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3-8 死霊魔術


――ロンディニウム郊外


 聖都を囲むように広がる広大な森林の中、そこだけぽっかりと穴が開いたような白いエリアがある。

 樹齢千年を超える白灰色の大樹が作るそのエリアは太古の森と言われ、その名の通り太古からの姿をとどめている。

 太古の森は神の領域とされ、昔から足を踏み入れる者はない。


 その森の中を進む若い人影があった。


 地面には複雑に入り組んだ木の根が張り出す。その地面を、何の障害も無いかのように青年は進む。黒衣の裾は長く足は見えないから、宙に浮いていると言われても不思議はない。


 上級魔法士でも浮遊魔法は困難だと言われるが、それを容易くやってのけてしまう雰囲気がその青年にはあった.


 一筋だけ銀色の毛束が流れる長い黒髪を一つに括っている。

 透けるような白い肌に中性的に整った顔立ちの中、緋色の瞳が印象的だった。


 その緋色の双眸が、大樹の枝を見上げた。

 森だというのに生き物の気配がしない中、枝に一羽の鴉が止まっていた。それはひどく不吉な光景に見えた。


 しかし青年は穏やかに鴉を見上げ、緋色の瞳を和ませ腕を上げる。

 すると鴉は滑るように青年の腕に降り立った。

 その嘴から、くぐもった人語が漏れる。


『エドワード・クラインがブライト長官に会いにきた。マーリン魔法学園の女子生徒を一人、連れている――見張りの者の伝言です』


 青年は形の良い眉をわずかに上げた。


「へえ、思ったより早かったな。それで? 聖都の様子は?」

『聖都の中はレッドキャップの動きによりしだいに混乱してきております。我らの思惑通りかと。ただ、我らの邪魔しようとしている者が』

「聖騎士団とあの男だろう。それは想定内、むしろあの男が出てくるように私が仕向けたのだから戦況は上々ということだ」

『指輪は見つかりませんが』

「いい。今の報告でわかった」


 端整な顔が微笑む。


「指輪は見つからない。でもガドゥが反応しているのだから、きっと聖都の中にある。で、あの男少女を連れていた。どうやら、その少女が指輪を身に付けてしまっているようだね」


 ちょうどベンチのように大きく張り出した大樹の枝に、青年は腰かける。鴉は小さく羽ばたき、黒衣の肩に載った。

 束ねた長い黒髪を弄い、邪悪な美神のようなその顔が楽しそうに笑みを深める。


「だったら、その女の子を手に入れなくちゃね」

『いかがしましょう』

「そうだな。そろそろ頃合いかな」


 そのとき、白い木々の間を大きな影がのっそりと進んできた。

 愚鈍な動きで青年の前に立った巨影は、かつて太古魔と言われその封印を聖騎士団が悲願としてきた魔物――ガドゥだ。


 土気色の醜悪な身体、真っ白な眼球からは生気がまったく感じられない。


「今のおまえは私の傀儡。死霊魔術ネクロマンシーで私に仮初の魂を与えられ、己の欠片を惨めに集める憐れで醜い存在だ」

『ウ……我ノ身体、アト一ツ集メル。御主人サマ、ノ言ウコト我聞ク』

「そうそう、良い子だ。おまえの一部を持っている少女のところへ行こう」

『我ノ一部持ッテル! 寄越セ! 許セナイ!』

「そう、許せないよね。だからその少女をさらい、指輪を手に入れよう。そのためにおまえは私を助けるんだ――いいね?」



 生き物でも死せる者でもないおぞましいゾンビは、主の命令を受けて再び白い木々の間に消えた。


 青年はそれを見送り、静かに立ち上がる。


「森を出る」

『しかし』

「いいんだ。そろそろだと思っていたところだ。何より、古い友の顔を見るのもこの計画の目的だから」


 青年は鴉に何事が囁いた。


『御意』

 鴉は短く応答すると、静かに飛び立った。

 空を見上げて、青年は呟く。



「君が私以外の人間を傍に置くなんて、らしくないね。指輪のことがあるとはいえ、君らしくない。よほどその子のことが気に入っているの? それはちょっと妬けるなあ」


 青年は楽しそうにくつくつと喉を鳴らして嗤った。



「君からその子を奪ってやったら、君の綺麗な顔はどんな表情をするんだい?――ねえ、エドワード」



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