1-3 魔物の襲撃
わたしは教科準備室を飛び出し、急いで図書館に向かった。
学園内にはもうほとんど人影がない。再試はすでに始まっている。アニーに無事な姿を見せたら、わたしも魔法薬学の教室へ行かなくては。
図書館のスフィンクス像の前でアニーは不安そうにキョロキョロしていたけれど、わたしを見つけるとうれしそうに笑んだ。
「ビビアン! 怪我はない?」
「この通りピンピンしてるわ! 待っててくれてありがとう。古文書も回収できたし、わたしは再試に――」
言葉が止まったのは、周囲の空気がざわりと変わったから。
「!」
反射的に発動した防御魔法。そこに振りかざされ火花を散らした斧にわたしたちは戦慄した。
悲鳴や逃げろという怒号が響くが、それらが遠く感じるくらい衝撃を受けていた。
わたしたちはいつの間にか背の低い魔物に取り囲まれていた。
その数、四体。
土気色の肌、黄色く光る獣のような眼。そのまま武器になる黒く長い鉤爪。そしてすべての個体が被る鮮やかな赤い帽子と小型の斧。
「う、嘘……レッドキャップだわ!」
レッドキャップ――その性凶暴残虐にして狡猾。
下級魔物だが群れで悪事を働くため厄介で、見かけたら即退魔という魔物だ。
「聖都へ魔物は入って来られないはずですわ! どうして」
「アニー、伏せて!!」
わたしはとっさに火魔法を発動する。アニーを狙った凶爪を魔炎が燃やし、レッドキャップは咆哮を上げた。
「ぐぐぐがぅあう!!」
吼えた影がゆらりと揺れて突進してきた。
わたしは跳躍し、素早くアニーと魔物の間合いに入る。魔斧を受けた棍棒が無惨に折れた。
同時に脇から振り下ろされた凶刃を避けきれず――腕に熱い刺激が走る。
「くっ……」
「ビビアン!」
アニーが悲鳴を上げる。腕を生温かい感触が伝う。
(どうすれば……!)
この場で最善の方法は。
――勝機がある道を選ぶのよ。より多くの命を助けるの。
母様の言葉が耳の奥に蘇る。
そう、最善なのは勝機が見いだせる方法。
より多くの人を助ける道よ!
「アニー! 校舎へ行って先生たちに知らせて! わたしはここで踏みとどまる!」
「そ、そんな! ビビアンを置いていくなんて」
「やるのよ! でなければ二人ともやられる!」
魔法士の分類上、アニーは詠唱士、わたしは騎士。
魔物の急襲には、まず詠唱士が詠唱で魔物を足止めして時間を稼ぎぐのが戦闘のセオリーとされる。
けれど実力から考えると、詠唱士としてのアニーより騎士としてのわたし方が魔物と対峙できる可能性が高い。
だからわたしがこの場に残って魔物を食い止めるのが最善の道。
それを理解したアニーは青ざめた顔で、でもしっかりと頷いた。
「気を付けてビビアン!」
「大丈夫! そんな簡単にやられないわ!」
わたしはありったけの強がりで笑顔を作り、校舎に向かって走るアニーをかばうように立つ。
棍棒を握り直し魔力を集中させると棍棒がうっすらと発光する。赤い帽子の醜悪な魔物は低く唸った。
瞬間、奇声を上げて襲いかかってくる。
(数が多い! 防御魔法を使わないとやられるのは時間の問題だわ!)
けれど多勢に無勢、魔法を発動する間もなく、必死で棍棒をふるい応戦するしかない。
『ワタセ!』
突如、低い叫びが聞こえた。
渡せですって?
わたしは周囲をサッと見回す。アニーの姿はもう見えない。周囲にはいつの間にか誰もいなくなっている。
「レッドキャップがしゃべった……?」
いや、でもまさか魔物が言葉をしゃべるなんて――
『アルジサマノチカラヌスムモノユルサナイ』
『カエセ』
『アルジサマノチカラカエセ』
やっぱりしゃべってる?!
『カエセェ!!』
そのレッドキャップが突進してきたときわたしは斬撃をかわした直後で体勢が崩れていた。振り下ろされる凶刃がはっきりと見えた。
(避けきれない!)
――刹那。
轟音が宙を裂いた。
思わず伏せる。周囲には凄まじい咆哮と重い音がどうと地面に響く。
おそるおそる見れば、レッドキャップたちの額には白銀に光る穴が開いていた。
「聖弾?!」
石畳に崩れ落ちた異形は黒砂となって消えていくところだった。間違いない。土気色の額には白銀の弾痕が穿っている。
「普通の銃弾じゃない。これは聖弾の痕だわ。なぜ……」
「――何を持っている?」
突然の声にハッと顔を上げると、いつの間にか人が立っていた。