33:限界ギリギリ危機一髪
東藤の心臓の位置にあてがわれた手のひらから、薄く光る流動体が現れ東藤を覆っていく。これが所謂医療魔術なのだろう。その光は、完全に東藤の体を覆いつくし輝きを増していく。
「この子……。いやさそんな事より。だわね」
女性はそう呟くとともに、東藤の胸に当てていた手をそのまま自分の胸の前に持って行った。すると、東藤の胸と彼女の胸が先ほど現れた光でつながる。一体何が起こっているのか、俺には全く分からないが、ここで聞くわけにはいかないだろう。取りあえず奴が助かるように祈るのみだ。
数分間。俺が立ち尽くし、ただただ茫然としていた時間。二十余年生きてきてここまで数分を長く感じたのはいつ振りだろうか。
「これで、もう大丈夫さね。後少し寝かしてやってやりゃあ元気ぴんぴんだわさ」
「マジっすか!良かった、マジで……何事かと……」
額をぬぐい東藤から離れた女性の言葉に、俺は安心して腰を下ろした。
肺や心臓を握られていたかのような息苦しさから解放され、ようやく深い呼吸ができた。
あらかたの処置が施された東藤の顔からはしわがきれいになくなって、穏やかに寝息を立てていた。それを見て俺も心底安心し、空っぽになった倉庫で力を抜いた。
「解明からのとうじょォォおうっ!無事ですかァーッ!東藤クンッ!」
「ほわぁっ?!」
いきなり目の前が青白く光ったかと思えば、そこから叫び声と共に蘇芳サンが現れた。
驚きのあまり女性は飛び上がり、俺はフリーズした。
「!東藤クン!――。良かった無事ですね、この処置は……?」
「アタシだわよ」
「おおぉ、びっくりした。パナケアサン」
俺が連れてきた女性はパナケアという名前らしい。道端で急に出会って、そのままの流れでここまで連れてきてしまったので、名前を聞いてなかったと今更ながら気づく。
唐突に現れた蘇芳さんは、寝そべる半裸の東藤とパナケアさんを見て経緯を察し、安堵の息を漏らした。なにやら東藤の転移陣が発動したのを察知し、駆けつけたとのことだ。良く東藤のものだと看破できたな、そのうえで逆探知のようにエネルギーの流れをたどって短距離での転移ですっ飛んできたわけだろう?さすがの一言では済まないぐらいすごくないか?
「びっくりしたのはこっちだわさ!ったく、なにさ。この子は君の弟子?ならちゃんと見てあげなさいな!この息切らしてる子がアタシを呼ばなかったら……!」
「ぐぅうぅ。耳が痛いですねえ……。っと、その前に東藤クンを助けてもろて、ホンマにありがとうございます。」
床で座り込む俺に視線を合わせて礼を伝えてくる蘇芳さん。
いやはや、ちょっとした手伝いのつもりだったのだが、かえって人の手を煩わせてしまった。
反省しなければなと、俺が頭を下げていると蘇芳さんがその頭を三回程叩いた。
「柊木クンも、お手柄ですね。ありがとうございました」
俺の気持ちを見透かした蘇芳さんの言葉に少し、救われたような気がする。
「というより、よく貴女を知ってましたね、柊木クン。僕が思うより君達この城で顔広いんですか?」
「あら、この子ヒイラギっていうのね。」
蘇芳さんの言葉に、首をすくめて言外に応えるパナケアさん。
「なんと。知らずに連れてきたんですか」
「いかんせん急に奴が倒れたもんで、藁をもつかむとはまさにこのことって感じでした」
「そんな様子だから、アタシも米俵みたいに運ばれてやったのよさ」
顎を突き出し、プイっと顔をそらすパナケアさん。愛らしい動作だな、年相応に見える。
「おっとっと。そんな話してる場合とちゃいますね、東藤クン運んでやらんと。」
そういい終わるや否や、蘇芳さんは指を鳴らす。
すると同時にまたも眩い閃光が俺達を覆いつくす。その閃光が収まると、部屋の様相が丸っと変わっていた。白を基調にした殺風景な飾りっ気のない部屋。いかにも医務室といった感じだ。蘇芳さんが転移の魔法を使ったのだろう。
しかしまあ、東藤が必死に使用した転移をこうも容易くやって見せるとは……。力量差を見せつけられたかの様に感じるのは、俺の性格がひねくれているからかね。
「アンタねえ。転移するんならいいなよさ!目に悪いったらない」
同感だ、倉庫に蘇芳さんが来た時も、今さっきも。グラサンが欲しくなる。
「あははぁ~。すみませんねえ、僕不器用なもんで。」
悪びれる様子のない蘇芳さんを見て、頭をポリポリとかき大きなため息を吐いたパナケアさんはこちらに向かいなおした。
「改めて。アタシはパナケア・エピオン。このギルドの要だわさ」
「あ、どうも。俺はヒイラギ。柊木彰。色々、すんませんでした。後、ありがとうございます」
自己紹介を交わした後、俺はパナケアさんの言葉をかみ砕く。
要。するとこの人、医療に詳しい人ってだけじゃなくてかなり重要な役割を担っている人なのでは?
「パナケアサン、確認ですが東藤クンはマナ枯渇による生命維持活動の停止ってとこですね?」
「正確には――いやさ、そんなとろこだわさ」
俺がとんでもない人を巻き込んでしまったのではと後悔していると、さらに俺の耳にとんでもない言葉が入ってきた。生命維持って、停止って、それってアイツ死にかけていたのかよ!?
「ほ、ほんとに大丈夫なんですよね?」
「心配しやんで大丈夫ですよ、彼女が居る場所では、致命傷以外はほんのちょいと足をくじいたぐらいのけがも同然です」
予想の数倍は大きな返答。俺はかえって動揺した。
「揶揄うもんじゃないのよさ。――ともあれ、まだ成熟しきってない回路で無理をして倒れちまったってだけさね。起きたらきつ~~く言ってやんなさいな。アンタからも」
そう言い残し、パナケアさんは部屋を後にした。
「柊木クン、重ねて礼と謝罪を。様々なことが立て込んでて少し目え離してしまってました。」
「いやいや、元はといえばコイツが無茶したってだけだし、そもそもこんなことになったの俺がなんか手伝えることないかって言いだしたからだし。」
蘇芳さんの謝罪を受け、互いに謝ってこれにて一件落着ってとこでいいかな。いやはやなんとも、場をかき乱すだけかき乱して、俺らもう何もせんほうがええんかなぁ……。
「今回の件、無事に終わったから言えることですが、素晴らしい結果ですよ。件の計画、数段階前倒しできそうです」
少し後悔に苛まれていたが、なんと悪いことだけではないらしい。
蘇芳さんが細い目をさらに細めて笑っていた。




