第8話 いざ、面接!
エレインの実家カールソン商会を窓口に、新聞に使用人募集の広告を出した。侯爵家の家人募集を新聞に載せるなんて前代未聞だったが、背に腹は変えられない。人々に噂されるだろうが、今更だ。
「面白半分な人も居るでしょうけど、それなりの数の応募があったみたいです」
ハイラムの部屋でハーブティーを飲みながら、エレインは実家から来た手紙を読み上げる。今日のハーブティーは、ローズヒップに少々のステビアを加えたものだ。ローズヒップの酸味にステビアの甘みを少し加えることで、飲み易くしている。これも勿論ハイラム自ら調合して淹れたものだ。
「でも残念ながら、件の魔女の情報は空振りですね」
商会が方々から情報を集めてみたが、それらしい魔女の話は出て来なかった。そもそも魔法は魔力の資質が無ければ使うことが出来ない。それだけ貴重な存在で、資質のある者は集められ国家で教育を受けるが、そうでない者も少なからず居る。野良の魔術師といったところだ。ハイラムに呪いを掛けたのもその手の魔女だろう。
「そうですか……」
「元々あまり期待出来なかっただけに、空振りなのは仕方ないですけど……まるで消えたみたいです」
エレインは残念そうにため息を吐く。野良の魔術師は秘密主義だ。そうそう行方は分からない、ということだろう。
「相手は魔女ですから、姿も名前も変えてるでしょうね」
優雅な所作でハーブティーを嗜むハイラムは呪いの仮面さえ被っていなければ、今頃こんな苦労をしていないと思うと、エレインは何とも可哀そうになってしまう。
「何とか呪いを解く手立てが見つかると良いですけど……」
「さて。そんなものがあるでしょうか」
ハイラム自身はもう10年以上探しているが、呪いを解く方法は一向に見つからない。半ば諦めかけている。
「それより、面接です。アーロンは何か考えがあるようでしたが……」
***
面接当日。アーロンは意気揚々と屋敷にやって来た。
「それで、一体どういう内容を考えてきたんですか? どうせ碌なことを考えてないでしょうが」
応接室にハイラムとエレイン、そしてアーロンが揃った。不満そうなハイラムに対し、アーロンはにやにやと楽しそうだ。
「そう言うなよ。まずはこの奇怪かつ不気味な主人と屋敷で働かなきゃいけないんだぞ。胆力があるヤツじゃないとな」
「はぁ……ちゃんと働いて頂ける方なら良いですけどね」
「良いか」
ずいっとアーロンがハイラムに顔を近付ける。
「まずは面白半分の冷やかしを振るいに落とさなきゃならん。ま、そもそもこの屋敷自体雑草は生え放題だし、館もボロ屋敷だし」
「人の屋敷を悪し様に言わないで下さい」
「聞けって。冷やかし連中も流石に侯爵家が荒れ放題だとおや?って思うだろ。もしかして噂は本当だったのかって。そこで、扉を開けたらよぼよぼの執事が出て来て中に招き入れる。ここで何かこの屋敷、ヤバくねって思い始める訳だ」
「よぼよぼの執事って、マーカスはまだそんなに年じゃありませんよ」
先程からアーロンの失礼な発言にハイラムは抗議するが、アーロンは無視して続ける。
「薄暗くて、人気のない屋敷に、そうだ、お前のあの不気味なコレクションを並べて置こうぜ」
「何だってわざわざ怖がらせようとするんです?」
「それが目的だからだよ。禍々しい人形とか仮面をこれ見よがしに廊下に置いておけば、これはいよいよヤバいのでは、と思い始める訳だ。奥に進めば進むほど暗くなって、おどろおどろしい物が増えて行く……面白半分で来たけど、本当に来てはいけないところに来たんじゃないかって。ついでに、あの黒猫も適当に歩かせようぜ」
「はぁ……アローネは可愛いですよ」
「黒猫ってだけで不吉だと思うヤツもいるからな。で、いよいよ、本当に呪われるかもって緊張が最高潮に高まったときに、お前が黒いローブを着て鎌を持って立ってるんだ。それを見たヤツらはついに怖ろしくなって逃げ出すって寸法だ」
「逃げたら困るじゃないですか」
「そこだよ。それで逃げるようじゃどの道ここでは働けないだろ。お前の仮面は本物だからな。だから、それに耐え抜いたヤツだけが、ここで働けるってワケだ」
黙って聞いていたエレインがふと疑問を呈す。
「それってアーロンさんがその様子を見て楽しみたいだけなんじゃ……」
「へっ……まあ良いじゃないか、アハハ……」
疑いの目で見てくるハイラムとエレインにアーロンはワザとらしく笑って誤魔化した。
「じゃ、早速準備だ!」
「何で貴方が仕切るんです?」
「細かいことは良いんだよ」
「はぁ……」
気乗りはしないが、アーロンの言う通りにハイラムは黒色のローブを纏い鎌を持って、面接部屋に立つ。
「……やっぱり本物は違うぜ」
「侯爵は本物の死神じゃありませんよ。アーロンさん。ただ……」
エレインは庇うが、断末魔の叫びを上げる仮面に黒いローブと鎌を装備したハイラムは、人々を驚かせるには充分過ぎるくらい真に迫っている。
「死神じゃないと分かっていても、流石にちょっと怖いですけど……」
「エレインさんまでそんな……」
ハイラムはショックを受けたようだ。
「うっ……ごめんなさい」
でも正直、こんな死神っぽい人が目の前に現れたら、裸足で逃げ出してしまうかも……。
ハイラムには申し訳ないが、エレインはそう思った。
伸び放題の草が生えて、蔦がびっしり這う陰鬱な館。年季の入った執事の案内で薄暗い廊下を歩く。ところどころに曰く有り気に置かれた不気味な人形や水晶玉や、何に使うのかよく分からない器具、黒猫の青い目が不気味に光り、前を横切る……そして、面接会場の扉を開ければ、眼前に不気味な仮面と鎌を持った黒いローブの死神。
案の定、面接に来た人々は叫び声を上げ必死の形相で逃げ居て行った。
「…で、残ったのは3人ってワケか」
一人はノーラという19歳の若い女性で、ハイラムに対して逃げるでもなく、何だテメェやんのか、と凄んで殴りかかりそうになったので、陰に隠れていたアーロンが止めた。少々、いや大層気が荒そうな人物だ。
二人目は、25歳のゴードンと言う無口な大柄の男性で、ハイラムに対して何も言わず、ただ無表情に立ち尽くしていた。なかなか豪胆そうだ。
最後の一人は、オットーと言う名の33歳の如何にも気弱そうな男性で、ハイラムに対しては、ひぇー殺さないで、妻と幼い子の為に金を稼がないといけないんですぅ、と泣きながら土下座した。肝が座っているのか、いないのか。
「ま、上々なんじゃないか」
「はぁ……」
気軽なアーロンの様子にハイラムは納得いかないかのように首を捻る。
「あんな脅しめいたことする必要ありましたかね?」
「まぁまぁ。人は少しでも補充出来ましたし。次は財政ですよね……」
裕福な家の出のエレインの持参金はそれなりにあるが、尽きないほどあるわけではない。
「ちなみにお聞きしますが、借金などは……」
エレインがアーロンに伺うように尋ねる。
「借金はありません。他の方と違って、お茶会やら夜会やらを開くこともありませんし。そういうところに出掛けることも滅多にありませんから。見栄を張る必要がないんです」
舞踏会やお茶会が無ければ、衣装を揃えたり、会場の準備に金を掛ける必要はないのだ。収入も少ないが出費も少ないので、ハイラムが節制したり、屋敷の改修を諦めたりするだけで今のところは何とかなっている、ということだ。
「ま、でも今のままじゃジリ貧だな」
「そうなんですよね……」
アーロンの言葉に、うーん、とエレインは腕を組んで考え始めた。
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