43:同時の出来事
「待て!氷が体を覆いつくすまでまだある、話せ、今のはどういう意味だ!」
「ギル!それよりおまえ、なんてことを!!」
血を口の端から流しながら、ギルが八の胸ぐらをつかみ問い質す。それに対して八はへらへらと笑うだけで何も答えない。
その二人の間に割って入り、ブルースがギルの体を抱きかかえる。事前にギルが放った切り札の事を聞いていた彼は、使用者の命が途絶えてしまう事を察しギルの身を案じた。しかし、大技を放った代償は無慈悲にギルの体から徐々に熱を奪っていく。魔術や呪術のロジックについて、門外漢であったためブルースは解決策を持たない。ドクドクと早鐘を打つ彼の心臓とは反対にその動きを緩めていくギルの内臓を肌で感じブルースの思考はさらにパニックへ陥っていった。
「ブルース、今は俺のことなどどうでもいいでしょう。この化け物の情報を少しでも抜き出し、大将へ届けるのです。クサントスの足なら数分とかかりません、奴が息絶えてしまっては遅い……!」
ブルースの腕の中から這い出て、再び八の体へと近づいていく。
八の体は少しづつそのシルエットを失っていき、まるでアメーバ等のような不定形な生き物の様に蠢いていた。呪術の代償だと判断したギルは己に残る魔力を絞り出し識別、鑑定等の魔術をありったけ八に向け発動させた。
「……。……済まない、お前の覚悟を無下にするところだった。許せ」
ブルースの言葉に返答はない。
しかし、ブルースは満足していた。苦難を共にし切磋琢磨しここまで来た戦友との最期の会話としてこれ以上ないと、彼は心の底から思えていた。
幾重にも魔法陣が重なり、八を覆う。ニタニタとした不気味な笑みが魔法陣の放つ淡い光に照らされていた。
「――こい、つ。なんだ、何故心臓が、二つ……いや、気のせい――違う、なんだ……?!」
驚愕し腰を抜かすギルと、それを見て冷静さを取り戻したブルースはこれまで感じていた違和感とそれを結び付け結論を導き出した。
「虚ろ、泥人形、二つ……――度し難いッ!」
ブルースが見出した答えとは、憑依。蘇芳やキシュアから聞いていた残忍性を考えれば妥当なところだと彼は思った。
そしてそのまま憤怒の激情に任せ槍を横に薙いだ。
「ギル。もう止めろ、あの化け物はもうここにいない。」
ブルースの言葉を聞いた直後、ギルも彼の言動と自分で視た情報をもとに彼と同じ結論を見出した。
「そもそも、此処にあいつは居なかった。」
「こんな術、大将の情報にはなかった。道理で俺でも太刀打ちできると感じた訳だ、奴さん中身ががらんどうの抜け殻で戦ってやがったんだからな!」
苛立ちに任せ転がり落ちた首を槍で貫くブルース。一方で頭を失った八の体がどんどん溶けていきその中身が露わになる。
辺りに満ちていた紫煙がすっかり晴れて、代わりに焦げ臭いにおいが充満したころ、八が居た場所からみすぼらしい男が姿を見せた。
いつぞや玉姫の居城の前でぼやいていた男が、額に札を張り付けてきょろきょろと周りを見渡す。
「哀れだな」
「な、何者だ!何故おれの目の前に急に現れた!先ほどの黒い大男といい、一体なんなのだ!」
「状況説明は後だ、とりあえず拘束させてもらう。お前には聞きたいことが山のようにあるんでな」
傷を癒すスクロールを自分とギルに使いながらブルースは男の意識を奪うべく手のひらに魔力を込めた。
「さて、大将にどう報告するか……」
「任務――成功で、良いで……しょう。少なくとも俺は」
ギルの言葉には応えない。
医療に通じないブルースにでも分かった。ギルの死は決定されたものであり、回避のしようのないことであると熱を失っていく体が雄弁に語っている。
意識を失いつつある戦友を抱きかかえ、空を見上げた。
一滴、ブルースの頬を伝いギルの胸に水滴が滴る。
刹那のうちにそれは凍り付き、地面に落ちて、割れた。
*――*――*
作戦は成功した。
正確には作戦というにはあまりにも単純なものだったが。
突然、何の前触れもなく俺たちの後方に待機しようとしていた第四部隊のさらに後方にぬるりと大男――ヘルトスさんと対峙した奴だ。そいつが現れた。瞬時にそれを察知したキシュアが迅速な判断で距離を詰め、蘇芳さんが切り札をきるに至った。
地雷のように仕掛けられたそれは、足元から現れてどす黒いツタのように変容し奴を雁字搦めにする。一見ただのツタだが、勿論そうではなく呪詛やらなんやら使えるだけの魔術をたっぷり込めたと蘇芳さんが笑っていた代物だ。
元々こんなところで切るつもりなどなかった鬼札だったが、結果として大将首を仕留めることができたので上々だろう。
「旨く、いきましたね」
「ええ、柊木クンの援護があってこそです。ようあんな土壇場で効果的な結界を出せましたね。感謝しますよ」
「ずりぃぞ兄弟!俺にも日の目をわけてくれよぉ~」
「へん、訓練の時の俺の感情が分かったか、お互いさまでい」
転移して奴が逃げようとしたのを俺の結界が防いだのだ。正直偶然の産物なのだが結果オーライという事で。
しかし、うまく言ったはいいが逆にとんとん拍子で行き過ぎて怖いな。ここまでこちら側にとって都合がよすぎるように思えてしまう。
「馬はもう駄目だな。軒並み足をやられている、人的被害は抑えられたが……どうする」
「そうですねえ。僕の魔法陣で転々としていきましょうかね、かなり疲れますがそれだけですし戦果と比べればおつりが大量に帰ってきますわ」
満足げに地べたで這いつくばる大男を足蹴にして蘇芳さんは語る。
「フフフ。目下最大の敵である儂を目前にしその対応。蛮勇というべきか無知無謀と嘲笑うべきか。」「その最大の敵が目前に転がっとるんやろがい、そないに笑いたいんやったら関西仕込みのお笑い見せたりましょうか?」
「ふは!結構!既に儂の魂は十分嗤わせてもらいましたとも!」
無様な恰好で転がる奴の言動は、追い詰められたとは微塵も思わせないほど堂々としておりけたけたと笑っていた。
「ここで殺す」
激情のまま奴の喉笛を掻き切ってやりたい気持ちにかられたキシュアが持っていたに得物に力を籠める。魔力が剣に集中していくのを肌で感じた。
「待ってください、ケインクン。僕の能力でこいつは指――いやさ髪の毛一本すらも動かせません。そりゃあ目ェ離すわけにはいきませんが、現状無力化は成功してますので。」
そして、キシュアが纏った以上の魔力をもってしてそれを制止する蘇芳さん。




