2-1 マーリン魔法学園の校長室にて
「困った。実に困った。困りすぎて胃が痛いっ……」
マーリン魔法学園の校長室で、ウッドボトム校長は薄くなりかけている頭を抱えていた。
「この聖都に魔物が出るだと? 昨日の図書館の件といい、そんなデタラメな話が信じられるか!」
「ですが校長。これは聖騎士団からの正式な文書ですわ」
レイリー副校長は細いメガネの縁を押さえて、たった今フクロウ超特急便で届いた書面を改めてのぞく。
「――何者かが聖都の守護魔法陣を破壊した模様。同時に、周辺の森林よりレッドキャップが多く侵入。現在、聖騎士団は総力を挙げて調査を進めるとともに聖都防衛に努めており、ついては聖都の公共機関及び商店にも協力をお願いされたし……聖騎士団長官の印も押してあります。これは指示に従うしかないでしょう」
「しかし今から休校などと言ったら、すでに登校している生徒たちの保護者からのクレームが殺到するじゃないか!」
学園のほぼ全生徒が貴族の令息令嬢ということは、ほぼ全保護者がモンスタークレーマーということだ。
「いたたた、ああ胃が痛い。時計を見たまえ、もうすぐ予鈴が鳴る。ほとんどの生徒は登校している時間だぞ! やはり今から休校など無理だ!」
「――失礼、御心配には及びませんよ、ウッドボトム校長先生」
突然現れた若い紳士に校長は目を瞠った。
グレンチェックのスーツを上品に着こなした長身に、絹糸のような白金髪。
それだけでも目を惹くほどの端麗な容姿だが、にっこりと微笑んだその美貌に校長は思わず言葉を失う。
「え、えーと、どちら様でしたかな? レイリー先生、私は今日、何かアポイントメントがありましたかな?」
「い、いえ、こちらの方は生徒の迎えに来たのだとおっしゃって」
レイリー副校長も突然の訪問者を部屋へ招じたまま頬を染めて惚けている。
校長と副校長の困惑を知ってか知らずか、若い紳士は見る者すべてをひれ伏させるような微笑みで言った。
「お聞きおよびでしょうが、現在、ロンディニウムは警戒すべき状況になっております。つきましては一刻も早く《《愛しい人》》を連れて帰りたく、失礼を承知で校長室へ直接伺った次第です。事務室を通していれば、その分時間がかかってしまいますのでね」
愛しい人? 校長と副校長は顔を見合わせる。
「その……一体、どの生徒で?」
翡翠色の双眸が柔らかく笑んだ。
「ビビアン・ローレンス嬢ですよ」




