4-10 アルトワ邸遊戯室にて――剣姫への称賛
アルトワ邸の地下。
ビリヤード台やバー、喫煙ルームなどが整った広い遊戯室だが、今は不安な顔をしたパーティー客たちでひしめき合っていた。
『やっぱりレッドキャップがロンディニウムにいるというのは本当だったんですわ!』
『数日前、マーリン魔法学園にも侵入したとか』
『怖ろしい。聖都に魔物が入りこむなど、世も末だ。女王陛下のご容体が思わしくないのもそのせいでは』
『しかしアルトワ公爵様も次期女王陛下選出の根回しに必死とはいえ、こんなときにパーティーをやるなんぞ、正気の沙汰じゃない』
『だがこうして避難所を設けているとは、やはりこの異常事態にアルトワ公爵も危機感があるのだろうな』
人々は口々に囁き、給仕からグラスを受け取り寛ぐ。
遊戯場として使う贅沢な部屋なので、急な避難指示であっても客から大きく不満が出ることはなかった。
しかしバーカウンターの内側では、給仕たちが慌ただしく飲み物や軽食の準備に追われていた。結局、現場の対応をする者たちが最も泡を喰う。
そのバーカウンターの裏側にあるプライベートルームで、ルシエンヌが金切り声を上げていた。
「あたくしの誕生日パーティーが! せっかくの中庭の飾り付けが! ひどいわ! 台無しよ! なぜこんなことに……!」
「おおよしよしルシエンヌ。泣くでない。パーティーはまた別の日にやることにしよう」
毒々しい真っ赤なドレスに顔を埋めて泣いていたルシエンヌが、がばりと顔を上げる。
「……ビビアンのせいですわ」
「なんだって? 誰のせいだって?」
「ビビアン・ローレンスですわ! 貧乏男爵令嬢のクセにあたくしのパーティーに紛れ込んでいたんですのよ! 許せませんわ!!」
「ビビアン・ローレンス……それはさっき、ルシエンヌやお友だちを助けてくれたという勇敢な少女のことではないのかね?」
ルシエンヌを連れてきてくれた令嬢方によると、学園の同級生ビビアン・ローレンスが避難誘導をしてくれたという。
「ぐっ……それはっ」
「感謝こそすれ、その少女のせいというのはどういうわけかね?」
ルシエンヌは黙りこむ。
ビビアンのことは超絶気に入らないが、ビビアンが危機を救ってくれたのはごまかしようのない事実だ。
あのまま大広間にいたら自分の身も危うかったことくらいはルシエンヌにもわかっていた。
しかし、それを素直に認めるルシエンヌではない。
「と、とにかくお父様! あたくし興を削がれて不愉快ですわ! もう皆さまにも帰っていただきたいですわっ! なぜ我が家が避難場所を提供しなくてはいけませんの?!」
アルトワ公爵は喚く娘に弱々しく訴える。
「ああルシエンヌ、すまないね我慢しておくれ。リアンクールの奴めがしゃしゃり出てきおってな。この屋敷を臨時避難所としてパーティー客、及び現在このブロック周辺にいる人々に解放せよとな!」
「なっ……リアンクール公爵様が?!」
これにはさすがのルシエンヌも言葉を失くした。
リアンクール公爵は、アルトワ公爵家、オルレアン公爵家と並ぶアルビオン三大公爵家の筆頭。
王族とのつながりも三家のうち最も強く、その当主は代々、聖騎士団の名誉元帥を務め、事実上、国防の権限すべてを手中に収めている家系だ。
そんなリアンクール公爵からの避難指示は女王陛下の避難指示と同義であり、アルトワ公爵にはもちろん断ることはできない。
「な、なぜリアンクール公爵様はいきなりそんな御指示を?!」
「わからん。パーティーの初めに息子と話していたと思ったら、突然そう言い出しおった」
「息子……?」
ルシエンヌは首を傾げる。
「リアンクール公爵様には、たしかとても愛らしいお嬢様がいた記憶ですけど?」
アルトワ邸や王城での茶会で度々見かけたことがある。
おしゃまで愛くるしいリアンクール公爵令嬢はまだほんの子どもだったし、令息の話など茶会でも出ていなかった。
「ああ、それは後妻との間の令嬢だ。リアンクールの奴には、亡き前妻との間に息子がいる。しかもその息子がおそろしく優秀な息子でな。亡き母君は王女殿下だしな」
「なんですって?! では王族に連なる方ではないですか!」
「そうなのだ、だから粗相のないように対応せねばならん。この避難指示もあの小賢しい息子の差し金かもしれんが、文句も言えんのが癪に障るわい」
権力の特権を貪る父娘は、また権力に弱い。
彼らより上の存在――リアンクール公爵家や王家の命令は絶対だ。
「ああっ、もうむしゃくしゃしますわ!!」
ルシエンヌはプライベートルームから遊戯場へ出た。
少々手狭だが、もともと小規模なパーティーも開けるスペースなので、一見、パーティーは続行されているような風景になっている。
ただ人々は社交の仮面をはぎ取って、本音の会話をするのに夢中だった。
一度怖ろしい光景を見た人々は、もうルシエンヌの誕生日祝いのことなど気にするどころではない。
「皆さま、ごきげんよう」
ルシエンヌが学園の生徒たちがいる場所を真紅のドレスを見せつけるように歩いても、誰も見向きもしない。
『ところでさっき、ビビアン・ローレンスがいたよな?』
『あ、やっぱり? あの剣の動きはそうだと思ったんだよ』
『細剣をあのスピードで操れるのは『剣姫』だけだからな。さすがって感じだったよな』
『だとすると、あのダンスでひと際目立っていた紫色の御令嬢、彼女がビビアンだったってことか?』
『やっぱり女はドレスで化けるな!』
『いや、僕はビビアンは美人だと思ってたけどね』
「なにを……なにを言っているのみなさん」
ルシエンヌは怒りに震える。
なぜみんな、ビビアンの話をしているのか? あまつさえ称賛しているのか?
『勇敢なお嬢さんがこの場所に皆を誘導してくれたらしい』
『すごいですわね、あの恐ろしい魔物を前にして、御自分より他の人たちを優先して逃がすなんて』
『ありがたいことですわ』
『ああ、紫色のドレスの御令嬢だね?』
『あの御令嬢は、息子の学校で剣姫と噂されているらしいですぞ』
『ほう、剣姫』
『剣姫ですか。容姿はあのように美しいのにそれは頼もしい。まるで神話に出てくる戦女神のようですな』
『ローレンス家といえば社交界では落ちぶれていますけれど、たしか男爵家ですわ。男爵家なら、今からでも気楽に息子との婚約を申し入れやすいですわね』
『そうですわ、あんな美しくて勇敢なお嬢さんだったら、生まれてくる子どもも強くて美しいにちがいないですわ。あなた、剣姫ビビアン・ローレンス嬢に今のうちに我が家も婚約の申し入れを』
『我が家も』
「婚約の申し入れですって?! お父様のお客様までビビアンを……!」
ルシエンヌは歯ぎしりするが、剣姫ビビアン・ローレンスを讃える声は止まない。
ルシエンヌのバースデーパーティーは一転、ビビアン称賛の場に変わっていた。




