03:この世界 is 何
激しい乗り物酔いのような感覚を覚え、顔をしかめる。
「ぐぁぁ……っ」
「き、気持ちわりぃぃ……」
この気持ち悪さは東藤も同じようで、喉を抑えて舌を出している。
「すんませんねえ。あそこから結構遠かったンで、転移の方陣使わせてもらいました。」
蘇芳さんの言葉で我に返る。
そうか、つまりあの時の衝撃は元の世界からこっちに転移したことによる衝撃だったのか。
「改めて、いらっしゃい。ここは世界に誇る人類の要ともいえる施設、所謂ギルドっちゅうやつで~~す!」
両手を広げてこの場所の紹介をする蘇芳さん。
彼のジェスチャーを目で追って部屋を見て回る。
中央に大きなテーブル、それを挟むようにこれまた大きなソファがあり、部屋の奥にはいかにも社長室というような机と椅子が設置されていた。それだけでも十分に豪華なのだが、壁には見るからに高そうなタペストリーや、なにやらすごそうな杖やら盾やらが飾ってあった。
これは人類の要という言葉も過言ではないのかもしれない。
「さて、君らにはこの世界について説明しやんとあかんやろうね」
「そうそう!俺ら気ぃついてから困惑しっぱなし!もうそろ頭のなか大爆発しそうだってとこに蘇芳サンが現れたんだ!早く聞かせてくれ!」
「落ち着ぃ、急いてもそんないっぺんに語れるもんと違う。ちゃんと話すからまずはそこ座り」
興奮のあまりぴょんぴょんと跳ねて催促をする東藤を窘め、ソファに座らせた蘇芳さんは俺たちと対面に腰かけた。
「まず、君たちの想像通りかもしれんけど、ここは君らのいた場所……世界とはちゃいます」
「やっぱりか……」
東藤の予想どおりに異世界だと告げられて、俺は頭を抱えた。
希望としては遠い外国で、日本とは海でも陸でもつながってくれていれば帰る道筋はいくらでもやりようがあったが……、異世界ともなるとそうはいかない。成程どうして難しくなってきた。
そもそも転移やら魔法陣やらが存在している時点で、望み薄どころの話ではなかったのだが。
「異世界……」
東藤も同じような感情らしく、神妙な面持ちであごを触っている。
「君らラノベって読んだことあります?」
「ライトノベル?」
「そそ。いわゆるそれで語られるような異世界ファンタジーがこの世界。」
ファンタジー感を強調したいのか、蘇芳さんは指先を光らせて空中に円を描く。すると、そこからは小さな灯が現れた。
それは摩擦や電気、ガスなどで生まれたものではないと雄弁に語っていた。
「魔法、呪術等々。現実ではあり得ない事柄でありふれている。君らをここに連れてきたのも」
「やっぱりか」
「んで、君ら呼んだのは、僕なんよ」
こともなげにさらりと衝撃的な発言をする蘇芳さん。
俺は驚き目を見開いて固まってしまっていた。
この状況を作り出した張本人が目の前にいて、それを自白したのだ。その衝撃を表すのに、俺のつたない語彙力ではふさわしい言葉が見当たらない。
「じゃあ!帰る方法を知ってんじゃないんスか!?」
ローテーブルをバンっと叩き叫ぶ東藤。あまりの勢いの強さに、俺は少し冷静になった。
「落ち着けよ東藤、そんな急いでもなんもならんぜ」
「落ち着いてられっかよ!元に戻れるんだぞ兄弟!」
「お二人の気持ち、よォ~~分かります。そのうえで順を追って説明させてもらいます、聞いたって下さい」
淡々と語る蘇芳さん。その様子をみていかにも渋々といった感じでドスン、とソファに座りなおした東藤。
「君らを呼んだのは、僕……正確には僕らです。このギルドで作り上げた術式を僕が行使して、君らをあそこへ召喚させることに成功したんです。」
そういいながらまた空中に円を描く。蘇芳さんの言葉に少し違和感を覚えたのだが……。うまく言語化できない、なぜ違和感を……?
「何故呼んだか。それはこの世界が行き詰ってしまっとるからです。もはや手詰まり、絶滅までチェックメイト待ったナシってなもんですわ」
そこから語られたのは、この世界の情勢について。
曰く、蘇芳サンがこの世界に来た時点で人類は生存域を追われている状態にあったという。
元の世界において、自然と共存するためにあえて人の力や人自体を入れないようにする区域はあったと記憶しているが、追われてということは人類よりも狂暴な別の存在によってということなのであろう。そして、その狭まった生存域を守るために部隊が組織されるものの、防戦一方でじり貧。戦線が維持できるのも一時的なものであり、もはや敗北を待つのみであった……と。
「この世界における土地は、ぶっちゃけそこまで故郷のそれとあんまし変わってないんです。ちょこちょこ形ちごてますけど、大方一緒やと思てください。そして人類に残されたのは大体ユーラシアの半分ぐらい」
ユーラシアといえばヨーロッパとアジアで構成される世界一の大陸のはず。その半分というのであればそこまで狭くないし、結構何とかなるのでは?
「いうほど絶望的なんか?っておもたやろ?」
俺の心を見透かすように、蘇芳さんの細い目が俺をとらえた。
数秒見つめ合った後、蘇芳さんは深いため息を吐いてあきれたように言葉を紡いでいく。
「絶滅を呼びこんだ招き手は、外敵だけやない……内側から、徐々に、腐っていってもうたんです僕らが来る前の人類は」