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点滴穿石ー異世界における生存競争ー  作者: 鯱眼シーデン
巻き込まれ異世界

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42:泥人形で遊ぶ

 ブルースは足を泥に掬われて、動きを止められる。一瞬の油断、極度の緊張で視野が狭まってしまっていた彼は改めて自分の死を悟る。


 がしり。


 大きな手がブルースの頭蓋をわしづかみにした。

 苦しそうなブルースのうめき声と八の心底嬉しそうな笑い声が同時にギルの耳に届く。


「地獄の門よ、此処に。さあ共に踊りましょうや?」

「ブルーーースッ!!!」


 泥の中からずるずると門の形をした何かが現れ開く。

 どす黒い煙のような何かが門より漏れ出てその場に滞留した。

 

 その様子を見て、ギルの脳内にブルースの言葉がよみがえった。同時に様々な感情が去来する。


 憤怒。ブルースは彼に自分の命を託した。いや、正確にはそうであると彼は受け取った。だと言うのにブルースが危機に瀕しているこの状況で呆然と立ち尽くしていた。そしてあろうことかその危機を引き起こしたのは自分である。


 後悔。やはりここに入る前、無理やりにでもとめておくべきだった。


 焦燥。早く動かねばブルースは間違いなく死んでしまう。だがどうする。何をどうすればこの化け物は手を止める。


 疑問。そもそもなぜこいつはこんなところに居たのだ。何故自分の探査術に一切引っ掛からず待ち受けることができたのだ。


 そして、絶望。


 ブルースも、自分も、どうしようもない暴力に蹂躙され潰えるのだと、いやでも理解できてしまった。



「怪物よ、彼を離しなさい。俺が、俺がいる限りその者を殺させはしない。」

「ほう、心を取り戻すか。以前相まみえた人間はまともに言の葉をかわそうとはしなんだが……お前は違うのかえ?」


 唾をのみ荒れる呼吸を無理やり抑え込むギル。腹に力を入れなおし、震える足で体重を支えた。


「子鹿の様よなあ」

「哂いたければ存分にそうするがいい。俺は彼を死なせないと決めたんだ!」


 泥の中の門から出てくる瘴気はとどまることを知らず、この部屋を満たしていく。どのような成分を含んでいるかわからない以上、それを吸うわけにはいかないと、ギルは手ぬぐいで口元を覆う。


「素晴しい状況判断だ、お察しの通り揺蕩う瘴気は辺獄の霧。儂にも、当然人間にも毒となろう。であれば、ほれ、こやつを早う助けねばな?このまま放っておけばぽっくりと息絶えるぞ。呆気なくなあ」


 ブルースの首元をわしづかみにし、ぶらぶらと弄ぶ。その見え透いた挑発にギルは乗ってしまった。一対一の交換、自分とブルースの立場を入れ替えるべく吶喊する。


 勿論、勝算はない。かの大将たる蘇芳や退役したとはいえ自分の師匠たるヘルトスが太刀打ちできなかった相手に一人で勝てるとは微塵も思っていないギルは、泥に足をすくわれそうになるのを必死に回し、八に近づいていく。敵を殺せるかどうかは二の次、今はただ、相棒を救う事を求めて懐に忍ばせた巻物へ手を伸ばした。



「ほう向かってくるか。勝算もなく、勝ち筋もなく、生きるすべもなく、情に訴えるでもなく――この小僧にそこまで……」


 呆れたようにため息を吐いて八は顔を振る。青白い顔から垂れた長い黒髪がゆらゆらと揺れ、すこしその場にあった瘴気を散らした。


「おや、我が魔力を示すための髪であったが……小僧を起こしてしまったか」

「ぐぁ……ぎ――ギル……っ!殺せ、俺ごと――!」


 かすれた声で指示を出す。それを聞いた八は心底嬉しそうに顔を歪めた。



「いえ、貴方は殺させませんし死なせません。死ぬのは、俺とコイツだけで十分だ」



 小さく呟き、巻物を留めていた紐を解き魔力を込める。



「絶対零度。お前にとっては矮小であろう人間の至った極致だ、とっくりと味わえ」

「ギルっ!おまえ!!」


 昔物語に出てきそうな巻物にはびっしりと呪文が記されていた。それはギルが事前にしたためたもので、一度ギルが魔力を定量以上流し込めば魔法陣が発動し決められた術を行使するというもの。


「!これは、いけない」

「遅い!氷はもうお前の中にある!」

 

 何かが発動したのを察し、掴んでいたブルースを離して防御姿勢をとる八。すると、その場に滞留していた霧が八の体に纏わりつき、まるで鎧のようにその巨躯を余すことなく覆った。

 

 しかし、手遅れであったらしく紫煙の鎧の中から八の苦悶の声が響く。


 発動した魔術は泥や霧に関与せず、八の胸部を中心に凍らせる。徐々に体の自由を奪われる激痛に顔を歪め、八はギルを睨みつけた。


「対象のみを凍てつかせる……おのれ、これは儂の、いや我らの専売であろうに……!どこでこの呪いを、これを発動させるまでに、どれほどの犠牲を……!」

「どの口が言う。そもそも、これは戦争。生きるために殺すのだ。そして俺も」


 そこまで言ってギルは膝をつく。元よりスクロール等を発動させるのは相応のコストを必要とする。蘇芳は超短距離での転移や煙幕などといった簡易的なモノであれば少量の魔力で賄えると説明していたが、今回のそれは到底ギル一人に払いきれる量ではなかった。では、どのようにして発動したのか。


 命を、自分のすべてを質に出しそれを、不可能を可能にしてみせたのだ。


「ふは、ふはは、そうか。成程どうして、度し難い!認めましょう!今現在において!貴殿は儂を下した!故に、この泥人形は好きになされよ。あぁ、元々狂暴な気がある故手懐ける場合はよう注意して調教するがええぞ。」


 何を言っている、とギルとブルースの二人は思う。よく口の回る奴であるとは聞いていたが、自分の命の危機に瀕し、これほどまで饒舌に喋れる存在はそう居ないだろう。それに話している内容が理解不能だ。


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