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4-7 せめて、今だけ。



 楽団の奏でる円舞曲ワルツは華やかさを増していく。

 俺はビビアンの肩と腰をしっかり支え優雅な調べに乗りながらも、かなり困惑していた。


 社交の場でダンスをするのは慣れている。

 ダンスは義務であり、貴族としての嗜みであり、一種の社交術だ。


 そこには何の感情もない。

 あるのは家名を背負った仕事という白けた認識。

 今にいたっては任務中――のはずなのに。



 楽しい――俺は今、そう思ってしまっている。



 ビビアンはずば抜けた身体能力と反射神経を活かして俺のリードに完璧についてきている。

 身を任せつつ、ちゃんと自分でもステップを踏むその動きがまた、俺の次の動きを読んでの動きだからこちらもまったくストレスにならない。



 任務中に楽しいなどと、気が抜けすぎている。

 そう自分を叱責するが、どこかで別の自分がささやく。


――せめて、今だけ。


 この任務が終われば彼女との時間も終わる。

 彼女は学生で、俺とは違う前途明るい未来が待っている。

 彼女を俺の世界に巻きこんではいけないのだろう。



 だから、せめて。


 腕の中のビビアンを記憶に焼き付けるように、腕の中の彼女から目を離せない。





 アニーを捜していた視線がふとエドワードと重なって――翡翠色の瞳が優しい光を帯びていることに心臓が跳ね上がった。


 こんなエドワードは初めて見る。

 これは……パーティーの用の顔?

 エドワードは魔王だけど対応は大人だ。外向けに愛想よくできるから。

 光が散りばめられたようなこの微笑みはきっと、任務中でありパーティーだからだ。そうにちがいない!


 でも……エドワードを見て胸が高鳴ってしまっている自分に気付く。


 な、何考えてるのわたし!!

 わたしをリードして踊るエドワードはまるで御伽話の王子様みたいだ。


 でも、御伽話は時間がきたら消える。


 美しいドレスも優しい王子様も、すべて時間限定の幻想世界。

 でもだから。


――せめて今だけ。


 時間がくるまで、こんなわたしでもこの人に似合う自分でいたい。

 そう思わせるほどに、わたしをリードするエドワードは……素敵で。


 ダンスも楽しい。

 わたしはアニーを目で捜しながらも夢中でステップを踏んでいた。

 

 これもきっとエドワードのおかげ。


 エドワードのリードは完璧で授業でやったダンスとはまるで違う。

 わたしがエドワードのリードに身を任せると、エドワードはわたしの動きに合わせて次のステップを踏む。その動きは手に取るようにわかる。


 まるで自分が音楽の一部になっているような、そんな気がする。


 肩や背にかかるエドワードの手に力が入る。その力強さに途方もなく安心する。

 こんな安らかで楽しい気持ちは初めてで、わたしはゆったりとエドワードの腕に身体を委ねる。



 いつまでもこうしていたい、なんて、密かに思ってしまう。





『ダンスは学校の授業だけか?』

 レシーバー越しの声にドキドキする。身体の距離が近いから耳元でささやかれている気がする。

「そ、そうだけど」

『そうか』


(これで初めてだと?!)

――天性の素質。

 それはビビアンの剣技と戦闘を初めて見た時も思ったことだ。


「うちは男爵家だし、父様も母様も聖騎士団の仕事で忙しくて、こういう社交パーティーって参加したことくて。ダンスもドレスも何もかも初めてで……なんかすみません」


 ビビアンの青い瞳を見るのは初めてではないのに、吸いこまれそうになって思わず目を逸らす。


『べつに。あやまることじゃない』

 何かもっと気の利いたことを言ってやるべきなのかもしれないと思ったが、そんな余裕が今の俺にはない。



「エドワード?」

(どうしたんだろうエドワード、顔が赤いわ)

「体調悪い? ダンス止めて少し休んだほうが」

『なっ、なにも問題ない。もうすぐ曲が終わる。早く標的ターゲットを見つけろ!』

「は、はい」


(ビビアンとの距離が近すぎる……!)

 ターンするとビビアンの髪からふわりと芳香が立ち昇り、それだけで彼女の意外と華奢な肩や細いウエスに触れている手が熱くなる。


(ああまた心臓がうるさいっ。この距離感ではぜったいに俺の心臓の音を聞かれてしまうではないか!)

 エドワードはなんの汗なのかわからない汗を大量にかきつつ、高まる円舞曲の熱気に浮かされたように踊り続ける。

 この時間が終わってほしくないと、心のどこかで思いながら。


(体調が悪いわけではないのかしら?)

 わたしはエドワードを気に掛けつつ必死に目を凝らす。

 楽団が奏でる円舞曲はクライマックスを迎えていた。もうすぐ曲が終わることに反比例して、高揚していた気分が一気にしぼんでいく。



 もうすぐ、魔法が解けてしまう。



 自分は自分、って思ってる。父様のことも、亡くなった母様のことも大好きで誇りに思っているし、うちが男爵位なことを恥じたことも一度もないし、今だって何も恥じることはないと思ってる。



 でも、自分はエドワードとは違う世界に生きているんだ、という事実をこのダンスで、パーティーで、突きつけられて。

 そのことが、心臓が抉られるように悲しいのは……何故?



 曲のクライマックス、弦楽器が盛大な響きを奏でているときだった。




「ビビアン?」

 

 少し離れた丸テーブル。豪華に花が飾られたその脇に、ひょこっと淡いピンクのドレス姿がのぞく。

 髪をいつもと違って夜会巻きにしているけれど。



「アニー!」

 間違いない。あれはアニーだわ!

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