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4-6 華麗で残酷な円舞曲のはじまり



 わたしが何か言う前にエドワードからの通信が切れた。

 今行くって……なんかすごく声が冷えてたよね? またエドワードに「使えない」って怒られる?!


「ご覧ください。楽団が準備を始めましたよ。ダンスが始まるのでしょう。私はダンスには自信がありましてね。最初のダンスをぜひ、貴女と一曲踊りたい」

 わたしの焦りなど知らず、目の前の金髪碧眼の貴公子はぐいぐい迫ってくる。


 この人はたしか、八年生の先輩で他学年の女子のハートをもつかむモテモテな先輩、セドリック・ウェラー侯爵家子息だ。

 たぶんこの人もわたしが貧乏男爵令嬢『剣姫』ビビアン・ローレンスだということに気付いてない。


「いえっ、あの」

「貴女のような美しい人に会ったのは初めてだ。これは運命だ!」

 ひえええ! ウェラー先輩に手を! 手を握られた!!

 これは逃げられない……!

 怒りに燃えているであろうエドワードはわたしを捜しているし!



 逃げ場のなくなったわたしが先輩の手を振り払ってダッシュするべきか思案していると、楽団の指揮者が壇上に立って拍手が起こった。



 指揮者が手を上げ、奏者たちが楽器をかまえる。

 何組かの紳士淑女が周囲に促され、遠慮がちに大広間の中央に進みはじめる。

 パーティーで最初の一曲を踊るのは社交界でもダンスに定評のある人たちとパーティーのホストだ。

 ルシエンヌ様は取り巻いている男性たちからパートナーを選ぼうとはしゃいでいる。


「――失礼。貴殿はあちらに向かうべきでは?」


 低い声に振り返ると、エドワードが絶対零度の空気を纏って立っていた。

 ううう、やっぱり怒ってる!

 怖いっ……けどとりあえず助け船ありがとう!


 ウェラー先輩はエドワードの冷気と美貌に少し怯んだようだ。

「な、なんですか貴方は。彼女は私が先にお誘いしたんですよ!」

「そうでしたか。妻が他の方に目をかけていただけるなんて光栄ですね」

「つ、妻?!」

「ええ、彼女はわたしの妻ですが、何か?」


 言外に「だから離れろ」という空気を出したエドワードの冷気に、ウェラー先輩は負けた。


「そ、そうでしたか、人妻……ならば仕方ない」

「今宵の主役がダンスのパートナーを探しているようですが」


 ウェラー先輩はすごすごと肩を落として、ルシエンヌ様がはしゃいでいる方へ歩いていった。


「なんか背中に哀愁が……気の毒ですね」

「気の毒ですね、じゃないっ! 群がってくる者どもくらい自分で対処しろアホが!   作戦に支障をきたすだろうがっ」

「ひえっ、すみませんっ」

「で? 標的は見つかったのか」

「ええ?! えっと……」


 ダンスの始まりにざわめく人波に目を凝らす。

 けれど人が多すぎてやっぱりアニーの姿を見つけられない。


 そのとき、楽団がワルツを奏で始め、大広間中央では紳士淑女が踊りはじめた。ルシエンヌ様はウェラー先輩をパートナーにしたらしい。


「――不本意だが仕方ない。ダンスはできるな?」

「へ? ダンス? それなら学校の授業で少しだけ……ってちょっと?!」


 エドワードはわたしの手を引いて素早く動き、ワルツの調べに乘る紳士淑女の中へしなやかに混ざった。


 えええええ!!



「ちょ、無理無理!! ダンスとか無理ですって!!!」

「時間がない。リードするから適当に動きを合わせろ。おまえは踊りながら周囲を見て、友人を捜せ。学園の生徒たちは前列に集まっている」

「そんな、ってわわ?!」


 エドワードの腕がわたしの肩と背をしっかり支え、ふわ、と足元が浮いて回転する。大広間中央にいくつものドレスの花が咲き、歓声とどよめきが上がった。


 くううう……こうなったらやるしかない!!


 わたしは必死にエドワードの動きについていきつつ、周囲にアニーの姿を捜した。







――大広間から華麗な円舞曲ワルツが聞こえてきた、ちょうどそのとき。



「失礼、遅くなってしまったね」



 欠伸をかみ殺して座っていた受付は、柔らかい声にサッと背筋を伸ばした。

 そして目の前に立つ人物を見上げ、内心首を傾げる。



 美しい男だった。一筋だけ銀色の毛束が流れる長い黒髪を一つに括り、透けるような白い肌に中性的に整った顔立ち。緋色の瞳は珍しく、神秘的だ。

 そして男は、変わった服装をしていた。

 黒い長衣は上級詠唱者(テイマー)の正装に似ている。

 しかしあれは、白衣ではなかったか。黒い長衣を纏う詠唱者など、そもそもいないはず――。



「いらっしゃいませ。招待状を拝見いたします」

「招待状? 困ったな。そんなものは持っていないよ」


 男は背筋がぞくりとするような妖艶な笑みを浮かべる。


「そ、それですと、たいへん恐れ入りますが会場へは――」

 魅入られるように男を見上げていた受付の言葉が止まった。

「いいだろう? 最高に華麗で残酷な円舞曲ワルツを約束するよ」

 

 とん、と男の長い指が受付の額に触れている。

 その薄く形のよい赤い唇から何事か言葉が紡がれていた。



 刹那、男の身体が力を失くしてテーブルに崩れ落ちた。

 男は妖艶な笑みを深くする。



「おやすみ。これから本当のパーティーが始まるというのに、君には聞こえないね――永遠に」





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