05:役割。
加護といわれて明らかにテンションが上がっている東藤とは違い、俺はそこまで盛り上がることはなかった。
いきなりのこと過ぎるし、正直特別な力があるからと言って危険な土地で危険な仕事につけだの言われてもごめんだねとしか思わないのだ。
「どんな効力なのか、そもそも戦闘において役に立つものなのか。それは試してみないとわかりませんが、確実にこの世界になかった異物には、特別な力が宿る。」
「じゃあその特別な力とやらは蘇芳さん、あんたにもあるんだろう。なんで自分でやらねえのさ」
「当然の疑問ですね。さっきも言ったように、怪物との戦いにおいて、僕ン能力は役に立ちづらい。僕ができるのはせいぜい術式の解明と、補助、そして扇動ぐらいですわ。矢面に立つ覚悟がないわけやないですが、それをやっても肉壁一枚になるんが関の山。それじゃあ状況を打破なんて、とてもできやん」
だからこその他力本願。
先ほど見せた怒気。自分の命の恩人を惨殺されたうえ、それに対して何もできなかったのだろうその無力感、後悔は計り知れない。
蘇芳さんが自ら恨みを果たせない、状況をかえれないこの現状を誰よりも彼自身が恨んでいることだろう。
だが、だがしかしだ。
所詮は他人事。
絵空事、それこそラノベを読んだような感想しか湧いてこないのだ。
命を、これまでの自分のすべてを、そしてこれからの未来を賭して戦う意義も意味も、俺は持ち合わせていない。
「ンなこと言われても、俺できるかわかんねえし、やれる自信もやる気力もねえっス」
故に、俺は努めて冷静に、情に流されないように言い放った。
「東藤も、俺も、目的としては元の世界に返ることだけっス。正直この世界のあれやこれや、背負えるほど俺は人間できてねえんで」
「……」
押し黙る蘇芳さんは、手で目を覆い表情を隠す。
「帰り道、お願いできるんすか」
「……もちろんです。あぁ、でも、数日時間ください。数キロのさっきの転移とちごて世界跨ぐとなったらかなぁ~り高度な術式で方陣組む必要があるし、今回は彼女の助力もないんで」
にぱっと笑って答えた蘇芳さん。
初対面の時は年上か、同い年かわからなかったが、こうして言葉を交わすと確実に成熟された方なんだなと理解できた。
もし彼の立場に俺が置かれたとして、まともな精神性を保てるとは到底思えない。
「兄弟、すまん」
「気にすんな」
自分が言いたかったことを代弁してもらったとでも思っているのだろう東藤が俺の肩をつかみ礼を言ってくる。俺は勝手にお前の考え方を邪推し、それを正当化のダシにつかったのだ。非難されこそすれ、礼を言われることじゃあない。
「これ、渡しときますわ」
そういって蘇芳さんは少し無骨なブレスレットを渡してきた。
「何なんすか?これ」
「有体に言えば、勘合です」
曰く防衛の要たるこの場所には、賊やら貴族から雇われたこのギルドに不利益を与えることを目的とした商人などが頻繁に訪れるらしい。
そうなってくるとおちおち商売もできず、ギルドが成りたたなくなってしまう。
「それで、歴史に倣って作ったんです。案外効果的ですよこれは」
このギルドでいるうちは、これがある種身分証になりギルド施設の使用権を得ることができるという。
俺はそれを右腕に東藤は左腕につけると、それはガチャガチャと音を立てて鈍く光り俺たちの腕のサイズにぴったりとフィットした。
厨二心をくすぐるギミックに少し感心する。これはワカってるの作品だ。
「ほんなら術式が完成するまでの間、好きに過ごしたって下さい。このギルドは地図でいう此処……西端に位置してるんで、外出るときは護衛をつけましょう。」
そういって地図上に青い印をつけた蘇芳さんは、先ほどの残念そうな表情は一切見せずこれからの段取りを決めていった。
防衛拠点としての役割のためか、立地は防衛戦線の少し内側にあるらしく一般人はほぼおらず、武装した傭兵やそれに護衛された商人ぐらいしか行き来しない。さらにそんな最前線に娯楽施設を設けるほどの余裕もなく、あるのは書物を集めた図書館があるぐらいだというので、わざわざ危険を冒して外に出かける気持ちもそうなかったが。
滞在は時間にして、数日から一週間ほどかかるかもしれないというらしいので別に苦労はしないだろう。確かに娯楽が少ないのは嫌だが、無いものはない。
是非もないことだ。
「もし、自分の加護がどんなのか気になったらここへ来てください。僕か他の者が判定に付き合います、勿論安全を保障したうえでね」
安全を保障されているのであれば、いわばVRゲームのような感覚で遊べるのではないかと思ったが、俺の中途半端な良心の呵責から行くことが躊躇われる。
「流石に悪いですよ。何にも力貸さねえって野郎にそんな時間やら割いてもらうのは悪いっス」
「いえいえ、僕なりの誠意ですよ。僕の我儘でこんなドン詰まりの異世界に呼んだんですから。それぐらいはさせたってください。」
そうして俺たちに二枚のチケットを渡してきた。みると手書きの日本語で『加護検定券』と書いてある。
そういえば、この世界の言語や文字はどんなもんなんだろうか。思えばこの世界では蘇芳さんとしか会ってないので、それらはまだ未知数だと気付いた。
「じゃあお言葉に甘えて、元の世界に返る前までには顔見世るっすわ。ありがとございます」
「いえいえ、ほんなら個人部屋用意しましょ。僕は案内できませんけど、一回の受付に行って僕ン名前とその腕輪見せたら案内してくれる人用意できますから、それに聞いてください」
俺が一人疑問をいただいていると、蘇芳さんはすたすたと部屋を出ていく。
ぱたん、と扉の閉まる音が静かな部屋に嫌に響いた。
「なぁ兄弟」
「何も言うな。いいんだ、いんだよ。これで、これが最適解なはずなんだ」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた言葉に、東藤は目を伏せる。しかし、とんでもない呪いをかけてくれたもんだ。
どうやっても後悔が残りやがる。