4-1 アルトワ公爵邸
聖都ロンディニウム特別地区内、ナイトビーン地区。
いわずと知れた上流貴族の住宅地。その中のひと際大きいクリーム色の五階建てビル、それがアルトワ公爵別邸だ。
駐車場、キャブリオレ停車場なども含めるとその敷地はワンブロックに及び、聖都ロンディニウムに存在する貴族の別邸の中でも最大級の敷地と広さを誇る。
ビルには広い中庭があり、緑鮮やかな芝生の上にはメイドや給仕が忙しく準備に行き交っている。
そしてその真ん中で、縦ロールの金髪を揺らしてキンキン声を上げるルシエンヌの姿があった。
「ちょっとっ、風船はもっと白を多くしてちょうだい!」
一階の大広間から続きとなった中庭のパーティースペースには主役であるルシエンヌの学友たちをもてなす場所となるため、ルシエンヌ自ら出てきて指示を出しているのだった。
「あ、あのお嬢様、お言葉を返すようですが、さきほどお嬢様が水色をたくさんとおっしゃったので……このような装飾にしたのですが」
「さっきはさっき、今は今よ! インスピレーションが湧いたのよっ。白がいいのっ。 早く白い風船を増やしてちょうだいっ」
「か、かしこまりました」
こんな調子なので、パーティー直前の今となってもこのエリアだけはこうして使用人がバタバタと駆けずり回っているのだ。
「ルシエンヌ、ずいぶんと準備に余念がないな」
「お父様!」
ルシエンヌはアルトワ公爵の蛙のような腹に抱きついた。
「ご覧になって、お父様! あたくしが飾り付けを考えましたのよ!」
中庭は風船やリボンでごてごてと飾られ、すこぶる歩きにくい状態になっている。
「おおルシエンヌ、とっても素敵だね。だがここは狭い別邸だから、もう少し飾りはない方が歩きやすいんじゃないかね」
「えー、つまんなあい。でもわかったわお父様。今日はお父様のご友人や政財界の要人の方々も多くいらっしゃいますもの。窮屈に思われてはいけないわ」
「良い子だねえルシエンヌは。夏に所領に帰ったら、もっと派手に、広さなど気にせずパーティーをもう一度やることにしよう」
「うれしい! お父様大好き!」
肉が二重にだぶついたアルトワ公爵の首にルシエンヌが抱きついたとき、執事がやってきた。
「旦那様、聖騎士団の方々がお見えでございます」
「おお、そうか、今行く。ルシエンヌ、そろそろドレスに着替えてはどうだ? あの赤いドレスはさぞかしおまえに似合うだろうからねえ」
「うふふ、なんといっても超一流のデザイナーに作ってもらったドレスですものね!」
今日、このパーティーで最も輝くのは主役であるこのあたくし――ルシエンヌはドレス姿を友人たちに見せびらかすのが楽しみで仕方がない。
友人たちといえば。
(魔物がどうとかでパーティーを辞退したいという不届き者が何人かいたわね)
このロンディニウムに魔物などと何を馬鹿気たことを言ってるの! と一蹴したので彼ら彼女らも来るとは思うが。
(そういえば、昨日は学園も途中から急に休校になったわねえ)
欠席者多数が理由らしい。
流行り風邪かと思っていたルシエンヌだが、魔物がどうとか話している者の姿をちらほら見た気もする。
「お父様、ロンディニウムに魔物が出るって本当ですの?」
学園では取り巻きにちやほやと囲まれ、学校の登下校も徒歩五分の距離を自動車で行き来しており、室音調整魔法で田園の小鳥のさえずりや小川のせせらぎが流れる屋敷の中、使用人たちはルシエンヌの耳に心地よいことしか言わない。
外界とすっかり遮断された生活をしているルシエンヌは、今、ロンディニウムがどういう状況になっているか知らないのだった。
「そういう話も聞いておるが何かの手違いだろう。強固な守護魔法陣に守られたこのロンディニウムに魔物など出るはずがない」
「そうですわよね、よかった。学園でおかしなことを耳にしたものですから」
「なに、心配はいらん。万が一のために今日のパーティーは聖騎士団に警備をしろと言っておいたからな」
「まあ! 聖騎士団に警備をさせるなんてさすがお父様ですわ!」
「はっはっは、大事な娘の誕生日祝いを妙な騒ぎで台無しにされたくないからな!」
(聖騎士団の警備なんて素敵! これでまた学園の者たちはあたくしにひれ伏しますわね。そし超一流デザイナーのドレスを着れば……最高のバースデーパーティーになること間違いなしですわ!)
ルシエンヌはほくそ笑み、意気揚々とドレスルームへ向かった。




