幕間 暗夜
時間は少し遡り、柊木らが呪術を学んでいるころ。場所はとある山奥。
光が全くないその部屋は、部屋というにはあまりにも簡素で洞窟と呼称した方が的確なのではないかという風体だった。
そんな部屋の中で、女が一人。
苦しそうに声を押し殺して蹲っている。額から流れ落ちる汗は、見開かれた切れ長の目に入っていく。しかし、女は汗をぬぐうこともせずひたすらに暗闇を見つめていた。
真っ暗な闇の中で、女の荒い呼吸のみが響く。
*
「何だというのだ。何故姫は動かぬ、我らがひとたび動けば、全て手中に収まるというのに。」
部屋の外に立っていた男が誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。
もしかしたら、部屋の中で呻く女に当てつけのように言ったのかもしれないが、知る由もない。
「ほんなら、己がうごかんかい」
男の呟きに、別の声が答えた。
「なっ、どこだ!何奴だ!」
「この程度の隠遁さえ見抜けぬ阿呆が、今更何ができようと問うまでもないが……ええ、ええ。その心情、分かりますぞ。ほうれ、これをやろう、敵を殺す牙じゃ。」
男の頭上からギラギラと輝く鉄で出来た武器が降ってくる。
「な、なんじゃあ?!」
「どうれ、これもやろう」
心底おどろき腰を抜かす男のもとに、これでもかというほどの武器や防具が降り注ぐ。
「何者だ!陰から面妖な奴め!姿を見せたらどうだ!」
足の震えを何とかおさめて、徐に立ち上がった男はいきり立つ。
「ふぅむ、姿を見せろとは異なことを。儂はこうして己の眼前に居るというのに」
男はその場でくるくると回り、辺りを見渡す。
しかし、どんな暗闇であろうがしっかりと周りの情報を視認できるはずの彼の目には、何も映らない。
「……っ。な、なんだというのだ……!俺が、俺が何をしたというのだ!」
次第に恐怖が男の顔に張り付いていく。
「ほれ、はよう行かんかい。だぁ~れもかぁ~~れも、おどれを止めやせん。どころか儂は、これほどに用意をしているだろうに」
積み上げられた武具の影が、一部にゅるりと蠢いたかと思ったら、それがぐんぐんと大きくなり人の形を形成する。それを見て男はさらに恐怖し腰を抜かしたまま後ろに引き下がった。
「はん、これしきで腰を抜かし、小水を漏らす餓鬼がふいたものよな。どうした、主が先に言うていたようにやってみんか。全て手に入るのであろう?ほれほれ、おまけにコレもやろうか。獣共の呪詛をたぁっぷりと塗り込んだ呪符じゃ。そら、力が湧いてくるぞ」
出来上がった大きな人の影は手をぱんぱんと叩き、男に催促する。
差し出された斑模様の紙きれを男は受け取ると、途端に震えだした。
「己が消えようが居ろうが、儂らは気にも留めんのじゃ。分かったら早う去ね」
影が低く呟き、男は転びながらもその場から駆けて去っていく。その様子を後目に、影は部屋に入っていった。
*
部屋の中では変わらず姫と呼ばれていた女が蹲っていた。
男が愚痴をこぼした時より、幾分か呼吸は落ち着いているように見える。
「多少、マシになりましたか。」
「……苦痛なのは変わらぬ、しかし、余が望み選択したこと。是非もないわ」
「ふは、地獄のような痛みに蝕まれて猶その豪胆さ。一切の心配はいりませんなあ。」
姫と会話していくと、影から黒色が水でもかけた絵の具の用に溶けていく。
「この影を用いた転移は、いささか時間がかかりすぎる。漸く完全に此方へこれました」
「ふん。早くできるすべを持ちながらその転移法をあえて選んだのは自分だろう」
「ええ、勿論儂が選び、儂が使いましたとも。なぜなら闇夜から現れるのならこのやり方が一番好み。興奮するでしょう?」
「せんわ、異常者め」
「当り前に自覚しております。……閑話休題。御子が生まれてより数週間、如何ですか。みるだに芳しくはなさそうですが」
完全に影の色が抜け、男の顔が露わになる。
長い黒髪が顔面を覆い、その間からのぞく三白眼が蹲る姫をとらえていた。
「地に伏し、血反吐を吐こうが道化のようなお前に心配される程零落れたつもりはない。ふざけるのも大概にしろよ。」
「くははっ!之はいつになく辛辣っ!しかしぃ……その様子では、未だご自身で動けぬでしょう。では儂の蟲を使いましょうか?」
高笑いを披露しながら姫に差し出したのは一匹のみみず。
道端で蠢いているそれと何ら変わらぬ様子のそれは、男の手のひらでうねうねと体をねじっていた。
「そのみすぼらしい虫に何ができるというのだ」
「んふふふ、見た目が悪いのはご愛嬌。この子の能力にちなんでこの姿を取らせました。蚯蚓が腐った土を食むように、この子は魔力の脈……彼奴らの生命線を食い荒らすのです。」
口の端を吊り上げて、不気味に笑う男。
「兎も角、今は彼奴等を動かしてはなりません。こやつならば地中を悠々と進み明日にでもこの腹を満たすでしょう。良いですね?」
有無を言わさぬ男の言葉に、姫は渋々頭を縦に振った。
「えぇ、えぇ。では、今のうちはお休みなされよ、我が玉」
「業腹ではあるが、しばしの指揮はお前に託す。八。」
八と呼ばれた男は心底驚いた顔をした後、子をあやす親のような表情で姫を抱えて部屋の奥へ消えていった。




