3-5 戦闘熱を冷ますのに向かった場所は
「脱げ」
翡翠の双瞳は揺るぎなくわたしを見ている。
冗談を言っているようには見えない。
『クライン商会』の隣室、『Private』のプレートが掛かる部屋に入るなりエドワードがわたしに告げた一言がそれだった。
「な、な、な……」
全身が沸騰して言葉が固まる。
わたしはありったけの力を振り絞って叫んだ。
「何言ってんのよこのセクハラ男ーっ!!」
♢
「エドワード様が大変失礼をいたしました」
「そんな! グレゴリーさんは何も悪くないですよ!」
わたしは懸命に主張するが、グレゴリーさんはふるふると首を振った。
「いいえ、エドワード様の失態は私の失態です。どうか、お許しを」
「も、もういいんです、事情はわかりましたから……あの、それより」
わたしは着替えたパステルブルーのワンピースを見下ろす。
ウエストが程よく絞ってあり、裾に向かって広がるスカートのひだがとても上品で美しい。襟と袖口にあしらわれた控えめな白いレースがとても洒落ていた。着心地もとてもいい。しっとりと肌に馴染んでいる。
きっと高価な品にちがいない!
「こんな素敵なワンピース、着てしまっていいんでしょうか……て着てから言うのもなんですが……きっと、すごく高級なものなんだろうなって」
私の心配を察したのか、グレゴリーさんが優しく微笑んだ。
「こちらで用意する品物すべて、ビビアン様は何の心配もなさらなくて大丈夫でございますよ。エドワード様が商用に見立てて仕入れた品ばかりでございますから」
「えっ、このワンピース、魔王……こほん、エドワードが選んだんですか?!」
あんな性格だけど趣味の良さは認めざるを得ない。
「ええ。エドワード様はクライン商会で扱う品物すべてをご自身でお選びになります。ご婦人用の品はエドワード様がご自身で試せませんので、ビビアン様にお使いいただけてありがたいのでございますよ」
そう言ってもらえると、少し気は楽になるけど……。
なら、商品レビューをきちんとしなくちゃね!
グレゴリーさんに促されて下へ降りると、ビルの前に黒塗りの立派な自動車が停まっていた。
中には、ダブルのスリーピースのライトグレースーツを着た端麗な姿があった。
「ワンピース、ありがとうございます。着心地がとても良いですよ。肌に馴染みます」
車に乗りこんで正直な意見を述べると、エドワードは少し驚いた顔をした。
「ほう、そうか」
「こんな素敵なワンピース着させてもらえるんですから、感想くらいお安い御用ですよ」
「そ、そうか。感想はありがたい。うん。その……もう少し聞いても問題はないか」
「……?」
エドワードの態度にわたしが首を傾げていると、グレゴリーさんが運転席から控えめなフォローを入れた。
「何の見返りも無くご感想をおっしゃってくださるご婦人は稀有なのでございます。エドワード様が仕入れた品のご感想を聞きたくてご婦人にお品物を送りますと、その……いろいろと勘違いをなさったり御期待されるご婦人が大半でございまして」
ああなるほど!
確かにね。こんな美形にワンピースやら靴やら香水やら贈り物されたら、お付き合いの証なの?!って勘違いされても仕方ないわね。
エドワードが大きく咳払いした。
「で? ビビアン、袖が長いのが着替えにくくなかったか?」
「ファスナーがもう少し広く開けばいいなと思いましたが」
「なるほど。襟の高さは気にならないか?」
エドワードはわたしから聞き取ったことを速記魔法で革の小ぶりな手帳に書き取っていく。
「……なるほど。たいへん参考になった。シンプルかつわかりやすい感想でよかったぞ。目の付け所も悪くない。おまえは意外にもなかなか使えるな」
「意外は余計ですっ。ていうか」
さっきのセクハラ発言を思い出し、素敵なワンピースを見下ろして溜息をつく。
「外出するから身支度しろって普通に言えばよかったじゃないですか」
「いろいろ説明が面倒くさい。一言で理解してもらいたかった」
「それはレディに対して乱暴というものです、エドワード様。レディへは端的に申し上げる場合でも言葉に適切な装飾をされるのが紳士というものでございますよ」
グレゴリーさんが運転席から嗜めるとエドワードはぼそぼそと呟いた。
「善処する。グレゴリー、準備がよければ出してくれ」
「かしこまりました」
車は滑るように動き出す。
「で、どこ行くんですか?」
戦闘熱を冷やしに行くって言っていたけど。
「すぐにわかる」
これもきっとめんどくさいから説明しないんだろう。
めんどくさがりにもほどがあるんですけど!
通りひとつを挟んで特別地区と向かいあったクライン商会の前を出た車は、物々しい警備を通って特別地区に入った。
「特別地区は聖騎士団が警備してるんですね」
「特別地区は官庁や学校が多い。女王宮もある。ブライトはああ言っていたが、動かせる小隊五個のうち一個は特別地区の警備に割くはずだ」
「そうだとすると、ルシエンヌ様のバースデーパーティーを聖騎士団に警備させるって、かなり無理なリクエストなのでは」
「ああそうだ。女王陛下の容態悪化で議会も騒がしい中、貴族院議長のアルトワ公爵は次期女王選出の根回しを娘の誕生日にかこつけてやるつもりなんだろう。典型的な権力乱用だな」
そうなんだ。
そんな政治的な目論見があったなんて……。
ならば、ますますアニーは、というかアニーのお母様はパーティーにぜったい行くはず!
しっかり戦闘熱を冷まして明日に備えなくては!
「ところでどこに向かっているの? 戦闘熱を冷ますんじゃないの?」
「もうすぐ着く」
きらびやかな商店が並ぶ通りを車はゆっくり進む。
この通りは学園の帰りにもよく通る道で、わたしが歩いている横を侯爵家や公爵家の人たちが送迎の車が通っていく。だからこうして自分が車窓から外を眺めるのは変な気持ちがする。
そして車は、見覚えのある白亜の建物の前で止まった。
「キャッスルトンティールーム!」
白い建物にロイヤルブルーの旗が目印の老舗のティールーム。
ロンディニウム、いいえ、アルビオンに住んでいる人ならいつかは行ってみたいと憧れるティールームだ。
「ビビアン様、どうぞ」
グレゴリーさんが恭しく車のドアを開けてくれて、わたしは外に出る。
「うわあ……」
いつも遠くから眺めるだけだった憧れのティールーム。
紅茶好きのわたしにとっては聖ベルナルド塔と並び、ここが人生最大の目標地点と言っても過言ではない。
「また口が半開きでアホ丸出しだぞ」
隣の魔王からのツッコミでわたしは現実に引き戻される。
「あの、ここが目的地?」
「そうだ。行くぞ」
いってらっしゃいませ、というグレゴリーさんの見送りを背に、わたしはエドワードに続いてドアマンが開けてくれたガラス扉をくぐった。




