4-5 作戦開始
振り向くと、わたしたちだけと思っていたテラスに五、六人の人影が立っている。
黒地に赤のライン、金色のボタンやラインの入った憧れの聖騎士団の制服。
それをまとった集団が、そこにいた。
「面倒なのが来た」
ボソッと呟き、エドワードが数歩進み出てわたしを背後にやる位置に立った。
わたしはエドワードの背中からそっと観察する。
先頭に立つのは栗色の巻き毛をポマードでなでつけた筋骨隆々の男の人だ。
エドワードより少し年上に見えるその人が嫌な笑みを浮かべたため、パーティーのはじまりから混乱していたわたしの頭はすーっと冷めていった。
なんだろうこの人。すごく嫌な感じがする。
「――アントニオ・ボルチモア」
「ほう、覚えていてくれて光栄だよ。噂じゃかつて聖騎士団きっての俊英と言われた君は一介の商人に落ちぶれたって聞いていたものでねえ。元気そうで何よりだ」
「そりゃどうも。あんたも元気そうで安心したよ。面倒なことは部下やチームの者に押しつけて家柄だけで出世していく人間なんて、いつか部下に刺されるだろうなあと心配していたんでね」
彼の背後で数人がぷっと吹き出したが、巻き毛ポマードがぎろり睨むとしんと静まった。
「相変わらずの減らず口だなエドワード」
「べつに。事実を述べたまでだ」
「黙れっ。天才だかなんだか知らんが今じゃただの卑しい商人だろうがっ。聖騎士団少尉の私に対する今の無礼な発言に土下座して詫びろ!!」
威嚇するように顔を近付けてきたアントニオ・ボルチモアさんに、しかしエドワードは微塵も動じない。
「そうしてもいいのだが少尉殿。俺は今日、聖騎士団長官ジョージ・ブライトの代理人としてここへ来ている。よって貴殿に土下座することは長官が貴殿に土下座するのと同じこと。それは致しかねる」
「なにっ?! デタラメを言うなっ!!」
エドワードがタキシードの上衣から無言で白い封筒を差し出す。
それを引ったくって穴のあくほど見たアントニオさんはイノシシのような形相で顔を真っ赤にした。
「最近貴様が聖ベルナルド塔へ現れると聞いてまさかとは思っていたが……辞めた後までもブライト長官を誑かしやがって!!」
「ヘンな言いがかりはやめてほしいね。むしろこっちが誑かされてコキ使われているんだが。今日俺がここにいるのは聖都に入りこんだレッドキャップを殲滅し、民間人を避難させるためだ。これって商人としての俺の職域を越えていると思わないか?」
「何っ?! 殲滅作戦は我らが命じられたのだぞ?!」
「その殲滅作戦の指揮は誰なのか聞いてないのか」
「当然ブライト長官だ!! 私はブライト長官直々に命令を――」
そこまで言ってアントニオさんはハッとする。
エドワードが続けた。
「――そういうことだ。俺はブライト長官の《《代理人だ》》と言っただろう。ブライト長官が聖都守護魔法陣修復・防衛作戦に出ている今、この現場の指揮権は俺に託されている。指示に従ってもらおう」
「ええいっ黙れ黙れぇええ!!」
髪を振り乱してアントニオさんは叫ぶ。ほんとにイノシシみたいだ。
「誰が貴様の指示になど従うかっ!!」
「そうか? ならば別行動でいいんだな」
「当たり前だっ! ただし決して我々の任務の邪魔をするなよ?! 我々はすでにアルトワ公爵よりパーティー警備に関する指示をいただいているんだからな!」
「へえ、どんな?」
「ど、どんなって……貴様なんぞに言う訳ないだろうがっ!!」
アントニオさんは踵を返し、どすどすと地面を踏みならして行ってしまった。その後ろをあわてて追いかける聖騎士団の人たちを見て、エドワードが眉間を寄せる。
「ふん、ボルチモアのあの反応じゃ、アルトワ公爵は予想通り、聖騎士団をただの警備員として屋敷の中で巡回させるだけのつもりらしいな」
「ええ?! なんのための聖騎士団の警備ですか! 屋敷周辺も巡回、何なら避難誘導も協力してもらわないと!」
「その通りだが、ボルチモアのあの態度を見ただろう。聖騎士団はアテにならない」
「そんな」
「いる人材と使える物で勝負するしかない。俺たちは打ち合わせ通りの作戦を開始する」
エドワードの言うことはもっともだ。
わたしは腹をくくった。
「そうね。やれるだけやるしかないわね」
「俺は避難場所を確保するために動く。おまえは友人を捜せ」
わたしが頷くと、エドワードはテラスの窓から大広間の中をちらと確認する。
「素直にこちらの指示に従ってくれる人たちをまずはできるだけ大広間に集めろ。そうだな……部屋の左右にあるマントルピース、そこに客を集めよう。そこを避難場所に通じる移動地点にする」
「わかったわ」
「避難場所の確保ができたらすぐに連絡する」
「了解」
折しも大広間では盛大な拍手が上がっているところだった。わたしたちはテラスの窓から中をうかがう。
「ルシエンヌ様だわ」
真紅のひらひらしたドレスをまとったルシエンヌが、大広間前方の壇上に上がってグラスを片手に何か話している。パーティーの主役として挨拶をしているのだろう。
「あれが主役か。南の海に生息するという毒を持った怪魚のようだな」
エドワードの例えが的確すぎてわたしはぶふっ、と吹きだした。
「で、隣にいるのがアルトワ公爵か。ブタに怪魚とは面白い組み合わせだな」
「……前から思ってたけどエドワードって毒舌ですよね」
「べつに。事実を述べただけだ」
魔王、素でそう思っているらしい。
「状況はレシーバーで確認し合う。――では行くぞ」
わたしたちは大広間に入ると、乾杯に湧く人波の中を左右に分かれた。
♢
「――いた」
エドワードは早くも標的を見つけた。
数人の紳士とにこやかに歓談している背の高い人物。
年齢を感じさせない体躯と白髪交じりの口ひげに貫禄があった。
「……これも任務だ。仕方ない」
先ほどビビアンに向かって言った言葉を反芻する。嫌なことでも任務だと思えば何とかなる。なるはずだ。
「時間がないんだ。早く終わらせろ」
エドワードは自分に言い聞かせ、深呼吸して紳士に近付いた。
「――ご歓談中失礼」
エドワードの声に紳士が振り向く。
紳士のエメラルドグリーンの瞳が驚愕に見開かれた。
♢
「アニーはどこかしら……」
なにしろ人が多い。
見慣れた制服姿ではないためアニーを見つけるのは難しい。
そして。
「すみません、どちらの御令嬢で?」
「ルシエンヌ嬢のご友人でしょうか。ぜひ一緒にお話など」
「このあとダンスがあるそうです。ぜひ御一緒に一曲いかがです?」
数歩いくごとに男性に話しかけられ、ちっとも前に進めない!
「いえ、あの、すみませんっ、つ、つつ連れがおりまして……」
おそらく「夫が」と言えば瞬殺だろう。
でもっ、わたしはエドワードみたいに平気な顔で「妻」とか言えないからっ!
それにそれに。
驚くことに、言い寄ってくる人たちの中にはマーリン魔法学園の同級生や先輩がけっこういる。
もちろん、わたしだってことに気付いてない。
彼らにいつ正体を見破られるかハラハラしてしまう。
やっとのことでまた一人かわしてあたふたしていると、レシーバーからエドワードの声が聞こえてきた。
『……標的と接触完了』
「ええっ、もうですか?!」
『この作戦は時間勝負だ。避難場所を確保した。マントルピースを移動地点にする設定も済んだ。あとは避難場所とマントルピースを移動魔法で繋ぐだけだ』
「早っ」
『先ほど言った通り、指示に従ってくれる客からマントルピースの前に誘導しろ』
「わ、わかったわ」
『おまえは標的に接触したのか』
「う、まだだけど」
『遅い!』
「だ、だって! ていうかパーティーって歩いているだけでこんなに話しかけられるものなの?!」
『は?』
そのときまた「失礼、一人かな?」と男性に声をかけられ、ビビアンは思わず声を上げた。
『どうした?』
「が、学園の先輩がっ」
ビビアンがあたふたしている間にも、学園の先輩は近付いてきてビビアンに微笑みかける。
ややあって、レシーバーからエドワードの溜息が漏れた。
『……おまえの位置が見えた。そこにいろ。今行く』




