1-2 謎の指輪
ルシエンヌ様に目を付けられたのは、たぶん、いや間違いなく剣術の授業がきっかけだ。
わたしは座学が苦手。
もちろん!聖騎士になるため、日々努力はしている。
でも……テキストを開いて座っていると、おそるべき睡魔がわたしを誘惑するのよ!!
かくてわたしは睡魔と戦いながらテキストと格闘することに……。
よって、テストは再試が多い。
定期テストはいつもギリギリセーフだ。
でも実技実験は得意中の得意!
特に剣術は誰にも負けない。
だから座学の失点を取り戻すため、わたしは実技の時間は全力でがんばる。
それが裏目に出たというか。
あれは忘れもしない、魔法学園に入って間もない一年生のとき。
初めての剣術実習の時間、わたしはルシエンヌ様と対戦した。
そりゃわたしだって悩んだ。
だって相手は公爵令嬢だもの。
全力で対戦していいのだろうか?
悩んだ末――わたしは手加減無しの全力で対戦に挑んだ。
『剣術は魔物を退魔する神聖な技。あたくしはその鍛錬は欠かしませんし、全力で取り組んでいますわ!』
ルシエンヌ様がそう言っているのを小耳に挟んだからだ。
入学当初から存在した取り巻きの方々も『ルシエンヌ様の剣術の腕は素晴らしいですもの!』と褒めそやしていた。
(そうよね、剣術は神聖なもの。さすがルシエンヌ様は公爵令嬢、高尚なお心をお待ちだわ。相手が全力ならこちらもいつも通り全力で戦うべきよね!)
こうして世間知らずなわたしはルシエンヌ様と全力で対戦した結果――完膚なきまでに圧勝してしまった。
ルシエンヌ様や取り巻きの方々の発言はわたしの《《聞き間違い》》だったらしい。
ルシエンヌ様は対戦用の剣を片手で持つことすらできなかった。圧倒的に腕の筋力が足りないせいだ。
きっと刺繍針より重い物を持ったことがないような棒のような腕だったから、仕方ないと思う。
一方、わたしの見事な剣さばきの見事さは学年、いや学園中に広がった。
まるで舞うような剣捌きは、神話の剣姫のようだった、と。
自分で言うのもなんだけど、銀色の髪と湖水色の瞳を持つわたしは、剣を握らせたらアルビオン神話に出てくる戦女神の剣姫に似てるって小さい頃からよく言われたんだよね。
ルシエンヌ様の目もあるし、わたしの家は爵位の低い男爵家なので表立っては言われないけれど。
――ビビアン・ローレンスはまさに剣姫である。
称賛と羨望をこめて、わたしは陰でそう呼ばれるようになる。
公爵令嬢ルシエンヌ様の嫌がらせが始まったのは、その日からだった。
♢
「……無い」
あの古文書が消えていた。
ホームルームが終わり、再試へ行こうとしたときに気が付いた。
丁重にお返ししようと思っていたので机からは一度も出してない。
なのに、鞄も机もひっくり返したけれど無い。
その代わり、机の奥からメモが一枚出てきた。
『古文書は四号館教科準備室の木箱にある』
教室の隅からくすくすと笑い声が聞こえる。ルシエンヌ様と親衛隊がこちらを見て笑っている。
そういうことね。
アニーがメモを見て顔色を変えた。
「ビビアン、行ってはダメですわ。い、いくらなんでもやりすぎです、私、先生に通報しますわ!」
血相を変えるアニーにわたしは笑った。
「あはは、大丈夫大丈夫、ありがとう、アニー」
「ぜんぜん大丈夫じゃありませんわ!」
アニーが必死なのもわかる。
四号館教科準備室といえば、学園内で知らない者のない『呪われた教室』だ。
泣きそうなアニーを安心させたくて、わたしは言った。
「……じゃあ図書館で待ち合わせしない? 最終下校のチャイムまでにわたしが四号館から戻ってこなかったら、匿名で職員室に通報してくれる?」
今日は再試の日なので、クラブや委員会などの活動はすべて休止、用の無い生徒はすぐに下校することになっている。
再試の生徒は最終下校のチャイム後に試験を受けることになっていた。用もなく学園の中をうろうろすれば、先生方に怒られるのは間違いない。
図書館へは寄っていいことになっているから、図書館にいればアニーが怒られることはない。
「ほら、わたしって剣術や体術だけが取り柄でしょ? 攻撃魔法もそこそこ使えるし、下級の呪物くらいだったら何とかなると思わない? ね、だからは図書館で待ってて?」
「わかりましたわ……」
アニーは渋々頷いた。
「ありがと! じゃあ後ほど図書館で!」
わたしは急いで教室を後にする。
背中を追いかけてくるくすくす笑い。わかりやすすぎる悪意をぶった切るように、わたしは猛然と走った。
負けてたまるもんですか!
♢
マーリン魔法学園四号館教科準備室には、呪われた魔道具が数多く収納されている――学園内ではそう噂されていた。
生徒は原則立入禁止。
だから実はどんな部屋なのか誰も知らないのだけれど、学園の怪談の多くがこの四号館から発生していることから何かあると予想はできる。火の無い所に煙は立たない。
魔道具なのか呪具なのかあるいは他の何かなのか、程度の差はあれ危険物が収納されていることは確かだ。
「……にしては簡単に鍵が開いたわね」
あっけなく開いた教室のドアを閉めると、しん、と静かになった。
教室の中はかなり広い。拡張魔法が掛けられているのだろう。外側から見た広さの数倍はある。天井の高さも普通の教室の二倍はある。
そんな教室内には、所せましといろんな物が置かれていた。
椅子にテーブル、チェストに本棚。楽器や、たくさんの布。ガラクタにしか見えないが、これらはすべて魔道具あるいは呪物なのだろう。
「木箱は……あった。これよね」
箱はいくつもあったが、木箱と呼べる物は目の前に現れたこれ一つだ。
「いかにも、って感じね」
わたしは持ってきた剣術訓練用の棍棒の先で、木箱のバネ錠をぱちん、と外した。
刹那。
木箱の蓋が勢いよく開いて耳障りな咆哮が響く。同時にわたしは後方へ跳躍した。
開いた箱の縁にはずらりと鋭い牙が並び、蓋には赤い目がぎょろりと光った。
ミミックだ。
わたしはすかさず火魔法で手のひらに大きな火の玉を作る。
木箱が大きく口を開いて床を滑ってくる。
その瞬間、火の玉をその顎に放り込み棍棒で思いきりフタを叩き閉めた!
《イグニス レフリンゲレ!》
火魔法呪文を唱えた刹那。
くぐもった轟音と共に木箱がバラバラに弾け飛んだ。
「えっ? これで終わり?」
木箱の残骸はぱちぱちと爆ぜ、黒砂になっていく。
きっとルシエンヌ様親衛隊の誰かがテキトーにこの木箱を選び、古文書を放りこんでいったのだろう。
もっと複雑な魔法が掛けられていると思ったけれど、あっけなかった。
ルシエンヌ様たちはわたしがしょっちゅう再試を受けているので、魔法がロクに使えないと思っている。
「残念でした。わたしは実戦主義なんで!」
幼い頃、聖騎士である両親は遊びの一環で剣技や魔法を教えてくれた。
魔物というのは退魔されると魂は聖峰アトラスへ飛ぶと言われ、魂が抜けた肉体は黒砂と化す。
その黒砂の中からわたしは古文書を拾い上げ、軽くはたいた。
「はい回収完了。さっさと返したいわね……って、なにかしら?」
黒砂の中、きらりと光る物が目に留まり、わたしは再びかがむ。
「指輪?」
ガラスか水晶だろうか、透明な指輪。太くも細くもなく、宝石や装飾も付いていない。光を反射しなければ落ちていたことに気付かなかっただろう。
おそらく木箱の中にもともと収納してあった物だ。きっとこの指輪もなんらかの魔道具なんだろう。
ならば収納してあった木箱が消滅した以上、放り出していくわけにもいかない。
「しかたない、先生に届けるしかないか。でもこの部屋にいたことがバレたら怒られるだろうなあ……ルシエンヌ様に指示されたとかハメられたって言っても誰も信じないだろうしね……」
貴族社会の序列は、先生たちにも影響している。
わたしかルシエンヌ様、どちらかが叱られるなら、それはわたしなのだ。
憂鬱な気持ちで手にした指輪をあらためて見ると、とっても綺麗な指輪だった。
「特殊な金属なのかな?」
水晶のように透明で、透かすと光が不思議な色に映る。
小さい頃のお人形遊びを思い出して、わたしは指輪を左手の薬指にはめてみた。結婚ごっこ、よくやったなあ。
「わあ、ピッタリ!」
ちょっと大きいように見えたのに、指輪はもともとそこにあったかのようにピッタリはまった。
お洒落にはあまり興味ないけど、たまにはこういうのもいいかもしれない。透明だから、よく見ないと指輪があるって気付きにくいけど。
「ふふ、さりげないお洒落ってことで。こうしておけば明日先生に返すのも忘れないしね」
そのとき、最終下校の鐘が聞こえてきた。
「いけない、アニーが待ってるわ」