10:夜にて
二人は部屋に戻り、すぐ床につく。
超常の現象に巻き込まれ、疲れたのだろうタマキは数分で夢の中へと誘われていった。
しかし、いつまでたってもアキラだけは眠れずにいた。
「寝られねえなあ、しかし」
神経質な性格が仇となっているのか、いつもとは違う環境でアキラは全く眠れていない。
羊を数えようとしても、目に光が入ってきて入眠を阻害する。
すでにヘルトスの部屋から帰ってきて数時間は経とうとしているので、深夜といえる時間帯にはなっているのに、アキラの眼は光を敏感に受け取っていた。
*
暗い夜。
獣道を一人の女性が歩いていく。
夜空の星が淡く照らしている道に、石や枯れ枝で足が切れて血が道しるべのように垂れている。
「良い夜だ。実に、好い。」
女は笑う。くちの端を歪に吊り上げ、目を細めた。
その視線にあるのは堅牢な壁。
人類が築いた外敵を防ぐ壁を見下していた。
「では、最初の試練だ。」
だれの耳にも届かない呟きの後、女は息を大きく吸い込む。
「――――――――――ッ!!!!」
叫び声とともに放たれたのは、鈍く光る光線。
刹那、その光線は堅牢であるはずの壁を容易く貫き、爆発する。
鳴り響く轟音。
女はそれを見て高らかに笑った。
外郭はボロボロに崩れたが、中の施設は透明なバリアのようなもので守られており傷を受けている様子はない。それを見て女はさらに上機嫌になった。
「ふは、ふははははっ!!好い!実に好い!!此処まで高ぶるのはいつ振りか!」
踊るように夜道を蹴り、そびえる大樹よりも高い位置まで飛び跳ねる。
「次、防げるか!」
飛び上がった女の頭上に、女の身の丈何倍かという火の玉が現れ、それを壁に向けて投げつける女。
確実にそこにいる生命悉くを滅ぼす為に放たれた火球は、辺り一帯を火炎で染めていった。
「玉姫ぇ!貴女はまたそのような無茶をなさる!」
「む、道化か。よいよい、見てみよ。斯様な月夜に此処まで美しい花火は、そうみられるものではない」
闇夜を照らす炎と、爆発によってボロボロに崩れた壁。
人類の要がもはや回復不能なまでのダメージを受けていた。
「美しい花火ではないでしょうに、あれほどまでに苦労してこぉ~の僕が用意したのですよぅ?この夜は」
「ふはっ、何を言う道化よ。僕ならば粉骨砕身で余に仕えてみせろ」
暗闇から現れた大柄の男が、炎上している壁に向けて再度火球を放とうとする女を止めた。
真っ黒な外套から顔だけをのぞかせて、あたかも顔だけが宙に浮いているかのように現れた男は、指を2,3度鳴らす。
「お遊びはこれ以上やめなされ。これでは覗き見るのも一苦労。僕の仕事を増やさないでいただきたい」
燃え盛る建物を見て、頭を抱える道化と呼ばれた男。
彼は何枚かの札を空中に投げ捨てた。その後、長身を屈め指で輪を作り目に当てる。
「ふん。覗く必要などあるまい、これよりかの者を迎えに行けばよい」
「ンンン――。短慮、いやさ豪胆と言うべきか。物事には順序というものがありましてございまして。窮鼠猫を……ということもあるでしょうし、ワタクシ、この身に危機が迫るということは絶対に避けたいのです。なんたって小心者デスので!!」
「つまらぬ。」
「この僕が長々と語ったというのに、たったの四文字でばっさり切られるとは……僕は悲しゅうございますよォ。えぇ。涙ちょちょ切れでござんす」
ぺらぺらと喋りながら、屈めていた体を伸ばし暗に仕事を完了させたことを女……玉姫に伝える。
「玉姫……少々、面倒ごとになりましたぞ。彼は守られておりまする。かの者の結界ですな、これっは――容易く迎え入れる状況ではなくなりましたな」
道化の言葉に顔をしかめた玉姫。その怒気に気圧された道化は肩をすくめた。
「何が言いたい」
「先手を打たれたのです。ここは潔く負けを認めなされ、退きます。異論は?」
「忌々しい。せっかくの宵が冷めたわ」
踵を返し、夜の闇へ消えていく二つの影。その背を後ろの火炎が赤く照らしていた。
*
地獄が、広がっていた。
「なにが、何があったんだよ!?これ!?」
俺は必至に目の前に散らかるがれきをどかして、叫ぶ。
一体何が起きたんだ、俺がベッドに入ってから、何が起きたってんだよ……!
「東藤ォー!無事かぁ!誰か、いないかっ!」
「柊木クンっ!良かった、キミは無事やったんですね……!」
俺の叫びに蘇芳さんが答える。
頭から血を流し息を切らしている様子からも、非常事態であることがうかがえた。
「大丈夫です、東藤クンは僕らが保護してます!安心してください」
蘇芳さんの言葉に安心を覚えた。
「はよここから離れますよ、いつ追撃が来るか分からん!」
「わ、分かりました!」
蘇芳さんの手を取って抱き着く。
「ヨォシ……僕、ちょォ~っと本気出しますよォ……!」
昼間では苦手だと言っていた転移の魔法だろう。
今度はクレヨンのようなもので円を描くことはなく、合掌して直立したままだ。
「……発動ッ!」
目を開けていられないほどの閃光。たまらずうめき声をあげて目を瞑った。
数秒後、内臓がひっくり返ったかのような感覚が全身を襲う。
「うぐぇ、がぁ……」
「ふぅ。な、何とか、成功でけて……よかったですわ」




