2-6 『魔法全書』と『奇跡の封印』の資料
一番上の資料はどうやって取るんだろう、という高さの棚がぎっしりと並び、室内に幾筋もの通路を作っている。
高すぎて高さが目測できない天井や壁にたくさんの照明があるので部屋の中は明るい。通路と通路の間には小さな閲覧机があり、そこには火の入ったランタンが置いてあった。
そんな室内を、エドワードはよどみなく歩いていく。どこに何があるのか、ちゃんとわかっているようだ。さすが元聖騎士。
耳が痛いくらいの静かさって、こういうのを言うんだろう。
鳥の声も、雑踏のさざめきも、風の音も聞こえない。
ただただわたしとエドワードの靴音が広く高い室内に響く。
「かつてガドゥが所有していた指輪は、確かマーリンの指輪だ」
「えっ、マーリンの指輪って、伝説に出てくるあれですか?」
偉大な魔法士マーリン。
アルビオン聖女王国の神話や伝説によく登場する。
「マーリンの指輪の話って、小さい頃、本で読んだ覚えがあるんですけど……魔力の泉を森に湧かせて、旅人を助けるってお話」
「それは子ども用に編集された物語だが、まあその指輪のことだ。マーリンはいくつもの強力な魔道具を身に付けていたと言われるが、その一つだな。
魔力の源泉となる指輪のおかげでマーリンは無尽蔵に魔法を使うことができた。長寿もそれ故だ。歴代の女王を助け、強大な魔物や天災に対応し、国の危機を救ったと言われているが――その指輪を盗んだ魔物がいた」
「ガドゥですね」
「その通り。ガドゥはマーリンを騙して指輪を手に入れた。おそらく指輪の力に魅せられたガドゥは、何らかの呪いで指輪を縛り付けたんだ。察するに、絶対に指輪が外れないという呪いだろう。ガドゥが封印されたとき、ガドゥからバラされた指輪は呪いの効力を持ったまま封印され、その効力がそのままおまえに適用されている、ということだろうな」
「ど、どうりで……」
わたしは左手の薬指にきらっと光る指輪を見る。何をしても外れないわけだわ。
「伝説だと、この指輪は無尽蔵に魔力が湧くって設定だったと思うんですけど」
その恩恵はまったく感じられないのだけど。
「それもあるが、ガドゥが手放したくなかったのは指輪のもう一つの力だろう。その指輪には、動物や魔物の言語を理解する力があると言われている」
「あっ、確かに! わたしレッドキャップの言葉が聞こえました!」
「……うれしそうに言うな。おまえは呪われた状態にあるんだぞ」
「そ、そうでした……」
呪われてる、って言われるとなんかヤダ。
「なんか気持ち悪いです。この指輪、早く取ってくださいっ」
「毛虫取れ、みたいなノリで言うな。だいたい、おまえが自分で身に付けたんだぞ」
う……それを言われると。
「これに懲りて正体不明の魔道具に容易く触らないことだ。反省しろ」
「は、はい……反省シマス、ハイ」
萎れた草のように頭を垂れると、どん、と堅いものにぶつかった。
エドワードの背中だ。いきなり止まらないでほしい!
「見つけた。『魔法全書』」
エドワードは棚にずらりと並ぶ本の背を長い指でたどり、一冊の書物を取ってパラパラとめくる。
「よし、これだな。『魔法全書』第九巻。これにあらゆる魔道具についての解呪方法があるはずだ」
「あのぅ……つかぬことをお聞きしても?」
「なんだ」
「それ、古語で書かれてますけど……?」
『魔法全書』は魔法士なら誰でも知っている、白魔術・黒魔術のすべてを網羅すると言われる書物だ。
上級魔法士や聖騎士になるには『魔法全書』九巻をすべて暗記する必要がある。魔法学園のテキストも出所の多くは『魔法全書』だ。
だから、ちゃんと現代語訳もあるはずですが?
「それがどうした」
「えっ、古語読めるんですか?」
「読めないのか?」
翡翠色の瞳が驚きに見開かれる。
「おまえ、聖騎士を目指してるって言ってなかったか?」
「え、ええ目指してますよ! でもっ、聖騎士の仕事はアルビオン国民の安全と平和を守ることでしょう?! 古語読めなくても聖騎士になれると思いますっ!」
自信満々で言ったのに、エドワードはかわいそうな人を見る目になってる。
「言っておくが、古語が読めなきゃ聖騎士にはなれない。『魔法全書』の全解読ができないからな」
「えっ、そんなはずは……だって現代語訳ありますよ? 授業だって現代語訳版でやってますよ?」
「『魔法全書』には敢えて古語のみで書かれている部分があるんだよ。そんなことも知らなのか」
「ええっ?! な、なんのために」
「決まってるだろう。異民族から上級魔法を秘するためだ。今は国際条約があるが、ひと昔前までは魔法は秘すべき国家機密だった。だから敢えて古語のまま残している部分があるんだよ」
し、知りませんでした……。
「聖騎士を目指すなら、古語が読めないと上級魔法の試験に受からない。それに、今おまえの呪いを解呪する方法も間違いなく古語で書かれた部分だ。自分で読めなくてどうする」
ぐぬぬぬ。そうだったのね。
悔しいけどエドワードの言う通りだから言い返せない!!
「す、すみません解読お願いします……」
「ったく、使えないにもほどがある。仕方ない、その辺でおとなしくしてろ。あ、おまえは部外者だから周囲の保管庫に触るなよ」
そう言ったきり、エドワードはさっさと閲覧席で本をめくり始める。
使えないって! 部外者って! ほ、ほんとのことだけどっ!!
でもなんかムカツク!!
「見てなさいっ、ぜったい聖騎士大学に受かって聖騎士になって部外者って言わせないんだから!」
鼻息荒くわたしは奥の通路を歩く。
アテなんてもちろん無いけど、とにかくエドワードの姿が視界に入らない所に行って気持ちを落ち着けたい!
「……ん?」
わたしは、三歩後ろに戻って通路をのぞいた。
その通路の奥の閲覧机に、何か出しっぱなしの資料がある。
「なにかしら?」
そっと閲覧机に近付く。
小さな百合型の洒落たランプの下、しっかりとした革表紙に、びっしりと書かれた文字が見える。
その文字を数行目で追ったわたしは、ハッとした。
「これって」
『奇跡の封印』、その一連の資料では???
心臓の音が耳の奥で大きく鳴る。
父様と見に行った凱旋パレードを思い出す。沿道の人々に笑顔で手を振っていた聖騎士様たち。人々を、国を、太古魔から救ったという喜びに溢れた笑顔。
あの聖騎士様たちの姿が、わたしの夢の原点だった。
「……保管庫には触ってないものね?」
出してあったからちょっと見ただけだもの。出してあるんだから目に入っちゃったんだもの。
とエドワードへの言い訳を考えて、わたしはそっと堅い革表紙に触れた。




