44:悪兆と吉兆
すったもんだあって無事大男を捕縛することに成功する。先ほど来奴を雁字搦めにしている蔦に加えて黒い楔のようなものが追加されいる。曰く発動に時間がかかる為初撃には使えないタイプのものだそうだ。
「これで儂を御せるつもりかえ?せいぜい儂から目を放すでないぞ、手癖も足癖も寝癖も酷い故な」
「それほど長い髪しとったらそらそうでしょうね。心配してもらわんでもそのつもりです、僕器用なんで監視系の術式を常時展開することなんてお茶の子さいさいなんですわ」
「!大将、一陣から念話だ!こいつのせいで気が付かなかった」
キシュアが顔を勢いよくあげて城のほうを見やる。
ドタバタですっかり失念していたが、今もなお先陣を切った隊はそのまま進軍を続けているのだ。向こうからすれば此方側の指示がまったくないので、混乱していることだろう。
こっち側に大将首が居たのだから城の方には主力級がいるとは思えない。故にそこまで負傷や損害は出ていないと思うが……。
「――」
目を瞑って念話とやらを実行するキシュア。使ったことも使われたこともなかったが、スマホがない異世界においてかなーっり有用な術だな。是非覚えてみたいもんだ。
「総員警戒態勢!」
蘇芳さんの怒号で一時緩んでいた緊張の糸が再び張り詰める。
通話中で無防備なキシュアを複数人で囲い、各々がスクロールや得物を手にとり臨戦態勢をとった。
「先ほど言うたはず、お前の一挙手一投足須らく見逃さんとね。何やら動こうとしとりますけど、その手ぇ……何を隠し持ってるんですか」
「そう警戒しないでよろしい。坊やへの贈り物よ、こちらを見てみなさい」
何事かと思ったら、大男が声をかけてきた。命乞いでもしようってか、どの面下げて話しかけてきたんだか。骨を折られたこと一生忘れねえからな、俺は。
「見るかよ、屑が。どうせ見た瞬間俺を操るとか、憑依するとか、ろくでもねえ事画策してるんだろ。」「そうではない、お主とそれ、そこの坊にも。くれてやるものがあっての」
俺の言葉に食い気味で否定してきた男は、ぎりぎりと拘束している蔦を揺らした。当然、東藤も奴の言葉には耳を貸さずキシュアの様子を見ている。
「ふむ。儂手ずから手渡ししたかったのだがしょうがない。ほれ、勝手に拾え」
足元にコロコロと藤色の玉が転がってくる。東藤の方にも同じようなものがあったらしく怪訝そうな目でそれを見ていた。
「成程。ヘルトスさんの攻撃を完璧にいなしたお前がなぜ、僕の拘束に易々と嵌ったのかと勘ぐっていましたが片手をそれで埋めてたわけですか。舐められたもんですねえ……」
若干の怒気が孕んでいるように聞こえる蘇芳さんの声。
言外にそれには触れるなと俺達に伝えているように感じた。勿論触れる気など毛頭ないが。
「当り前でしょう、以前相まみえた際にあそこまで力量差を見せつけたのだから。慢心しおおらかに構えるのも私の度量というやつです」
この期に及んででかい口を叩くもんだから俺のように――いや、俺よりもっと恨み骨髄に徹しているであろう蘇芳さんや、他の皆から足蹴にされている。鼻で笑ってやろうか。
「二人ともわかっているようですが、念を押しますよ。絶対に触らないでください、それ」
足元に転がる卵のような物体を指さし、蘇芳さんがくぎを刺してくる。言われるまでもないことだ、当然東藤も同じ感想のようで「えんがちょ~」とつぶやいている。
「総指揮官、今現在において対象物から呪術魔術の類は感じ取れません。ただ、生命反応はみられますので何らかしらの卵である可能性が高いかと」
物体自体には干渉せずに小さい望遠鏡のような器具で観察していた隊員さんが報告する。
たまご。こいつは俺達に何かの卵を渡すためにこうして危機を冒してまで姿を現したというのか?ただ慢心しただけ?何か引っかかる。
「これが何か、語る口は持っていますか」
「ええ勿論。せっかくの贈呈品、何か判らず無下にされたらたまったものではないのでねえ」
饒舌に回る奴の口から、卵の説明がなされる。
曰く、これは使い魔の卵であり、近くの生き物に寄生し魔力や生命力を吸い、その宿主に仕える存在として生まれ出でるという事らしい。
『使い魔』という存在は初耳だ、そんな便利なものがあるのなら合理性を重視する蘇芳さんが使うはずなのに、彼の口からはその存在をほのめかすような言葉すらなかった。何故だ、隠す必要がないだろうに。俺らに教えていなかっただけで何か使っていたというのならまだ納得できる、この窮地においてそれを使わないのは何でだ。道中で敵対した獣達……特にあの化け物ミミズには悪手である切り札まで切ったのに、あれ以上の切り札なのか。或いは真逆で戦闘面では役に立たないのか。
「それが仮に本当の事だとして、何故おまえはそれを俺らに渡そうとしたんだ。もともとそうだったが輪をかけて気味が悪いぜ。」
「何故と聞かれれば渡したいが為と答えるのみ。いずれ解ることにせよ、今は未だ早い」
「なるほどねえ。分かりました、ではこれは我々が厳重に管理します。もう口開かんでいいんでおとなしゅうしとってください」
これ以上の情報はないと判断した蘇芳さんが奴の拘束を強める。
「そういえばさ、キシュアの通話?長くないか?」
「そうですね――。嫌な予感がします、各々油断はせんといてください。この卵も勿論ながら気を付けねばならん敵はまだまだギルドん中ァ溢れてますんでね」
空に高く月が浮かんでいる。そろそろ俺の全力が出せる時間帯だ。
そのせいなのか、蘇芳さんと同じようにとても胸がざわついていた。




