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アースジャンキーたちの、限りなく自由なあの世生活  作者: ぴったりゼロ
第一章 アース〈地獄〉はあの世の〈極楽〉
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第17話 〈救世主〉になるってどうなんだろう?

 いまオレがいる〈魂の世界〉の常識のひとつに、〈誰もが自分のしたい事だけをする〉…というのがある。いわゆる〈自分軸〉で行動が行われる。


 さらに、〈何かをやりたい〉と願うと、それに沿った状況が引き寄せられる。


 そんな社会では、誰も他人の評価を気にしないので、表現も〈際限〉がなくなる。


 それを正しく証明しているのが、目の前の光景だ。


 深夜2時のエモエモパラダイスは、今日も混沌とした宴が繰り広げられていた。


 カウンターの最奥では、ママンさんがまた固まって動かなくなっている。瞬きさえせずに充血させるに任せた目は〈驚き〉の表情を作ったまま、手に持った空のカクテルグラスを見ている。さっきまで〈大自然の息吹〉と〈生命力への尊敬〉をブレンドした〈グラスホッパー〉が入っていた。


(いったい今日は何になりきっているのだろう?)


 一方、ステージでは


「天動説?地動説?いいえ!世界はワタクシ〈コブラ〉を中心に周るのです!…世界よひれ伏しなさい!」


 今日もコブラが巻き付いた冠から、赤い舌がチロチロしているコブラさんがステージで即興のポエムを朗読している。

 おひげのイタリア人男性の姿で、蛇皮のビキニスタイルだ。


「ぷるんぷるんの絹豆腐の真ん中に、まっすぐナイフを落とした瞬間、あたしは理解してしまったの。男と女を分け隔て、差別の刃で分けたのは紛れもなくアタクシだったという事を! そう! 私は男でもなく女でもなく、ただのやいばだったの! なんて美しい存在なのかしら! なんて差別的な存在なのかしら! あぁ、私こそが〈差別〉そのもの! 男と女のどセンター、究極の性!」

 

 キレッキレにネガティブなポエムに、身を乗り出して聞き入る存在がオレともうひとつ。


「きゃーコブラさんステキ❤️私も分けて分離して〜!」


 何と今日は〈天使さま〉が飲みに来てくれたのだが、コブラさんと同じ〈差別意識〉を多めに入れた〈ロングゲイランドアイスティー〉というカクテルを飲んで、変なスイッチが入ったようだ。


 実は天使さまは、オレたちみたいな〈分かたれた魂〉とは違い、少し高い次元の存在で、たくさんいるけどそれぞれが集合体の一部で、意識は半分くらい共有しているらしいので、個としての名前はなく、当然性別もない。…らしい。正直言ってわからない。


「コブラさんの朗読はなんて素敵なんでしょう。あぁ分離される意識って、一度でいいから味わってみたいわ。…え、ダダくん、今のは他の魂には内緒よ…。」


 天使さまはちょっと酔ったみたいで、なんか可愛い。天然系〈夢見る少女〉とはこの事だ。


 それに比べて今日のコブラさんはやさぐれていて、なんでも日中の〈アース〉内で、戦時中の軍の野外キャンプで怪我をしたふりをして〈死ぬ前に一回だけ…〉という手法で上官も含めた数人に手を出して、最後全員からボコられた…とのこと。


 オレは汚れきったコブラさんと、純粋無垢な天使さまが同じ空間にいるってだけで、それが成立している事が信じられないくらいミラクルだなと、感動してしまう。

 何かが奇跡的にかみ合った結果だ。

 そして、それがこっち(魂の世界)の仕組みなのだ。求めれば、かみ合ってしまうのだ。


(コブラさんのこのゲスな日記を、何万という天使さま全員が共有意識で味わい感じていると思うと、ちょっと恐ろしいな…。)



 ステージでコブラさんが12節目になるポエム〈マリオ兄弟との三角関係〉を朗読し始めた頃、カウンター席に戻って来た天使さまが、改まってオレに向きなおり、背筋を正して縦長に漂いながら、話を切り出した。


「実は前回の〈最大深度実習〉終わりでデータを整理していたら、ほんの僅かな間だけど深度が99.5%まで達してた事がわかったの。見た目では気づかないほどわずかな瞬間だから、見逃していたのね。」


「つまり…どういう事でしょう?」


 ガネーシャスタイルのオレは、象の鼻をクエスチョンの形に曲げて見せる。


「つまり、あなたは〈救世主の候補者〉に選ばれる可能性が出てきたという事よ。」


「きゅうせいしゅ!?」


 オレは6本ある鼻を全て上に挙げて、驚きを表現する。

挿絵(By みてみん)


 〈救世主〉とは、〈アース〉世界で、人々の〈覚醒〉を促し導く係の専門部隊で、結構なエリート公務員だ。ちなみに魂の世界では、社会人は皆公務員だ。


 その〈救世主部隊〉は〈覚醒〉が専門のうちの大学が、学校とは別で運営している組織だ。


 天使さまは、オレの卒業後の進路について色々考えてくれているのだ。


「深度は完全管理していたはずだから、何が起こったのかはまだ不明なんだけど、そもそも深度が99.5%で〈アース〉の自我が〈自死〉せずに耐えて生還しているのがありえない事なんですよ。メモリ2のパイプの細さでよっぽど〈愛〉の圧縮がうまいか、パイプの維持が上手いのか…」

 

 どうやら定例の天使会で話題に登り、次の〈ワンネス体験シーケンス〉で様子をみよう…となったらしい。


(誉められるのは嬉しいが、〈アース〉の楽しみが半減するんだよなぁ〜。微妙だなぁー。)

 

救世主に選ばれると没入感はなくなるだろう。〈アース〉のネガティブな体験も出来なくなるだろう。それでは困るのだ。


「勿論、まだ可能性があるってだけなんだけど、一応、早めに卒業後の進路は考えておいた方がいいわよ。」


 …正直言ってまだ全然だけど、選択肢は多いに越したことはない。


 …とその時、突然ママンさんが動き出した。


「あぁぁ〜、盛りのついた動物ってサイテーよ!私は今、見せられた! 動物の醜さをコレでもかってくらい見せられ続けたのよぉ〜。」


 …カウンターに突っ伏して泣き叫ぶ。


 なんでも山奥にある洞窟になりきっていたら、そこは動物たちの休憩所というか寝ぐらというか、ラブホテルのような場所として使われていて、夜は月の光が美しく見えるらしいのだが、5年分くらいをさっきの短い間になりきっていたらしい。


「ダダくんに分かるはずない!入れ代わり立ち代わり、休むまもなく、大きな熊から小さなバッタまで、ただただ交尾を繰り返すのよ!ウサギさんなんて、ニーニーのグループで来たりするのよ!信じられる?そんな変態たちを、私はただひたすら雨風から守り続けたのよ〜!」


 号泣するママンさんをよそに、オレはこの涙の意味をまだ理解する事が出来なかった。

 しかし、自ら率先して何かになりきり、率先して悲しむ様は、ネガティヴを愛する〈アースジャンキー〉の鏡と言える行為であり、尊敬してやまないのだ。


 不思議な顔をしてママンさんを見る天使さまの横顔を見ながら、コレからの展開にワクワクしてしまうオレがいた。


 


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