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2.0 私の日常



此方の世界に生を受け、記憶がある頃にはここで育てられていた。

今ではもう勝手知ったる我が酒場と言えるはず。


現世ではまだ5歳だし、お酒は飲めない。前世ではビールとかが結構好きだったのだけど、この酒場で振舞われているのは何かのハーブが効いた琥珀色のお酒。


多分ビールの類だと思うのだけど、味が分からないし自分の好みかは何とも言えない。

触らせてももらえないし。


それにしても、昨夜の盛り上がりは凄かった。居住区の離れまで歓声が聞こえてきたほどだ。

普段も賑やかではあるのだけど、あそこまで騒がしいと何か良い事でもあったのかもしれない。


「おはよ~昨日はみんな、よく飲んでたね~」


「おう、シャンディ出て来たか。昨日はな、隣国の鎖国が解けるってんで酔いつぶれた旅商人が酒を奢るって言いだしてな」


「あ~そりゃあ賑やかにもなるよね。お父さん? 私欲しい物があって……」


「だめだ。昨日の儲けが吹っ飛びかねん。それより今日の仕込みの手伝いを頼みたいんだが?」


「あ~昨日は魔結晶とか触ってたから、あまり食材には触れられないかも。代わりにしっかりめに床掃除やるよ!」


「床掃除か。ありがたいが、その恰好でか?」


都で婦女子に流行っているという、寝間着だ。

中々かわいいものだとは思う。


「ストックがまだいくつかあるからいいよ。久々に帰ってきた兄さんたちの部下の人からも貰ったし、兄さんも似たようなのくれるし。みんな私の事を娘か妹とでも思っているみたいでさ、不思議だよね」


前世と比べると、かわいらしさがあるからかもしれない。


「そりゃあ、おめえ。ここで育ったんだから、そうだろ」


「はは、またまた。育っただけでしょ?」


庇護欲でも湧くのだろうか。

まあ、騎士様や冒険者だし守るのが仕事だと言われたらそうなのだけど。

皆、やけに過保護だ。


「嘘じゃない。あいつらは魔物や魔族若しくは人に、家族や親しい人を殺されている。目の前かもしれないし、遺体を見たのかもしれない。そんな奴等だ。いいか、あいつらの心に寄り添ってやれ、まあお前には期待してないが、それでも救われるやつはいるはずだ。アイツらの心を慰めるのも、お前ら酒場の看板娘の仕事でもあるんだ。」


耳にタコができるくらいに聞かされたこの話はフロアで働いていれば、良くわかる。

身体の一部が欠損している人もかなり多いし、そういう話をしている人も結構いるから。


「まあ、付き纏われた場合や個室に連れてかれそうになったり、身の危険を感じたら遠慮なく助けを求めろよ、怖いお前の兄さん達が暴れてくれる」


「そうだね、多分この酒場が半壊しそう」


実際に半壊しかけた事がある。つい先週の事だ。

私の手を引っ張って酒場から連れ出そうとした、度の過ぎた酔っ払いの女が原因だった。


前世の男だった記憶を持っているし、そんなことにはならないという謎の自信もあったし、懲らしめてやりゃあいい! って思いもあった。所詮相手は酔っ払いだしね。

でも……まあ、大事にはならなかったし、いいはずなのだけれども。


アレは中々に怖い。

相手の行動が理解できない事もあるのだけれど、何より自分がその標的にされたというのが信じられないのだ。


まあ、治安的にむしろこの程度で済んでよかったのだけど。


「まあなんだ。あいつ等に見守られてんだから、手出しできる奴なんてそんなにいないって言いたかったんだが」


表情に出ていただろうか。

手の震えが出ていたのかもしれない。


「うん。ありがと」


あれから、夜の一定の時間になると、働くのを禁止されるようになった。

暫く続くのだろうけど、それはそれでつまらないのだ。

昨夜のどんちゃん騒ぎにも参加できなかったし。


この酒場はとても楽しい。

ダンジョンの話や、モンスターとの戦闘、冒険者や騎士団の隊員が持っている武勇伝なんて何度聞いても楽しい。

前世では味わえなかった賑やかな場所、というのも意外と楽しいものだと今では思っている。


にしても、昨夜はどんな騒ぎになってたのやら。

床に散らばった食器や杯、コップを見ると片づけが面倒そうだ。


げんなりしていたら、ズバーンと戸を開く音がした。

酒場に入ってきたのは、妹のファジーと兄さんだ。


朝から剣の稽古をしていたようだ。

冬の早朝からよくやるよ。


こちとら、まだ眠気が取れないでいるって言うのに起きて早々身体を動かせるというのは羨ましさもある。


「店長、ファジーやばいぜ!? うちの新人連中に一手打ちこみやがった」


今日は騎士団の訓練に参加でもしていたようだ。


「お前は何をしてるんだ。ファジーはまだ4歳だぞ? 18の素人と試合なんてやらせるな!」


年の差からして、力加減ができるのであれば余裕で稽古を取れるとは思うのだけど、そう簡単な話ではないらしい。


「いや、そういうつもりじゃなかったんだ。新人の訓練に参加したいって聞かないから、一度やらせてみてたら、いつの間にか試合してたんだって」


「姉さん!おはよ~。練習付き合って?」


「私? 嫌だよ~。ファジーはすぐに水浴びて私の事手伝って」


「え~そんな~。カシスもなんか言ってよ!」


「隣の誰かさんが夜中にずっとガサガサしてたから、寝不足なの」


騒がしくしたからだろうか、眠そうな末の妹がフロアに入ってきた。

隣の部屋と言ったら。


「私のせい?」


「そう。午前中のシフト任せていい? 午後から入るから」


私たち三姉妹は、店の手伝い以外に各々で冒険者の真似事をしたりしている。

両親の考えで、この店で働く以上はある程度戦えた方が良いという考えらしい。

ファジーは剣、ミュールは弓、私は……乙女の秘密という事で。


飲食店で?と思わなくはないけど、来る客が来る客だ。


「ダンジョンにでも行くの?」


「うん、いつもどおり、低層だけね。シャンディ姉さん、なんか必要な素材あったりする? いつもみたいに魔石で良い?」


「この年頃でダンジョンか。まあ、俺も行ってたけどよ」


「ああ、俺が止めても中級層に勝手に入ったりしてたな」


あれ、駄目なの?

私達三人姉妹の視線が一瞬交差した。

バレたらヤバいかもしれない。


「おい、お前ら。何がヤバいんだ?」


「え? あ~お兄ちゃんカッコイイな~って?」


「思ってもないだろうに、良く言えたもんだな。てか、疑問符をつけるな。はあ、危なそうだから、カシスとファジーの面倒を見てくるわ。おら、いつもどこまでもぐってんだ? 悪ガキども」


私は寝間着だから許されたが、すぐにダンジョンに潜れる二人は連れてかれてしまった。

休暇中の兄さんとしては、妹達とダンジョンに潜る機会だし楽しいのもあるんだろうけれど。


「え、朝の掃除。私が全部やるの?」


なんて事だろう。

冬だからか、ダンジョンに潜らずにダラダラする冒険者が多いというのに、父さん母さんに私だけで、あの忙しさを回す必要があるという事?


そもそも兄さんが暇という事は、騎士団も休日な筈だ。

朝から酒で酔った冒険者連中と騎士団の人員が訪れる……なんて、面倒な。


「まあ、そうなるな。そろそろアイツも帰って来るし、できる作業からこなしてくか」


父さんの顔も苦虫を潰したような感じになっている。

そもそも論になるけれど、他に人員を雇った方が良い気がする。


……

黙々と作業に徹することにする。

先ずは食器類の大きなごみを取り除いで、モップ掛け。

水魔法というのがとても便利で、テーブルの上も床もすべてのごみを洗い流して汚水も空間魔法?で、格納できるから処理が楽。


ここに至るまでが大変だった。

何度も店のテーブルや椅子を滅茶苦茶にしたし、厨房まで掃除で発生した汚水が流れる事もあった。

あの頃は、フロアの掃除と厨房の掃除を同時にしていたけれど、今はそんなヘマはしなくなった。


殆ど。


魔導の極致に至るまで、道は長いね。


「父さん、フロア掃除終わったよ。あれ、母さん帰ってきてたの?」


両親は料理の準備に忙しいらしい。

大半の料理が肉料理なので焼きやすいようにサイズを整えては、迷宮産の冷たい魔石を使った前世でいうところの冷蔵庫にぶち込んでいる。


「ただいま。今日は熊肉が大量に入ったから店の前のボードを書き換えて、札を開店に変えてきてくれるかい?」


「わかった~」


酒場の前と店内にそれぞれボードがある。

酒場の前にあるのはメニュー等を書くために用意していたのだけど、そのほかに騎士団からの告知情報が書かれた張り紙も貼られている。


例えば、冬季の迷宮モンスター討伐依頼や、近隣で目撃情報の在った危険なモンスター最近は熊なんかの情報。

他にも金銭の発生しない物であれば、個人的なお願いなんかも掲載をOKしていて、金銭が発生するのは店内に貼るボードを用意している。


「シャンディ、いつもの頼むよ」


店の前の告知ボードを書き換えていると声を掛けられた。

私に"裁定"を任せてくれる近所で薬屋を営む、お婆さんだ。


口が悪い婆さんだけど、それなりに面倒見がいい。

私に簡単な錬金術を教えてくれているし、生まれた頃からお世話になっている。


「最近多いね。一昨日したばかりじゃん、その前は四日ぐらい前?」


「さあね、アンタの未熟な調合品だから傷が癒えないんじゃないのかい?」


指導を兼ねて、最近は薬剤を調合している。

でも婆さんの作る策材と比べると品質があまりよくないから、あまり役には立ててない気がする。


「またまた~子供が作ったのが良い品な訳ないじゃん」


「悪かったら商品として陳列できるわけないだろ。まあ、あたしの様に付加もできていないんだから、仕方ないね。そんなことより、どうだい?」


「午後なら大丈夫だと思うよ、混まなければね」


「それなら問題ないよ」


そのまま帰ろうとする婆さん。


「待って! まだ依頼票取り交わしてないじゃん!


「裁定できるんだから問題ないだろ? それに、これは依頼じゃなくて約束だからね、失敗したらアンタの信用が消えるだけさ」


信用ね。五歳児に?

……いや、この場合は錬金術師の資格の事だろうか。


さて、今日のおすすめメニュー(肉料理)は書き換えたし、札を換えて開店だ。


店内に入ると既に常連のお客さん達が居た。

何処ですれ違ったのか、入口は一つしかない。

婆さんと話している間とかだろうか。まあいいか、いつも通りだし。


「シャンディちゃん注文いい?」


「ちょっと待って、依頼票作るから。よし、できた。いつもので良い?」


「そそ、おねがいね」


「お肉料理とかどうです?」


「まだいいかな」


「ほーい。父さん、いつもの!」


この時間帯に来る客が言ういつもの、というのは酒だ。

朝から飲むなんて、前世の私からしたら羨ましい。


常連達は開店から閉店までいることが多い。

彼らがここに集まるのは老人達の集会所みたいな面もあるのだけど、別の理由が在る。


裁定だ。

酒場のボードは、一般人からの依頼を冒険者若しくは騎士団に仲介することになる。


この時に問題になりやすいのが、相場観。


こんな酒場に依頼を出す依頼人も受ける側も、相場が分かっていない事が多い。

そこで依頼料等に関して引退した冒険者である常連達が、適正かどうか裁定を下す。


基本的に両者が得をできる程度に収められることが多いのだけど、それでも一方もしくは双方が納得できない場合があって、その場合は喧嘩になる。


引退していても、冒険者は荒事が好きらしい。


基本的に裁定者が一方的に解決することになるが、これだとやはり冒険者側で結託しているのでは? という話になるし、裁定に不満があれば、常連の騎士が立ち会う事もある。


冒険者ギルドみたいな物を国が作ってくれればいいのに、この仕組みだと不十分でとても面倒だけど、無いよりはマシという立ち位置になっている。


次に信頼性。

ある程度の知名度が得られると貴族や商会、場合によっては王族に囲われ、専属契約を結ぶことになる事が多い。仮にそういうのが無い冒険者が居たら瑕疵ありというか、トラブル持ちの可能性があって、依頼する側の心理的なハードルがあるし、どちらにせよ仲介者が必要になる。


お客様への給仕をしていると、室内のボード付近が騒がしくなってきた。


「この時期の薬草採取だろ? そもそも、ほぼ無理だぜ?」


始まった。

朝だというのに、元気なもんだ。


「でも、必要なんだよ! それに金は払うって言ってんだろ。そもそも、そこいらの街ならこの半値で採れるんだろ?」


「確かにそうだ。だが、最近は熊が出てるだろ? あれのせいで街の薬草のうち、採れたての薬草は騎士団に優先的に回されている。そもそもだが、なぜに薬草が必要なんだ?」


「薬だよ薬、妹が寝込んでて」


「あ? それなら、シャンディ! 薬だってよ」


給仕中なので、注文以外は今はやめて欲しい。

とも言えない雰囲気だ。


はあ。


「はーい! どうしました?」


「妹さんが熱なんだとよ」


「あ〜冬ですし、体調崩しやすいですよね。普通の熱ですか? この通りの薬師で買うほうが薬草のまま買うより安いですよ」


「ホントか? あの婆さんの薬だよな? 高いし、そこまでのは必要無いんだが」


「今は見習いが作った、安いのがありますよ。なんなら、一緒に行きましょうか?」


「ただいま〜シャンディ姉さん、また裁定やってんの? 大変だね?」


誰かと思えば、カシスとファジーに兄さんが帰ってきたらしい。

結構早かったけど、あのレベルの場所であればそんなに時間もかからないか。


そっか、押し付けられたんだし、押し付けちゃおう。


「そうなの、カシス。じゃあ後はよろしく!」


「いやいや、シャンディ姉! 私着替えたいんだけど!?」


そうだね、でも大して汗をかいていないし、問題ないよ。


「ほら、お兄さん行くよ! カシス、すぐ戻るからよろしく!」


驚いている暇はない、カシスに手を掴まれる前に店から出て、仕事を押し付けないといけないから。

多少強引になったけど、依頼主の手を掴んで駆けだした。


「は? おい、待てって!」


「ちょっと、シャンディ姉! 嘘でしょ!?」

投稿の仕方間違えたので、エピソード前後してたタイミングがあります。申し訳ございません。

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