2-5 聖ベルナルド塔の資料保管庫
「ちょ、あの?!」
「ここで迷われたら俺が困る」
「なっ、迷子になんて――」
なるわけないでしょうが、と言いかけて言葉を呑む。
いや、なるかも……迷子!
言われてみれば、行けども行けども均一に瀟洒な景色が続いていて、わたしは自分が今どこにいるのかすらわからない。
ここでエドワードとそのもっと前を歩く案内役の聖騎士様にはぐれたら、確実に迷子だ。
仕方なく手を引かれるまま歩く。
エドワードはスーツのせいなのかほっそりした外見だけど、その手は意外に大きくて分厚く、ところどころにタコができている。
思った通り、きっと剣捌きもかなりなレベルにちがいない。
射撃の腕があれほどだから、ぜったい剣だって相当な使い手だと思ったのよね。
いくつもの階段、そしてエレベーターを使って降りたおそらく地下であろうフロアの廊下を進んでいくと、奥に天井まで届く荘厳な石造りの扉があった。
「こちらが資料保管室です」
ふおおお! ここが!
父様から聞いたことがある。聖騎士団の事件の記録、証拠品などを保管している部屋で、限られた人しか入れないのだとか。
ていうか、こんな部屋にあっさり通されたり、ブライト長官にアポ無し訪問したり、なぜこの魔王がVIP待遇??
隣に立つ長身を見上げたら、翡翠色の双眸が鋭く睨んでいるので言いかけた言葉を呑みこんだ。
「ブライト長官は席を外しておりますので、こちらで資料を閲覧してお待ちくださいとのことです」
「了解した。感謝する」
聖騎士様は恭しく解除魔法を使って巨大な扉を開けてくれる。
「あの、クライン様」
聖騎士はエドワードとわたしを交互に見て言った。
「失礼ですが、そちらのレディは今回の件の関係者で?」
どきり。わたしは体中からドッと汗が噴き出す。
「ああそうだ。最重要関係者の一人だ。俺の監視下にあるし、ここに入るのは何ら問題はないはずだが?」
なんかその言い方だとわたしが犯人みたいでイヤなんですけど!!
けれど案内の聖騎士様は疑義をはさむことなく爽やかに微笑んで、「承知いたしました。では、どうぞ」とわたしたちを部屋の中へ入れてくれた。
やがて、巨大な扉が施錠魔法によってゆっくりと動き、ごとん、と重い音をたてて閉まった。
「すごい……」
まず、部屋の広さに立ちすくんでしまう。
エドワードはわたしの手をパッと離すとさっさと歩きだす。
「ぼさっとするな。ここで迷子になることはさすがにないだろうが、ちゃんとついてこい」
「ちょっと待ってくださいってば!」
わたしはエドワードの背中を慌てて追いかけた。
♢
案内を終えた聖騎士は、受付に戻るためにもと来た道を歩いていた。
天井も高い白亜のロビーに戻ると、彼の代理で受付に入っていた聖騎士に声をかける。
「ちょっとクライン様についでの用事を頼まれたので、外出してくる。もう少し受付番を頼むよ」
「しょうがねえなあ。クランプワッフルのフルーツワッフルサンドで手を打つぜ」
「わかったわかった。買ってくるよ」
聖騎士は爽やかな笑みを返し、ロビーを出る。
そのまま噴水の広場を抜け、門衛の立つ門をくぐり、聖ベルナルド塔の敷地の外に出た。
日中のこの時間、特別区の瀟洒な店が並ぶ大通りには自動車やキャブリオレが上品に停車し、道行く紳士淑女は買い物を楽しむ。あるいは特別区にある銀行や弁護士事務所、官庁などで働く人々がコーヒーや紅茶を求めてカフェやティールームへ向かっている。
特別区とは、まさにこの国の中枢を担うエスタブリッシュメントが集まる場所だ。
しかしそんな特別区のメインストリートにも、細い路地は存在する。
紳士淑女に柔らかな会釈をしつつ歩いていた聖騎士は、ふっ、とそのうちの一本へ入っていった。それはとても自然且つ訓練された動きだったため、聖騎士が路地へ入ったことへ気付いた紳士淑女はいなかっただろう。
聖騎士は薄暗い路地を進み、とある看板を見上げる。そこには闇よりも昏い漆黒の鴉がまるで不吉な予兆のように佇んでいた。
あるいは看板の一部かと思われた鴉が、音も無く聖騎士の肩へ降りてきた。
聖騎士は、鴉に囁く。
「エドワード・クラインがブライト長官に会いにきた。マーリン魔法学園の女子生徒を一人、連れている。――あの御方にそう伝えよ」
鴉はぐぁ、と小さく鳴くと、聖騎士の肩から飛び立った。




