードは銃を構えたまま動かない。対峙するアレクさんも身じろぎもせずにエドワードを見つめている。

 その緋色の双眸からさっきまでの親密さが消えていった。


「残念だよ、エドワード。悲しい、と言ってもいい」

 アレクさんが静かに呟く。

「どうしても君が私のものにならないなら――ここで殺すまで。《イグニス サジッタ》」



 一瞬にして無数の光源が空中に出現、長く伸びたかと思うと降る矢のように襲いかかってきた。



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